活動開始!(後)

 古鉄槌オールドハンマーが帰らずの森に入って2日目、ユウとブレントは更に奥へと進んで薬草と魔石を求めた。


 薬草採取をするユウは成果が振るわない。この辺りは以前も採った場所なので高価な薬草が少ないからだ。一方のブレントはなかなかの成果を上げる。掘り尽くしたと言われていても、屑魔石程度ならまだ採掘できるからだ。


 それを横で見ていたユウが休憩中にぼやく。


「いいなぁ。そっちは絶好調そうじゃない」


「大きいのは出ないけど、小さいのならまだちらほらと出てくるよ。よく採れていた頃だとこれじゃ採算が合わないって思われたんだろうな」


「これなら当面は魔石採掘を中心にした方がいいかもしれないね。薬草は生えてくるまでしばらく休もうかな。更に奥へと進むかしないと充分採れそうにないや」


「奥かぁ。どの辺りまで進んだの?」


「作業期間を6日に延ばして、あと1日か2日くらい奥かな」


「1人で? 危ないことするなぁ」


「だってそうでもしないと薬草が採れないんだもん」


「薬草採取ってその辺が大変だよな」


「でも、魔石採掘だって一度採り尽くしたらもうそこじゃ採れないじゃないか。薬草はまた何ヵ月かしたら採れるんだよ」


「どちらも一長一短ってわけだ。そうだ、どうせならユウもこっちをやってみるか?」


「僕道具は持ってないよ。それに、片方は周りを警戒しておかないと」


「道具は俺のを貸してやるし、ユウが作業をしている間は俺が見張ってるよ。今まで本格的にはやったことがないんだろう? ものは試しだって」


 楽しそうに勧めてくるブレントに押し切られる形でユウは魔石採掘をすることになった。好きなところを掘ればいいと言われて道具を与えられる。


「見つけられる気がまるでしないんだけどなぁ」


「いいからいいから。俺が掘った辺りからまずはやってみたらどうだ?」


 身長の半分ほどのシャベルを手にしたユウが休憩前にブレントが掘っていた場所の前に立った。掘られた穴と土の山を見て、次にその周辺へと目を向ける。


 どこに魔石が埋まっているかなどユウには何もわからなかったが、ありそうだと思える場所にシャベルを突き刺した。ブレントが掘っていた場所から少し離れた所である。


 いくらか穴を掘ると、脇に掘り出した土をシャベルで細かく粉砕した。これで土に紛れた魔石を見つけるのだ。原始的な方法ではあるが今のユウにはこれで充分である。


 最初は何も見つからなかった。なので更に穴を掘り、そしてまた掘り出した土を粉砕する。何度か繰り返していると屑魔石が現れた。


 土を払ったそれを手に持って眺めるユウの顔が笑顔になる。


「屑魔石が見つかった!」


「お、良かったじゃないか。その調子でどんどん掘ったらいいぞ」


 ようやく手応えを感じたユウは更に穴を掘っては土を粉砕した。すると、頻繁に屑魔石が出土するようになる。更には魔石の大きさが少しずつ大きくなっていき、気が付けば小魔石程度になっていた。


 その様子に気付いたブレントが目を剥く。


「ユウ、お前、当ててるじゃないか!」


「当ててる? これがそうなの?」


「小魔石がこんなに! ここはもっと掘ったら出てくるに違いないぞ!」


 興奮するブレントにまくし立てられたユウはその勢いにすっかり押された。ユウにとっては魔石がたくさん出てきて嬉しいなくらいの感覚なので困惑する。


 この時点でブレントがユウと交代して採掘を始めた。その様子はやる気に満ちていて作業速度も速い。一方、慣れない作業で少し疲れたユウは周辺の警戒に回った。


 砂時計を何度かひっくり返して作業を続けた結果、その後は魔石採掘で1日が終わる。取り決めた方針とは異なっていたが、ブレントのあまりの勢いにユウは口出しできなかったのだ。


