巡ってきた機会

 ユウとブレントで結成した古鉄槌オールドハンマーは割とうまくいっていた。個人的に馬が合ったというのが最も大きい。更にどちらも単独で帰らずの森に入って苦労したので、パーティのありがたみをよく知っているという事情もある。


 そんな2人なので新年が明けてからも積極的に帰らずの森で薬草と魔石を採り続けた。それに伴い、買取カウンターでの評価も上がっていく。


 年初の月の下旬、休息の日にユウはブレントと冒険者ギルドにいた。買い出しも終わったユウはやることもなかったのでつき合っているのだ。


 一緒に受付カウンターの列に並んでいるユウがブレントに話しかける。


「今日は何をするつもりなの?」


「探索関係の仕事がないか職員に聞くんだ。最近やっと生活が安定してきたからね。そろそろこういう情報を集めようとかと思ったんだよ」


「そういえば、前から冒険者らしい仕事がしたいって言ってたね」


「ああその通り! ユウとペアを組めたおかげで夢に一歩近づけたんだ!」


 嬉しそうに語るブレントを見てユウの顔も緩んだ。今やすっかり立ち直った様子なので安心して見ていられる。


 順番が回ってくるとユウはブレントと共に受付カウンターの前に立った。相手はターミンドの町にやって来た当初に世話になった青年職員だ。


 相変わらず手慣れた感じでブレントに話しかけてくる。


「どのような用件ですか?」


「探索関係の仕事がないか探してるんです。何かありますか?」


「今ですと北の台地を探索する魔術師が冒険者を護衛で募集していますよ」


「本当ですか!? それで、どんな条件なんです?」


「魔物の討伐経験があること、護衛の経験があること、パーティメンバーが2人以上であることとありますね」


「やった! 受けます、それ!」


「ちょっとまってブレント。いくら嬉しくても勝手に話を進めないでよ」


 喜び勇んでカウンターの奥へと顔を突き出していたブレントをユウは止めた。仲間の視線を感じながらユウは職員へと顔を向ける。


「魔物の討伐経験って、薬草採取や魔石採掘のときに追い払った程度でもいいんですか? 極端な話、殺したことがなくても」


「いえ、冒険者ギルドで討伐依頼を引き受けて成功させたものを指します」


「護衛の経験っていうのは、荷馬車なんかでもいいわけですか? それとも要人護衛でないといけないです?」


「荷馬車でも良いようですよ」


 細かい条件を聞き出したユウがブレントに向き直った。不思議そうに自分を見る仲間に問いかける。


「ブレント、どっちも経験あるの?」


「あるよ! 別の町でだけどね。ユウはあるよね?」


「まぁあるけど、これを受ける気なの?」


「もちろんさ! これぞ俺が求めていた冒険だからね! ユウはわくわくしないかい?」


「僕が求めている冒険とはちょっと違うんだけどな。それはとりあえずいいや。これ、最低2人以上ってあるけど、僕も入っているの?」


「ユウ、君はいつまでも薬草や魔石を採る仕事をやり続けるつもりか?」


「そんなことはないけど、台地の探索ってかなり危険って話だよ」


「だから探検隊に参加するんじゃないか。隊長が魔術師なら魔法が使える。もしかしたら他に何人か魔術使いがいるかもしれない。魔法が使えるんだったら強い魔物だってやっつけられるさ」


 熱心に語りかけてくるブレントを見てユウは口をつぐんだ。自分もやりたいことのために故郷を飛び出したので、仲間に夢を諦めさせるというのは気が引けた。


 それに、ユウ自身も探検というものに興味があったのも確かだ。しばらく迷っていたが口を開く。


「わかった。1度やってみようか」


「そうこなくっちゃ! あ、紹介状書いてください!」


「ブレント、たぶん面接があるからまだ採用されるとは限らないよ?」


「つまり、採用される可能性もあるってことだろう? 最初から悲観的になるのは良くない癖だぞ、ユウ」


 受付係の職員から紹介状を受け取ったブレントはすぐさま踵を返した。


 その急ぎようを見ていたユウは少し呆れていたがすぐに職員へと顔を向ける。相手の居場所をまだ教えてもらっていない。


 職員の言葉にうなずいたユウはゆっくりと建物を出た。




 依頼者によって指定された場所は町の郊外だった。冒険者ギルドの建物からそれほど離れていない場所に天幕が組み立てられている。


 天幕の入り口の脇に立っていた鍛え抜かれた風貌の男にブレントが紹介状を手渡した。男は天幕内に一旦姿を消すとすぐに出てきて中に入るよう指示する。


 薄暗い天幕内には2人の男がいた。1人は彫りの深い顔で茶色い短髪の壮年の男だ。浅黒い肌の鍛えられた体を木組みの小さな椅子に乗せている。もう1人は彫りの深い顔で赤茶色の短髪の青年で同じく浅黒い肌で細身だ。こちらは2本の棒を持って立っている。


