顔を合わせたくない面子

 冷え込みの厳しい朝、ユウとブレントは4日前に面接を受けた場所に向かった。まだ日の出前なのでうっすらとしか周囲は見えなかったが、探検隊の野営地は篝火かがりびが焚かれていて明るい。


 明かりに誘われるように近づいた2人はリカルドを探した。今回の探検隊で冒険者を統括するのは副隊長だからだ。


 何人もいるつばあり帽子を被り全身を覆える外套をまとった人たちから当人を探す。外套の端からちらりと見える革に金属を織り込んだ鎧を身に付けた人物をユウが見つけた。ブレントと2人並んでリカルドの前に立つ。


古鉄槌オールドハンマーの2名、ただいま到着しました」


「うむ。呼ばれるまでその辺りで待機しているといい」


「わかりました」


 白い息を吐きながら短く受け答えをするとユウたちは篝火に近づいた。日の出前は暗いだけでなく寒いので温かいところに寄りたくなる。


 設置されている篝火の周辺には大抵人が集まっていたので、2人は人の少ない篝火の前に立った。手のひらを中心とした一部と顔が温まる。


「あ~温まるなぁ」


「ついでに足下も温めたいなぁ。この時期は靴底が冷えてたまらないよ」


 背嚢はいのうを背負った2人が体を震わせながら喋った。特にやることもないので雑談しながら暇を潰す。


 何となく周囲を見ていたユウが探検隊の副隊長の方を見ると知った顔を見つけた。それをブレントに伝える。


「ブレント、魔石採掘人ストーンマイナーズのヘイデンだ。4人しかいないね」


「ああ、そうだな」


「あれ、どうしたの?」


「去年の合同パーティのことをもう忘れたのか? あいつらあれで2人仲間を失ってるだろう。あの様子じゃ新人を入れてる様子もないし、俺はちょっとやりづらいな」


「ああそっか、ブレントは」


 そこまで言葉にしてユウは口を閉じた。あのとき、ブレントは多色石カラーストーンズに所属していたことを思い出す。しかも、ヘイデンは採掘の延長に反対だったのだ。直接やり取りしたわけではないものの、ばつが悪いということはすぐに想像できた。


 あまり面白くないことだったのでユウはヘイデンから目を離そうとしたが、直前になって相手と目が合う。すると、副隊長との挨拶が終わったヘイデンが近づいて来た。


 笑顔の相手に戸惑いながらユウは声をかけられる。


「やぁ、あんたは確か、去年簡易台の作り方を教えてくれた冒険者だったよね?」


「はい。ユウです」


「あのときはありがとう。おかげで仲間を町まで連れて帰ることができたよ」


「役に立て良かったですよ。仲間を置き去りっていうのは嫌ですからね」


「まったくだ。あのときはやっぱり延長するべきじゃなかったんだよな。ああ悪い、今更愚痴ってもしょうがないよな。ところで、あんたも参加するんだ」


「何かあるんですか?」


「薬草採取をしているパーティは普通こういうのに参加しないものなんだ。絶対ってわけじゃないけど珍しい。たぶん合わないんだろうな」


「ああまぁ、そう言われると」


「ところで今1人なのか? いや、参加条件が2人以上だからパーティで参加しているんだよな。前は森林走者フォレストランナーの連中と一緒だったけど」


「あの人たちとは臨時で組んだだけだったんで、あのとき限りなんですよ。今は別の1人と組んでパーティやってます」


「その仲間は今どこに?」


「僕の隣にいるこの人です。ブレントっていうんですよ」


 気まずそうな表情のブレントをユウは紹介した。仕方なさそうにブレントはヘイデンに向き直る。


「あんたは、どこかで見たような。前に会ったことはあるか?」


「お互いに見かけたことはあるけど直接話したことはないよ。俺は去年の合同パーティで多色石カラーストーンズの1人だったからね。ああ、そっちが俺に悪い印象があるのは当然だと思ってる。あのときの俺はホレスの側にいたからね」


