第8章 古代遺跡と古代人

光り輝いた後

 円の内側が明るく輝いて白一色になった。しかし、その状態は長く続かず、すぐにその輝きは失われていく。


 床から足が離れて宙に浮いていたユウはまぶしさのあまり目をつむっていた。なのでその移り変わりはほとんど見ていなかったが、再び地に足が付くとゆっくり目を開ける。


 円とその内側に描かれている何かから輝きはほとんど失われていた。それに伴い松明たいまつの不安定な明かりが周囲を照らす。


「ここは、同じ場所?」


 光り輝いた元凶である足下へ真っ先に目を向けたユウは眉をひそめた。円と模様や文字らしきものは既にほとんど輝きを失っている。しかし、つい先程見た記憶のあるものより若干きれいだった。


 自分の立っている場所から徐々に見る範囲を広げていったユウは床全体もあまり傷んでいないことに気付く。それは天井も壁も同じだった。


 ひんやりと肌寒い室内を一通り見て回ったユウは大きめの白い息を吐き出す。


「やっぱり違う。もしかして、似ているけれど別の場所なのかな。でも、どうして」


 魔法の道具を持っていないユウは不可思議な現象に首を傾げた。魔法なら何でもありだという認識があるものの、逆に魔法でなければまったく説明がつかない。


 正体不明の円形が何かをしたということ以外、ユウは何もわからなかった。不思議に思いつつも唯一通路に続いている出入り口から室外へと出る。一本道の通路も床、壁、天井の石材はあまり傷んでいない。


「どっちに進もうかな。う~ん、こっちかな」


 円形の何かが輝く前のことを思い出したユウは出入り口から出て左側へと足を向けた。部屋にやって来たときは右側から来たからという単純な理由だ。


 不安定な松明の明かりで周囲を照らしながらユウは通路を慎重に進む。魔物はもちろん、岩人形ストーンゴーレムにも注意する必要があった。先程とは異なる場所であるならば、あの岩の人形も安全だとは見做せない。


 いくつか空の部屋や朽ちた何かがある部屋を通り過ぎ、ユウはゆっくりと歩く。床が崩落するだけでなく、天井からも魔物に攻撃される可能性がある以上は簡単には進めない。


 その後も自分以外の動くものと遭遇しなかったユウは扉の朽ちた広そうな部屋を見つけた。部屋の造りは円形の何かがあった所と同じ石造りだが松明では奥まで見通せない。


 しかし、最も目を引くのは規則正しく並べられた石棺のようなものだ。蓋の開いているものが大半でいずれも空である。


「お墓? でも、こんなにたくさん埋めもしないなんて。もしかして作っている途中?」


 たまに覗き込むように石棺もどきの中へユウは顔を向けた。触ってみると単なる石材にしか思えない。冷たい石材を何度か触って左手が冷えると首に当てて温める。


 そのうち、ユウは石の蓋で覆われている石棺もどきを見つけた。飾り気のない分厚い石の板がその上に乗っているだけのようにも見える。


「もしかして中に何か入っている? でも遺体が納められていたら嫌だな」


 何度か石の蓋を触ったユウは少し顔をしかめた。何千年も経っているので干からびているだろうし、遺骨の眠る棺を興味本位で開ける気にはなれない。


 それにそもそも、分厚い石の板はユウ単独で動かせそうになかった。明らかに複数人は必要である。


 やがてユウはその閉じた石棺らしきものから離れた。再び空の石棺を巡っていく。


「ここには何もなさそうかな。あ、また蓋付きのやつがあった」


 今度は蓋の閉まっている石棺もどきが部屋の隅に並んでいた。作りが他のものと同じで代わり映えしない。


 特に変化を期待していなかったユウは何となく1つずつ石の板を触っていく。すると、一番最後に触れた部屋の端にある石の板がゆっくりと石棺のようなものの上をずれていった。その間、石のこすれる重い音が周囲に響く。


「え、動いた!? 何これ!?」


 石の蓋が開くにつれて中が露わになり、それを目にしたユウが絶句した。


 長方形の石棺もどきの中には透明な液体らしきもので溢れんばかりに満たされ、その中には人が横たわっているのだ。


 目を見開きつつも顔を近づけようとしたユウはその液体が白く濁り始めたことに気付く。更には水蒸気のようなものが溢れて石の箱の周辺に流れ出た。


 震え上がったユウは慌ててその場を離れる。空の石棺もどきを盾にするように隠れてつつ、松明を掲げて白いもやが溢れる様子を窺う。


「あの中にいる人、大丈夫なのかな。いやでも、もう死んでいるんだし関係ない?」


 恐ろしそうな現象を眺めながらユウはあの白いもやの中に横たわっている人物について思いを馳せた。短時間だったがその姿はよく見ている。白い肌で彫りの深い顔の赤みがかった金髪の青年で、白い貫頭衣らしきものを身に付けていた。


