遺跡の中にも

 隊長である魔術師バレリアノの提案に従って、調査隊の生き残りは三叉路で1日テルセオ隊を待つ。しかし、丸1日が過ぎてもついに誰1人戻って来なかった。


 更に再び遺跡の入り口近辺の状況を直衛の戦士に探らせたところ、岩人形ストーンゴーレムは相変わらず多数徘徊しているという知らせをもたらされる。1度に倒せる数に上限がある以上、あの入り口はもう使えない。


 状況がより悪化していることに頭を抱えるバレリアノとリカルドだったが、こうなるともう決断するしかなかった。リカルドが全員に指示を下す。


「全員、出発準備だ通路の左側に進む。冒険者は先頭に立て」


 指示されたユウたちは三叉路の左側の道を歩き始めた。先頭は松明たいまつを持ったユウ、その隣がホレスで背後がブレントだ。


 探検隊本体の方は冒険者に続いて直衛戦士団の戦士2名、バレリアノとリカルド、松明を持った探索員2名、そして最後尾に戦士1名と並んでいる。


 左手に松明を持ち歩きながらユウは周囲に顔を向けた。全体が石造りであちこち破損あるいは崩落している。また、通路とはいっても、両脇が壁のときもあれば何かの部屋が連続している所もあった。


 また、通路はあちこちに伸びては交差しており、規則正しく十字路が前後左右に続いていることもあれば、不規則に分岐しているところもある。


「ユウ、止まれ。次を右に曲がるんだ」


 後ろからバレリアノに耳打ちされたリカルドが指示を告げた。立ち止まったユウは一瞬振り返って副隊長の顔を見た後、十字路を右に曲がる。


 その直後、ユウはそれまで黙っていたホレスに小声で話しかけられる。


「はっ、オレたちゃ体のいい使い捨てだな」


「地上にいたときから大体予想はしていましたけど」


 何かあったとき、真っ先に危険な目に遭う位置にいつも配置されるのが冒険者だ。雇う側からすればいくらでも代わりのいる盾である。常に露払いという役目を求められ、実際に露と消えてゆくのだ。


 それでも、あまりやり過ぎると反発を受ける。なので常に適切な扱いが必要なわけだが、今回はもう誰にも余裕がない。なので扱いもむき出しになりつつあるのだ。


 もちろんユウだって死にたくはない。ホレスの不満も納得できる。ただ、今はどうしようもなかった。


 色々と思うところはありつつも先に進むと、床と壁が一部濡れている場所を見つける。何かと思ってユウが松明を近づけると半液状の何かがわずかずつ動いていた。


 同じく顔を突き出して見ていたホレスが顔をしかめる。


「ちっ、粘性生物スライムじゃねーか。結構でかいな」


「これが粘性生物スライムなんですか。初めて見た」


「普通は森の中にいるもんなんだがな。なんでこんなところにいるんだか」


 一般的には森の中に住み、特に湿った場所を好む魔物だ。動物の上から覆い被さって消化液で溶かしながら吸収していく。動きは遅いが一旦取り込まれると引き離すのは難しい。


 立ち止まった冒険者3人に対してリカルドが声を上げる。


「お前たち、何をしている?」


粘性生物スライムががいました。床の半分を覆っているので通り抜けるまで1人ずつしか通れません」


「なら先に進め。そして、奥に何があるか報告しろ」


「わかりました」


 命じられたユウは通路の右側に回って先に進んだ。粘性生物スライムの奥に進むと松明を周囲に巡らせる。今までと同じ通路だった。


 ホレス、ブレントと続いてやって来てからユウは後ろに振り返って伝える。


「今までと同じ通路が続いています。特に何もなさそうです」


「わかった。もう少し先に進んで待ってろ」


 再び指示を受けたユウたちは更に奥へと進んだ。もう少し先には十字路が見える。


 全員が通りきると、バレリアノに耳打ちされたリカルドの指示で通路内を歩いた。目の前の十字路をまっすぐ進む。


 それからしばらくは何事もなかったが、今度は天井と壁に木の根が張り付いている場所に差しかかった。


 立ち止まったユウは松明を近づけて木の根を見ようとする。


「随分とぴったり壁に張り付いているってうわっ! 動いた!?」


「なんだこれ!? 危ない! 下がるぞ、ユウ!」


 背後にいたブレントに背嚢はいのうを掴まれて引っぱられたユウは倒れかけながらも退いた。そのブレントの判断は正しく、元いた場所のままだと頭を動く根で殴られただろう。


 それまで単なる木の根だと思っていた天井や壁に張り付いていた根がうごめいていた。そのおぞましさにユウたち冒険者は顔を引きつらせる。


「これは吸血根ウィッピングルートというやつじゃな」


「バレリアノ様、ご存じで?」


「魔力を吸収して自身の根を動かせるようになった木の魔物じゃ。木の幹の部分は普通の木と同じなんじゃが、根だけが魔物化しておる。見ての通り、根を鞭のようにしならせて獲物に絡みつき、そこから血を吸うと書物にあったな」