「まぁ確かに面白くはないな。できれば顔も見たくない。あんたの悪い噂も知ってるしな」


「あれはホレスが広めたんだよ。あの合同パーティの後にも似たようなことがあって、さすがに嫌気が差して抜けたんだ」


「どこまで本当なのかは知らないが、それで今はユウと一緒に組んでるわけか」


「そうだよ。この町に来るときに一緒に荷馬車の護衛をしてたんだ。その縁でね」


 2人の話を聞いていたユウはヘイデンから目を向けられた。それに対してうなずいてから口を開く。


「本当ですよ。この町に着くまでに一緒だったからブレントの話を信じたんです」


「なるほどな。わかった。ユウの話は信じよう。ただ、ブレント、あんたに対してはすぐに気持ちを切り替えられない。あんたが直接悪くないというのがわかっていてもだ」


「わかってる。そうやって我慢してくれてるだけでもありがたいよ」


 理性的に話すヘイデンにブレントは肩をすくめた。これから同じ探検隊で護衛をするだけに感情的な衝突が避けられたのは良いことだ。


 徐々に空が白み始めてくる。出発のときは近い。


 白い息を吐きながらユウは別の話題を持ちかける。


「僕たちは荷役人足の護衛をすることになっているんですけど、ヘイデンのパーティはどこを担当するんですか?」


「奇遇だな、俺たちも荷役人足の護衛なんだ」


「知っているパーティが一緒なら安心ですね。うまく北の台地まで行きましょう」


「そうだな。っと、あいつは!」


 和やかな雰囲気になりかけたとき、リカルドの方へと顔を向けたヘイデンが目をつり上げた。ユウたちも釣られてそちらに目を向ける。


 副隊長と話をしている人物を見てユウも目を見開いた。ホレスが話をしている。


「あの人も一緒なんだ」


「ちっ、あいつが参加するとわかってたら応募してなかったんだけどな」


多色石カラーストーンズも4人なんですね」


「みたいだな。あそこも合同パーティのときにメンバーが死んでるし、補充できなかったんだろうさ」


「いやそうじゃない。あれ、メンバー全員を入れ替えているみたいだ。ホレス以外に知ってる顔がない」


 ユウとヘイデンの会話にブレントが口を挟んだ。不審げな表情を浮かべている。


「俺が抜ける直前は4人いたんだけど、俺とホレス以外の2人が見当たらないんだ。一旦メンバーを解散したのかな」


「あんたみたいに愛想を尽かせて自分から出ていったのかもな。けど、そんな新しい面子ばっかりで連携なんてできるのか?」


「ブレント、ホレスってどのくらい戦えるの?」


「あいつ自身は結構強かった。指示も俺が理解できる範囲では悪くなかったように思う。ただ、強引で打算的すぎるのがちょっとね」


 眉をひそめたブレントが思い出しながらユウに返答した。その話を聞いたヘイデンがにやりと笑う。


「その強引さと打算的すぎる性格のせいで、最近あいつはうまくいってないって聞くな。そんな状態ではたしてうまくやれるのか疑問だが」


「俺が抜けるきっかけになった失敗で更にケチが付いたのかもしれない。メンバーを一新してるのもやり直すためなんだろうね」


「まぁ、お手並み拝見ってところだな」


 篝火の前で話をしていると東の空が急に明るくなった。誰もが眩しい朝日に目を向ける。


 そのとき、リカルドから集合の号令がかかった。プリモと直衛戦士団が冒険者たちの元を巡って声をかけてくる。


 いよいよ出発という段になって集められたユウたち冒険者はリカルドの訓示を受けた。特に利益になるわけでもないのでどの冒険者も無反応だ。


 その訓示を聞いている間、ユウは探検隊の構成員を思い出す。


 隊長は魔術師バレリアノ。浅黒い肌で彫りの深い顔でくすんだ金髪の中年で、古代文明の遺跡から発掘される魔法の道具を探し求めているという話だ。基本的に下々の者とは口を利かない雲の上の存在である。


 次いで探索員6名、この者たちはバレリアノの弟子たちで今回の探索の要だ。遺跡の中に入って探索する実務員である。その中でも2名の高弟が主導的な立場だ。浅黒い肌で背の高い茶髪の青年テルセオと浅黒い肌で背の低い少しふくよかな青年サウロである。


 ユウからすると変わっているのは、この魔術師の集団はみんな同じ格好をしている点だった。全員が薄黄色の麻製ローブに革のベルトをしているのだ。違う点は、バレリアノが手にしているのが長杖スタッフで、他が短杖ワンドくらいである。


 一方、戦闘要員の責任者は副隊長のリカルドだ。冒険者の直接の上官である。同時に直衛戦士団10名の上官でもあるのだが、そちらは副官扱いのプリモがまとめていた。


 残りは大量の荷物を運ぶ荷役人足が10人である。


 訓示が終わると、再びリカルドから指示が出された。6人パーティ2組とホレスのパーティが探検隊の前方に移り、ヘイデン、ユウ、他2人組パーティ1つが荷役人足の周囲に立つ。


 全員が所定の位置に付くと出発の号令が出された。待機組以外が見送る中、探検隊の前から順に北を目指して歩き出す。


 誰もが白い息を吐きながら北の台地を目指してゆっくりと進み始めた。

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