 若くして死んでしまったのならかわいそうだとユウは思い、そこで目を剥く。白骨死体ではなかったし、干からびてもいなかった。普通なら短期間で腐敗して骨だけになる。


「もしかして死体じゃない? 生きているかもしれない。いやそんな馬鹿な」


 自分のつぶやきに首を振ったユウは深呼吸をした。しばらく何もなかったところに大きな変化が現れたので動揺する自分を落ち着かせる。


 白いもやは相変わらず吹き出ていたが次第にその勢いは弱くなっていた。石棺もどきの縁から緩やかに流れ出す程度である。


 空の石棺もどきに手をかけていたユウはすっかり冷えた左手を首に当てた。そのまま白いもやが溢れる石棺もどきにゆっくりと近づいた。


 床に流れる白いもやに目を向けたユウはそれを踏んづけても蹴っても何も起きないことを知った。石棺もどきから溢れるそれを手に当ててみるもやはり変化はない。


「何だろう、これ? 蒸気じゃないっぽい?」


 手応えのまるでない白いもやにユウは首を傾げた。専門の知識はないので答えは出ない。


 白いもやの量は次第に減ってきた。石の箱の中はまだもやで満たされているが、もうあまり外には流れてこない。


 そのままじっとしていたユウは次第にどうするべきか迷い始めた。白いもやが当分消えてなくなりそうにないのは明らかなのだが、底が見えるようになるまで待つか何らかの行動に移るか決めかねているのだ。


 ちらりと松明の明かりに目を向けたユウがつぶやく。


「これも無限にあるわけじゃないし、早く何かしたいんだけど、死体を触るのもなぁ。けど、なんで棺ごと地面に埋めていないんだろう? 昔の人の考えることはわからないな」


 棺に収めるか直接かはともかく、ユウたちにとって死者を埋葬するのは当たり前のことだった。衛生面を考えてということもあるが、宗教、習慣、道徳という側面も強い。


 ともかく、この白いもやが満ちている中をどうしようかユウは決められなかった。思い切って立ち去るという選択肢もあるが、せっかくの発見に対して何もしないというのも後ろ髪を引かれている。


 結局、ユウはじっと待ち続けていたわけだが、その間に状況が動いた。それまで緩やかになっていた白いもやの一部が突然せり上がったかと思うと、人の上半身が現れたのだ。先程ちらりと見た横たわっていた人物の姿である。


「え、うそ生きているの!?」


「? !」


 隣から聞こえた声に反応したらしい青年がユウに顔を向けて目を見開いた。それから少し間を置いて話しかけてくるが、初めて聞くその言葉聞くユウには意味がわからない。


 青年再びが声をかけてきたことで呆然としていたユウは我に返った。しかし、申し訳なさそうに話しかける。


「何を言っているかわからないよ。僕たちの言葉で話してくれないかな」


 ゆっくりと丁寧に話しかけたユウは目覚めた青年が頭を抱えるのを見て目を丸くした。言葉は通じなくても考えていることは理解できてわずかに安心する。


 そこでユウは人差し指で自分を指した。それから青年に向かって口を開く。


「ユウ。僕の名前はユウ」


「ユウ」


 依然石棺もどきの中に座ったままの青年がユウの名前をそのまま発音した。その表情はかなり戸惑いが強い。


 一方、ユウは発音が正しかったのでにこやかにうなずく。更にもう1度同じことを繰り返して青年に自分の名前を覚えさせた。


 次いでユウは青年を指差して黙る。しばらくして返事がないと再び自分を指してユウと名乗り、また青年を指差した。


 理解できたらしい青年が名乗る。


「スキエント」


「スキエント?」


 今度は青年がうなずいた。顔に緊張した表情を浮かべているが、先程よりも動揺はなくなっている。


 これでようやく最初の会話が成立した。これにユウが肩の力を抜く。


 ただ、ここからが大変だった。何しろお互いに言葉が通じないので意思の疎通ができないままだ。ゆっくりと相手の言葉を学んでいる時間はないし、かといって会話に変わる方法をすぐには思い付かない。


 見捨てるわけにもいかないユウは途方に暮れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る