臨時編成パーティとの合流

 目の前でにやついているホレスについて、ユウはブレントを仲間に入れる前から良い印象はなかった。もちろん最初は何となく避けたいという程度だったが、色々とあるうちに心証が悪くなったのだ。


 ただ、ユウが実際に実害を受けたことはない。合同パーティでの出来事は辟易したが一応利益にはなっていたので、ブレントのような恨みはなかった。


 油断できない笑みを浮かべたホレスが、ブレントのときとは一転してやたらと優しい声で話しかけてくる。


「過去に色々あったのは確かだが、今の危機的な状況でそんなことを言ってる場合じゃねぇのはわかるだろ? 別に好きになれとは言わねぇし、ずっと仲良くしようとは言わねぇよ。ただ、せめてこのヤバい状況を乗り越える間だけでも協力しよう。オレは何かと役に立つぜ」


「言っていることは正しいと思うんですけど、どうしてそんな怪しまれるような笑顔を浮かべるんですか」


「これがオレの笑い方なんだからしょーがねーだろう!? 話の内容で判断してくれよ」


 情けないやら腹が立つやらといった複雑な表情を浮かべたホレスに抗議されたユウがうなずいた。良い印象がないので悪いように受け取ってしまうのは確かである。


 多少警戒心が薄らいだユウは考え方を変えることにした。仮にホレスの提案を断った場合である。逃げ場所がない今、結局はホレスも同じように行動するしかないだろう。そんな状態で同行されたとして果たして危なくないだろうか。


 ホレスに対して警戒心むき出しのブレントにユウは声をかける。


「ブレント、今の僕たちって逃げ場がないんだよね」


「ああ、そうだな。それが?」


「この状態でホレスの提案を断ったとして、ホレスはどうしたらいいと思っているの?」


「別に一緒じゃないなら好きにしたらいいだろう」


「逃げ道がないんだからホレスと別れることはできないよ?」


 重要な点に気付いたブレントが目を剥いた。そのまま隣に顔を向けるとホレスのにやついた笑みに迎えられる。その瞬間、顔を歪ませた。


 納得はしたくないが理解はできたというブレントを尻目にユウはホレスに返事をする。


「消極的にだけどあなたの提案を受け入れます。どうせ離れられる場所もないですし」


「そう来なくっちゃな! あんたが理性的で良かったよ」


「ただし、ブレントを挑発したり馬鹿にするのはやめてください。この状況でわざわざ仲が悪くなるようなことをしても良いことはないですから」


「わかったよ。約束する。そっちも頼むぜ?」


 2人同時に目を向けられたブレントはそっぽを向いた。それから少し間を置いて承知の返事をする。


 それを見たユウはすぐにホレスに顔を向けた。小さく息を吐いてから口を開く。


「まずは情報の交換をしましょう。ここに来るまでに何があったのか知っておきたいですから」


「そうだな。とは言っても、こっちはあんまり教えられることなんてねぇぞ。ずっとこの上で突っ立ってただけだからな」


「拠点が岩人形ストーンゴーレムに襲撃されたときの様子は見ていましたか?」


「こっちが襲われるまではな。暗闇で視界が利かなかったら拠点の奥はさっぱりだったが、手前側はある程度見えてたぜ。あいつらが2匹同時に襲ってきて、ヘイデンのパーティが足止めしたが2人死んで危ないってときにあんたら加勢に来ただろう。そこまでだな」


「襲ってきた岩人形ストーンゴーレムは1体だけだったんですか?」


「その通りだ。ヤバいから拠点に逃げようって戦士の旦那に提案したが却下されて、そのままあそこで戦ってたんだよ。けど、足下があんなだっただろ? せっかくオレが集めた仲間も足を滑らせたりして死んじまった」


「その後ここに転がり落ちたんですか」


「そうさ。直前にもうダメだから逃げようって言ったんだけどなぁ。どこに逃げるんだって言われて言葉に詰まったところをあのバケモノに狙われて避けたらここよ」


 右の人差し指で下を指したホレスが肩をすくめた。


 一通り話を聞いたユウが今度は自分の知っていることを話す。サウロとプリモが死んだと伝えたときに少し目を見開いたホレスだったが、それ以外は平静に耳を傾けていた。


 やがて情報交換が終わるとホレスが口を開く。


「やっぱいっぺんに襲われちゃ、さすがの魔法使い様も敵わなかったってわけかぁ。まいったな、たぶん外にゃあの岩野郎がうようよいるに違いねぇ。どうしたもんか」


「もう戦いは終わったと思います?」


「音が聞こえなくなったってことは終わったんだろうな。あの岩野郎、人間にやたらと攻撃的だったから外の連中はたぶん。まぁ、外に出て確認する気にはなれんが」


「僕、これからここで遺跡を探索しに行ったパーティを待とうと思うんです。外に出られないのはもちろん、この奥に行ってもリカルド様たちに都合良く会えるとはかぎらないですから」


