仲間を失って

 探検隊の生き残りは暗い地下通路を進む。内側の雰囲気は先の戦闘後、冒険者と雇い主側で大きな亀裂が入っていた。


 現在、松明たいまつを持っているユウと同じパーティメンバーのブレントが先頭を歩いている。不和の原因であるホレスはその後ろで、探検隊本体に変化はない。


 背後を歩くホレスが黙ったままなのを気にしつつもユウは通路の奥を見ながら歩いた。風景は最初のときから変わらない。


 隣を歩いているブレントがつぶやく。


「思ったよりも単調だな。遺跡の中ってもっとこう色々あるかと思ってたんだけど」


「あったじゃないか。僕なんて死にかけたし」


「確かにそうなんだけど、なんていうか、もっとこう色々と不思議なことが起きるって期待してたんだよ」


「僕にそんなこと言われてもなぁ。それにしても、あれだけ死にかかってたっていうのに、まだそんなことが言えるんだ」


「へへへ、それとこれとは別さ。念願の探検もできてるしな」


「あー、そういえばそうだったね」


 小声で話しながらもユウはブレントののんきさを呆れた。


 この後もしばらくはリカルドから指図されるままに通路を進んでいたが、やがて嫌なものを見つけてしまう。人の死体だ。何かに押しつぶされたように頭がひしゃげ、周囲に黒くなった血痕が広がっていた。見たことのある人物である。


 嫌そうな顔をしたユウが立ち止まった。つい先程まで明るかったブレントも顔をしかめている。


「リカルド様、人の死体を見つけました。これ、探検隊の戦士の人じゃないかな」


「なんだと? そこで待て」


 振り返って報告したユウにリカルドがすぐに反応した。バレリアノと直衛戦士団の2人も一緒にやって来て死体を囲む。探索員の2人も後続いた。戦士2人が片膝を付いて直接死体を触りながら状態を伝え、その話を元にバレリアノとリカルドが意見を交わす。


 少し離れたところでユウはその様子を眺めていた。漏れ聞こえる話を耳にしたところ、テルセオ隊にいた直衛戦士団の1人ということである。恐らく岩人形ストーンゴーレムに叩き潰されたとリカルドたちは推測していた。


 調査が終わると死者を悼んで黙祷していたリカルドがユウに振り向く。


「これから出発する。今のようにテルセオ隊の犠牲者が見つかる可能性が高いから、その都度報告するように」


「わかりました」


「それと、無駄口を叩くなとは言わんが、油断はするなよ」


 釘を刺されたユウは黙ってうなずいた。ちらりとブレントに目を向けると小さく肩をすくめる。仕方がないという表情だ。


 隊列を組み直すと探検隊は再び前に進む。足取りは変わらないが雰囲気は変わった。


 それほど間を置かずにまたもやテルセオ隊の1人が倒れているのをユウとブレントは発見する。今度は何かに食い散らかされているひどい死体だ。リカルドに報告すると調べ上げ、魔物に食われた探索員の1人と聞かされた。


 さすがに惨殺体を目の当たりにしたユウたちも完全に目つきが変わる。この近辺に人間を積極的に襲う何かが存在することが判明したからだ。ホレスなどは露骨に舌打ちする。


 探検隊は死体をそのままに先へと進んだ。明らかに歩みは慎重になっている。そうしてしばらく進んだ先で今度は4人の死体を発見した。これが一部奇妙な死に方をしている。


 臓物を貪られたテルセオは魔物に、叩き潰された戦士2名は岩人形ストーンゴーレムに殺されたことは明白だ。魔物の正体が不明なのは気になるが、動物の習性に近い生き物なのはわかる。しかし、残りの探索員と戦士については原因がわからない。


 リカルドは自らも跪いて干からびたかのような死体に触れる。


「完全に乾燥している? 一体どんな方法でこの者を殺したんだ」


「なんじゃこの死に方は。体の水分だけを取り出したのかの? いや待て、この殺し方はもしや」


 つぶやきながら考察しているバレリアノをぼんやりと見ていたユウは、死体から目を逸らすために別の方角へと顔を向けた。血なまぐさい臭いからは逃れられないが視覚的には楽になる。


 そうして一息つけたユウはぼんやりと地下通路の壁や天井を眺めた。何も代わり映えしない。そう思っていた。


 ところが、突然壁から人影らしきものがゆっくりと現れる。まるでそこに壁など存在しないかのようにだ。その白い影は全体的にぼんやりとしているが奥が透けている。また、体はどうなっているかわからないが、顔の部分だけは恨みがましそうな表情を浮かべていることがはっきりと見えた。