「さすが博識でいらっしゃる」


「魔術師としては当然じゃて。しかしこうなると、これ以上先には進めんな。1度戻るか」


 隊長であるバレリアノとの話し合いが終わったリカルドが、反転して1つ前の十字路まで戻ることを全員に告げた。この探索中、このときだけ冒険者が最後尾となる。


 十字路から今度は左折すると再びユウたち冒険者が先頭を歩いた。魔物と出会った以外はあまり代わり映えのしない光景が続くので3人ともある程度慣れてくる。


 しかし、慣れたとしても今の状況がどうにかなるわけではない。


 松明で暗闇を照らしながら進むユウは何かを感じて立ち止まった。怪訝そうな顔を向けたホレスが尋ねる。


「どうした?」


「前の方から何か聞こえるんだけど。ホレスは聞こえない?」


「いや別に。気のせいじゃねぇか? いや待て。確かに何か歩いてるのか?」


 いったんは否定したホレスだったがすぐに意見を翻した。話をしていると次第に音が大きくなってくる。それは確かに今進んでいる通路の奥から聞こえていた。


 冒険者の背後にいるバレリアノたちにもその音は届き、リカルドが声を上げる。


「全員、武器を構え! 冒険者3人はもう少し前に進め」


「おいちょっと待ってくれよ! 何がいるかわかんねぇんだぞ?」


「だからだ。早めに知っておく必要がある」


「ちくしょう、好き勝手いいやがって!」


「その分だけ充分な報酬を出してやってるだろう」


「割に合うか、ばかやろう!」


古鉄槌オールドハンマー、前に出ろ!」


 ごねるホレスに見切りを付けたリカルドがユウに命じた。その顔は強ばっている。


 一瞬迷いを見せたユウだったが、後ろにいたブレントに顔を見せるとうなずかれた。右横に並んだ仲間と共にゆっくりと前に出る。


 やがて松明の明かりに曝されたその姿は岩人形ストーンゴーレムのものだとわかった。地上で徘徊していたものよりも小さいが、それでも人間の5割増しの大きさだ。通路の真ん中をゆっくりと歩いてくる。


 目を剥いたユウとブレントが思わず後ずさった。その背後にリカルドの声がぶつかる。


「下がるな、踏みとどまって時間を稼げ!」


「えぇ」


「むちゃくちゃだな!」


 文句を言いながらもユウとブレントは踏みとどまって武器を構えた。背後の者たちが退いていく音を聞きながら目の前の岩人形ストーンゴーレムを睨む。


 先に動いたのはユウだった。悠然と動く岩の塊に槌矛メイスを叩きつける。


「あああ!」


 もちろん今までと同じく効いているようには見えなかった。それどころか右手で押しのけられて地面に倒れる。


 次いでブレントが剣で切りつけたが同様に効果はなかった。そして、今度は左手で殴りかかってくる。どうにか転んで攻撃は避けたが今度は踏み潰されそうになった。


 こうして2人がわずかな時間を稼ぐと、バレリアノが何事かをつぶやいて長杖スタッフを敵にかざす。


風刃ウィンドウカッター!」


 バレリアノが声を上げた途端に長杖スタッフの先の空間が揺らめき、何かが飛び出した。更にはそれが岩人形ストーンゴーレムの頭に当たって破裂する。そして、ゆっくりと岩人形ストーンゴーレムは床に倒れて動かなくなった。


 床に尻餅をついたまま、ユウは横に倒れている岩の塊に目を向ける。今まで対戦してきたがいずれも引っかかることがあった。自分だけ攻撃されないのは気のせいではないという思いが強くなる。


 ただ、それが本当だとしても理由がわからない。何しろ今まで岩人形ストーンゴーレムに縁などなかったのだ。


 首を傾げていたユウだったが、怒りのこもった声を耳にしてそちらに顔を向ける。


「ホレス、お前命令に背いたな! 自分のことばかり考えて!」


「自分のことを考えて何が悪い! そりゃカネのために命を張る仕事をしちゃいるが、できねぇことまでやれるわけがねぇだろ!」


「あの2人はできたではないか!」


「あんなもんたまたまだろ! まぐれを当たり前のように言うんじゃねぇ!」


 延々と怒鳴り声が2人の間で応酬されたが最終的にはバレリアノの一声でリカルドが引き下がった。もちろん命令で引き下がったのであって納得したわけではない。


 ユウは雰囲気が悪くなったことにげんなりとした。

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