「だよなぁ。ここで待ってりゃ、少なくとも戻って来るはずの隊長たちと再会できるのは間違いねぇしな。いいんじゃねぇか」


 賛意を示したホレスからブレントに顔を向けたユウは仲間がうなずくのを見て肩の力を抜いた。


 そんなユウに対してホレスが再びあの胡散臭い笑みを向ける。


「なぁ、ユウ。早速なんだけどよ、水と食い物分けてくんねぇか? オレ、荷物を上に置いてきたままだから、今身に付けてるもんしかねぇんだ」


「そうなんですか?」


「ああ。だから食うもんがなーんもねぇんだ。頼むよ」


 まさか拠点が壊滅するなんてことはユウも想像していなかったので、これは同情できる点だった。現時点ではいつ探索中のパーティが戻って来るかわからない。


 背嚢から1日分の水と干し肉を取り出したユウはホレスに手渡した。




 翌朝、板状の岩の上から差し込む日差しで夜が明けたことを3人は知った。底冷えする中で朝食を口にしていると、地下通路の奥から足音が聞こえ、次いで一定の範囲が明るくなる。バレリアノ隊が戻って来たのだ。


 板状の岩の元で身を寄せているユウたちが立ち上がる。


「戻って来られたんですね!」


「ここで何をしているのだ?」


 驚く臨時パーティのメンバーの中からリカルドが歩み寄ってきた。前に立つユウに説明を求める。


 昨晩の襲撃から要点をかいつまんで説明したユウに対して、リカルドが更にいくつか質問した。背後で聞いているバレリアノ以下5人も沈痛な面持ちである。


「僕たちが知っていることは以上です。ここに逃げ込んでから外の様子は確認していませんから、拠点がどうなっているかはわかりません」


「そうか。なんということだ。おい、外がどんな様子か確認してこい」


 命じられた直衛戦士団の1人が板状の岩を登っていった。その間にリカルドがバレリアノと話をする。


 その間手持ち無沙汰だったユウたち3人だが、突如板状の岩の上から偵察に行った戦士が転がり落ちてきたのでその場から飛び退いた。様子を見ているとその戦士はすぐにリカルドへと話しかける。


「申し上げます! 何体もの岩人形ストーンゴーレムがこの近辺を徘徊しており、外を出歩くことができません! 発見されると追いかけてきて」


 報告途中の戦士の声に岩のぶつかる音が重ねられた。何事かと上を見ると岩人形ストーンゴーレムが遺跡の入り口から中に入ろうとしている。大きさの都合上そのままでは入れないものの、圧倒的な敵に追いかけ回されるのはかなりの心理的負担になる。


「ここは危険だ! 遺跡の奥に戻るぞ! バレリアノ様、こちらへ!」


 ついには大きめの岩を中に落とし込まれるに至って、リカルドからこの場を退去する命令が出された。臨時パーティ、次いでユウたちがその場を離れる。


 直衛戦士団の1人が松明に火を灯して暗闇の中を照らしながら小走りに進んだ。何度か下に続く階段を下りて左右に分かれる三叉路に出くわす。


 肉体労働者ではないバレリアノや探索員が息を荒げた。その中でリカルドはここで立ち止まるよう周囲に指示する。


「ここまで来たらとりあえずは安全だろう。問題はこの後どうするかだが」


「リカルド、テルセオのパーティがまだ戻っておらん。本来なら帰ってきてもおかしくないんじゃが」


「この分だと、何かあったと考えた方が」


「そうじゃの。儂としてはあと半日ほど待って、合流できなんだら別の出口を探すためにこの中を探索しようと思うが」


「危険です。もう1日待って外の様子を窺うべきではないですか?」


「それでも岩人形ストーンゴーレムがいたらどうする? 手持ちの食料にも限りがあるゆえ、いつまでも待つわけにはいかんぞ」


「では、もう1日だけ待って外の様子を窺い、それでも無理でしたらバレリアノ様の案にしましょう」


「決まりじゃの」


 方針が決まるとバレリアノは探索員に簡単な寝床を用意させて横になった。その間に戦士たちは休息場所を整える。


 その間、半ば部外者のような扱いのユウたちは見張りとして立つよう命じられた。

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