 2日目の夜、焚き火に当たりながらブレントが上機嫌で喋る。


「掘り尽くされたって言われてたけど、まだある所にはあるもんだね! これなら他の場所にもあるんじゃないかな!」


「まぁ地面をきれいに掘り返したわけじゃないだろうから、こういうこともあるんじゃないかな。薬草の方はマギィ草が1つも採れなかったから駄目だったなぁ」


「その分魔石で稼げたんだからいいじゃないか! 小魔石だけでも40個以上採れたんだから! ユウ、随分と鼻が利くね!」


「犬みたいに言わないでよ。本業じゃないからあんまり喜べないのが何とも」


 大きな利益を手にしたので本来なら喜ぶべきなのだが、ユウとしては複雑な気持ちだった。楽に稼げることは良いことだが人に頼りっぱなしというのは嬉しくないのだ。


 夕食を済ませてからユウは眠りに就いた。木の枝に上らなくてもいいのは実に楽だと喜ぶ。しかし、しばらくしてからブレントに起こされた。目を開いたユウが起き上がる。


「何かいるぞ、ユウ」


「せっかく寝たところなのに。どの辺かな?」


「あの草木の辺り。こっちの様子を窺っているのかさっきから動かない」


 目を凝らしてユウもブレントの指差す方を見ると確かに何かがいた。しかし、それが何かはわからない。それでもとりあえず槌矛メイスを右手に握る。


 次いで周辺の様子を窺った。すると、別の何かがいるのに気付く。良くない状態だ。


 顔は動かさずにユウがブレントへと声をかける。


「左の草むらにも何かいるよ。もしかしたら一斉に襲ってくるかもしれない」


「まずいな。どうする?」


「左の方のはブレントが相手をして。僕は正面の奴を相手にするから」


「よしわかった。なら場所を譲るよ」


 焚き火のある場所から視線を逸らさずにゆっくりとブレントが左にずれた。それに合わせてユウがブレントのいた場所に移る。


 その直後、草木の間から何かが飛び出してきた。獣のような何か。焚き火に照らされたその姿からかろうじて野犬だとわかる。


「ガゥ!」


 噛まれると軟革鎧ソフトレザーを身に付けた箇所でも貫かれることがあるので受けるのは危険だ。ユウは体を横にずらしながら槌矛メイスをその顔面に叩き込む。悲鳴を上げた野犬が地面に転がった。


 しかし、例え頭部を殴られたとしても野生の動物が一撃で死ぬことはない。起き上がろうとする野犬に対してユウはその頭を更に殴りつける。最初の一撃でふらついていた野犬は避けられずに連続して鉄の打撃を受けた。


 痙攣するだけで立ち上がらなくなった野犬から目を離したユウは、ブレントへと顔を向ける。あちらは完全に仕留めたところだった。次いで周囲の様子を窺う。


 次の来襲はなさそうにないことを知ったユウは、倒れたままの野犬にとどめを刺してからブレントに近寄った。剣に付いた血を振り払って剣を収めたところで声をかける。


「怪我はしていない?」


「大丈夫だ。野犬1匹くらいなら平気さ。ユウも、大丈夫そうか」


「うん。あの死骸、埋めるかどこかに捨てるかしなきゃいけないね」


「俺が掘るよ。あんまり深くなくてもいいだろう。どうせ明日には他の場所に行くんだし」


 シャベルを手にしたブレントが少し離れた場所に穴を掘り始めた。魔石採掘で鍛えられたこともあって手早い。


 その間にユウが殺した野犬の死骸を穴の横まで持ってきた。まだ温かいそれは持っていて気持ちの良いものではなかったが短距離なので我慢だ。


 後始末を手早く済ませると2人は再び焚き火のある場所に戻る。どちらも腰を下ろして大きな息を吐き出した。


 焚き火へと薪を追加するブレントがユウに話しかける。


「やっぱり1人のときとは全然違うね! 今の1人だとかなりつらいんだよなぁ」


「僕はそれが嫌だから木の上で寝ていたんだよ」


「確かに地面で寝るよりかは安全なんだろうけど、寝ぼけて落っこちないか?」


「だから紐で自分の体を木の幹に縛るんだ。これだと落ちないよ」


「その発想はなかったなぁ」


 微妙な表情を浮かべたブレントがそのまま黙った。


 翌日、3日目も作業したがこの日はあまり成果なく終わる。ユウの場合は特にマギィ草がまったく採れなかったのが大きい。一方、ブレントは悪いながらも魔石だけで遠征費用を稼いでいた。それを知ったユウは悔しがる。


 2人がターミンドの町に戻ったのは今年最後の日だった。旅に出るまでのユウは年末年始の間は休んでいたが、軌道に乗りつつあるとは言えまだ稼ぎに不安があるので贅沢は言えない。この辺りはとても大変だと感じた。


 ただ、1人のときとは違い、森の中での作業がずっと楽になったのは確かである。外敵の脅威への対処だけでなく、作業しているときの助言なども1人では出てこない発想に助けられることは何度もあった。


 そして何よりも、1人ではないというのは大変心強い。ある意味金銭的な利点よりもはるかに重要である。仲の良い相手ならば尚更だ。働いていて張り合いがあって楽しい。


 これならばターミンドの町での冒険者稼業も続けられる。ようやく問題を解決できたユウは強くそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る