活動開始!(前)

 新パーティが結成された翌日、ユウはブレントと共にターミンドの町の南側へと向かった。既に年末なので寒い上、海から吹いてくる潮風が容赦なく吹き付けてくる。


「さっぶ! ユウ、引き返そう!」


「まだ歩き始めたばっかりじゃないか! このまま進んだら海岸から離れるよ、我慢して!」


 いきなり弱音を吐いた仲間を叱咤しながらユウは歩き続けた。このときほど全身を覆える外套に感謝したことはない。


 雪こそ降らないが容赦なく体力を奪う寒さに身をすくませながら2人は移動と野営を繰り返す。そうして3日目に帰らずの森の端へとたどり着いた。


 その景色を見たブレントがつぶやく。


「北の方の森と変わらないな」


「同じ帰らずの森だからね。だから僕たちの知識と経験も役に立つんだ。今日は森の端で野営しよう。中に入るのは明日からだ」


「わかった。寒いから早く木の陰に隠れよう。今日は風が強い」


 急かされるように森の端に近寄ったユウはいつものように枝を集めると焚き火をおこした。火の勢いが本格的になると2人は近くに身を寄せる。もちろん干し肉を炙ることも忘れない。


 柔らかくなった干し肉を囓りながらブレントがユウに話しかける。


「そういえば、ユウは森で一晩過ごすときはどうやって周りを警戒しているんだ?」


「今までは木の上の太い枝にまたがって寝てたよ」


「は? 木の上? 登るのか?」


「だって地面はいくら警戒しても危ないから、木の上でないと安心できなかったんだよ。1人だとどうしても寝込んじゃうときがあるし、何日も森の中にいるとなると最終的には木の上って結論になったんだ」


「荷物は? 背嚢はいのうは下に置きっぱなし?」


「まさか。背負ったまま木を登るんだよ。地面に置きっぱなしだと獣や魔物にどんなことされるかわらないし」


「わかった。お前が非常識なのはよく理解できた」


「なんで!?」


「そもそも木なんて簡単に登れないだろう」


「いやそんなことないでしょ。僕が冒険者になった町なんて、登れない人がいないくらいだったよ。みんな冒険者になる前に習うから」


「お前の故郷は猿の集まりか何かか?」


「ひどいな!」


 真剣な顔をして侮辱してくるブレントにユウは抗議した。しかし、最後までその抗議は受け入れてもらえなかった。


 翌日、2人は支度を済ませると帰らずの森の中に入る。今回の作業期間は3日間、お互い初めて組んでの作業な上に薬草採取と魔石発掘の作業を混ぜたやり方だ。まずは試行錯誤するということで合意している。


 森の奥へと進む傍ら、ユウは草木を目で追っていたがブレントは周囲の地面に目を向けていた。その途中でブレントがぽつりと漏らす。


「屑魔石もあんまりないね。この辺りは昔に採掘され尽くしたって聞いたことがあるけど、本当かもしれない」


「それでも薬草を採りながらちょろちょろと魔石は見つかるよ。ほら、こんな感じで」


 歩いていたユウが立ち止まると地面から小さな屑魔石を拾った。それをブレントに渡す。


「本当に小さいな。でも屑魔石だ。結構めざといんだな、ユウって」


「どうなんだろう。専門外とはいえ、いつも拾っているから慣れたのかもしれない」


「大きい魔石ばかり狙ってるのが悪いのかな。俺も小さいのに気を向けてみるよ」


「それがいいと思う」


 やがて薬草が群生している場所にたどり着いた。高価な薬草ではないが採っておいて損はないものである。ユウはようやく本格的に作業開始だ。


 一方、ブレントはその間周辺の警戒をするわけだが、同時に魔石のありそうな場所を探す。自分の作業時間になったときにすぐ地面を掘れるようにだ。一通り見て回った後にユウへと話しかける。