 どちらも無表情で入ってきたユウたちに目を向けていた。ブレントは気にしていない様子だったが、ユウは多少気圧される。


 2人は椅子に座っている男の前に立った。すると、男が口を開く。


「俺は探検隊黄色い風ヴィエントアマリジョの副隊長であるリカルドだ。隣で立っているのは俺の部下であるプリモ。直衛戦士団の副長をしている」


「俺は、冒険者のブレントです。北の台地の探検に参加できると聞いて応募しました!」


「僕はユウです」


 すっかり前のめりになっているブレントに続いてユウは最低限の名乗りを上げた。面接官2人の雰囲気に飲まれて、隣にいる仲間のように明るく振る舞えない。


「我々は、魔術師バレリアノ様率いる探索員を護衛する者を求めている。依頼内容は、ここから北の台地の目的地までの護衛だ。そこから先の遺跡探索は、バレリアノ様、探索員、それに直衛戦士団で実施することになっている。なので、採用された場合は道中の護衛と探索拠点の警備となるだろう」


「あの、遺跡の中に入る仕事はないんですか?」


「今回募集している冒険者にはそのようなことは求めていない。不満があるのなら、別の探検隊に応募するか自分たちだけで行くといい」


 きっぱりと断られたブレントの興奮が冷めたのがユウにもわかった。


 応募者の反応を気にした様子もないリカルドが言葉を続ける。


「今回冒険者を募集しているが、誰でも良いというわけではない。危険な場所に赴くのである程度戦える者を求めている。冒険者ギルドでも話はあったと思うがこちらでも再度聞く。どちらも魔物の討伐経験や護衛の経験はあるか?」


「はい、あります!」


「僕もあります。ちなみに、特定の魔物を討伐していないといけないなんてありますか?」


人形ゴーレム系を討伐したことがあるのなら歓迎だ」


人形ゴーレム系はないですけど、別の仲間と一緒に岩熊ロックベアなら倒したことがあります。僕は主に囮役でしたけど。他には岩巨人トロルとも出会いましたけど、あれは逃げたからなぁ」


「ブレント、お前は何かあるか?」


小鬼ゴブリン犬鬼コボルトでしたらいくらでもありますけど」


 最初の勢いはすっかりなくなったブレントがやや小さい声で答えた。わずかに肩を落としているように見える。


 その間にリカルドはプリモに目を向けた。小さくうなずいたプリモがすぐにユウたちへ視線を戻す。


「今から私がお前たちの腕がどの程度なのかを確認する。天幕の外に出ろ」


 指示された通りにユウとブレントは天幕の外に出た。同じように出てきたプリモが2人の対面に立ち、剣くらいの長さの丸い棒の1本を差し出す。


「どちらからでもいい。この棒を使って模擬戦をするから手に取れ」


「なら俺が先にする!」


 勇んで声を上げたブレントが棒を手に取った。ユウが脇に下がって背嚢はいのうを下ろす。


 天幕から出てきたリカルドが合図をすると模擬戦が始まった。最初はブレントが一方的に攻めていたが、途中からプリモが反撃に転じると立場が逆転する。次いでユウが模擬戦を始めたが、ブレントよりも善戦したように見えただけで結果は同じだった。


 プリモに一撃をもらって顔をしかめている2人に対して、リカルドが声をかける。


「いいだろう。一応合格とする。お前たちは探検隊の荷役人足の護衛だ。4日後の日の出前までにここへ来ること。細かい質問はプリモにするように。以上だ」


 2人の返事を聞かずにリカルドは天幕に入った。プリモが近づいて質問の有無を尋ねる。主にユウが疑問をぶつけて回答を得た。


 すっかり打ちのめされた2人だったが、念願の探索に関われることにブレントは喜ぶ。


「へへへ、今から楽しみだなぁ!」


「あー痛い。あのプリモって人、容赦なかったなぁ」


「あれくらい強くなれたらもっといろんな冒険ができるんだろうな。羨ましい」


 打たれた腕を痛そうにさするユウは頬を緩めているブレントに呆れた顔を向けた。しかし、気付く様子もなく笑顔のままだ。思わずため息が出る。


 何となく北の台地の探索に不安を抱きながらもユウはやるべきことについて考えた。

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