 いきなりのことに目を剥いたユウだったが、その非現実的な存在が探索員の1人に近づいていることに気付くと声を上げる。


「そこの人、危ない、逃げて! 左側から何か来てます!」


 突然叫んだユウに全員が注目したが、それが致命的な隙になった。警告を受けた探索員の1人は怪訝な表情をユウに向けていたが、壁から出てきた存在に触れられた瞬間悲鳴を上げる。そうして、触れられた箇所から急速に干からびていった。


 その様子を目撃したバレリアノが目を見開く。


「まさか霊体レイス!? 我が下に集いし魔力よ、秘されし魔を白日の下に曝せ、魔法感知マジックセンシング! おのれ、やはりそうか!」


 バレリアノが魔法使って霊体レイスの正体を突き止めた直後、もう1人の探索員も悲鳴を上げた。同様に首の辺りから干からびていく。


 その姿が見えないユウ以外の者たちは動揺した。目を剥いたリカルドがバレリアノに顔を向ける。


「バレリアノ様! 一体何が!?」


霊体レイスがあの2人に取り憑いたんじゃ。もう助からん。それよりも、あの2人から離れよ。儂が仕留める」


 そう宣言するとバレリアノは呪文を唱えて魔法を2回放った。いずれも風刃ウィンドウカッター霊体レイスにぶつけると、悲鳴を上げながら消滅する。探索員2名は解放されたが既に息をしておらず、床に倒れた。


 何が起きたのかわからない者たちは顔を強ばらせたまま探索員たちに目を向けていたが、バレリアノはすぐにユウへと顔を向ける。


「最初に霊体レイスに気付いたのはおぬしじゃったな。一体どうや」


「がっ!?」


 最後尾にいた直衛戦士団の1人が声を発したかと思うと何かがうごめく音が聞こえた。


 他の者たちが一斉に顔を向けた先には、床に転がった松明に照らされた巨大な爬虫類のような何かが戦士を飲み込みつつある。全身堅そうな鱗に覆われ、頭部には目がなく、頭の半分が鋭い牙で覆われた口の化け物だ。


 それを見たバレリアノが呻くように叫ぶ。


「いかん、盲目鰐ブラインドガビアルじゃ! 儂が呪文を唱える間、誰かあれを食い止めよ!」


「冒険者ども、前に出てあの魔物を押さえろ!」


「おい、後ろから何か来るぜ!」


 リカルドの命令に被せるようにホレスが叫んだ。ユウとブレントが振り返ると確かに足音が聞こえる。姿はまだ見えないが岩人形ストーンゴーレムなのは確実だ。


 1本道の通路で前後を挟まれてしまったことを悟ったユウがリカルドに提案する。


「僕たちがあの足音の方を押さえますから、その間にあっちの魔物をお願いします!」


「ちっ、やむを得んか。バレリアノ様、あの魔物は私たち戦士団が押さえます。その間に」


「何でもいい、早く押さえよ!」


 余裕のなくなった隊長と副隊長の会話を尻目にユウはブレントと共に迫ってくる足音へと近づいた。すると、岩人形ストーンゴーレムが姿を現す。


「ブレント、ホレス、僕があいつの後ろに回り込むから、ちょっとだけ気を引きつけて」


「わかった、やってやる! おいホレス、あんたも、って、ホレス!?」


 背後に振り返ったブレントがホレスの姿が見えないことに目を剥いた。視線を奥に向けるとバレリアノの近くでユウたちに向かって武器を構えている。その顔には引きつった笑顔が浮かんでいた。


「あの野郎!」


「ブレント、時間がないから行くよ!」


 正面に目を向けたユウが叫ぶと前に出た。恐怖心はあまりない。予想が正しければ傷つけられることはないはずだからだ。しかし、賭けに失敗すると終わりである。


 通路の真ん中を堂々と歩く岩人形ストーンゴーレムに向かってユウは駆けた。左手に持つ松明の明かりがその姿を不気味に照らし出す。


 壁際に寄って走るユウは岩人形ストーンゴーレムの様子を窺いながらその脇を駆け抜けた。予想通りユウには見向きもしない。


 駆け抜けたユウは振り向いて右手に槌矛メイスを手にする。ここから挟み撃ちにしてあの岩の巨人を止めるのだ。


 しかし、反転して前に一歩踏み出したユウは床の感触に違和感を抱く。


「え?」


「ユウ、1度攻撃するから、次はそっちから、お?」


 話ながら前に出たブレントも床に目を向けた。明らかに沈んでいる。


 反射的に後退したユウは岩人形ストーンゴーレムを中心に床が崩落していくのを目の当たりにした。1度始まると一気に下へと何もかもが落ちていく。


 どうにか探検隊とは反対側の無事な通路まで下がれたユウは尻餅をついた。対岸ではホレスが必死になって這い上がり、床に転がっている。


 あまりに突然のことにユウは呆然とした。

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