「ユウ、この辺は薬草がたくさん採れるの?」


「この辺りは今ひとつかな。もっと奥に行った方が良く採れるよ。ただ、いつも都合良く見つけられるとは限らないから、初日は高くない薬草も採るようにしているんだ」


「なるほど。この辺りはあんまり良さそうじゃないから、もっと奥に入ってから地面を掘ろうと思うんだけど」


「それならそれでいいんじゃない? 魔石のなさそうな場所を掘っても仕方ないし」


「だったら、ユウの作業が終わったらまた移動しよう。俺は今の間に警戒しながら目に付いた屑魔石を拾っておくから」


「うん、わかった」


 直近の作業の進め方を決めた2人は自分たちの仕事に戻った。この調子で昼下がりまで作業を繰り返す。


 そうしてようやくブレントから声が上がった。嬉しそうにユウへと顔を向ける。


「この辺りなら掘ってもいいんじゃないかなって思うんだ。屑魔石も他の所よりも少し多かったし」


「それじゃここを掘るんだね。いいんじゃないかな。僕は周辺を警戒するよ」


「頼む。それと、屑魔石が見つかったら拾っておいてくれよ。大切な収入源だからな」


 指摘されたユウは苦笑いしつつもうなずいた。


 薬草採取は群生する薬草を採り終えたら作業に一区切りついたと明確にわかるが、魔石採掘の場合は地面にどれだけ魔石が埋まっているのか判然としない。そのため、砂時計を使って作業時間を区切ることが一般的だ。


 ブレントも同じように砂時計を使った。砂が尽きるまで鐘1回分の3分の1である。元は一定時間ごとに休憩を入れるために計っていたものだ。


 ある程度時間が経過してからユウがブレントへと声をかける。


「どう? 魔石はありそうかな?」


「微妙かな。あることはあるんだけどほぼ屑魔石ばっかりだ。小魔石も1つ見つけたけど、ここはあんまりかなぁ」


「それじゃ次は他の場所に移る?」


「そうするよ。やっぱり森の奥に行かないとダメっぽいや」


 首を横に振ったブレントを見てユウはうなずいた。


 夕方になってこれ以上作業ができなくなると2人は野営の準備を始める。枝を集め、火をおこし、身を寄せた。


 炙った干し肉を食べながらブレントが今日の成果を口にする。


「屑魔石が110個に小魔石が2個かぁ。いつもより少ないけど、作業した時間の短さを考えたら稼げた方なのかな。ユウの方はどうだった?」


「銅貨換算で4枚と少しだった。僕の方もいつもより少しだけ少ないかな」


「2人合わせて銅貨9枚以上、1人頭5枚弱か。嘆くほどじゃないけど、ぱっとしないね」


「僕もそう思う。ただ、いつもは2日目以降に稼げるから明日に期待しているよ」


「なるほど。それじゃ俺も明日に期待しよう。ところで、作業の進め方はどうだった?」


「今日は魔石の採掘をあんまりしなかったから僕の方は大体いつも通りに感じた。でも、魔石がたくさん採れる場所に当たったらどうなるのかなって思っているんだ。ブレントはそこでずっと採掘したいんだよね?」


「そりゃもちろんさ。当たりの場所なんだから採れるだけ採りたいよ。ああそうか、薬草は同じ場所でたくさん採れないから場所移動しないといけないのか」


「うん。薬草は当たりだろうが外れだろうが1ヵ所に生えている数には限りがあるからね。どちらにしても頻繁に場所移動しないといけないんだ」


「そっかぁ。ああ、なんで魔石採掘と薬草採取のメンバーが別々にパーティを組んでるのかやっとわかったよ。作業の相性が合わないんだ」


 難しい顔をしながらブレントは口の中の干し肉を噛んだ。それを飲み込むと更にしゃべる。


「ユウ、もし当たりの場所があったらどうする?」


「お金を稼ぐっていう目的からするとずっと採掘するべきだと思う。薬草の採取にそこまでこだわりがあるわけじゃないから別にそれでもいいんだけど、心情的にはなんだかなぁと思うな」


「そうだろうな」


「だから、ある程度採掘したら次に移るっていうやり方にしようと思う。もうちょっと具体的にいうと、遠征にかかる費用分を稼ぐまでかな。そこで止めて薬草採取を優先する」


「うーん、惜しいなぁ」


「他の場所ならともかくこの辺りは人がほぼ来ないところだから、次の遠征まで待っても他の人に掘られることはないと思うんだ。だから焦らなくてもいいんじゃないかな」


「競争相手がいないからできることだな。いつまでもできることじゃないけど、しばらくはそれでやっていけるか」


「この辺りは掘り尽くしたってみんな思っているからね。当面は大丈夫だと思う。それに僕らも毎回安定して稼がないといけないから、確実に儲かる場所は確保したいじゃない?」


「その調子であちこち掘り返して儲かる場所がいくつも見つけられたら最高だな!」


「もしそうなったらしばらく薬草採取はお預けになりそうで困るなぁ」


「なに、しっかり警備してくれたらいいじゃないか。俺が食わせてやるよ!」


「えぇ」


 威勢良く宣言したブレントをユウは嫌そうな顔で見返した。そんなユウを見てブレントは笑う。その顔には悪い噂を流されて差していた影はない。


 何とかやっていけそうな感じにユウは喜んだ。

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