簡易台の有用性

 パーディの代表者による話し合いは長く続いた。一時はつかみ合いにまで発展したがどうにか収まる。アルフィーが仲間の元に戻ってきたときには3人とも夕食を済ませていた。


 焚き火の前に座り込んで大きなため息をついたアルフィーにエルマーが声をかける。


「大変だったね」


「本当に疲れたよ。みんな余裕がないのはわかっているけど、こうも心が荒んでるとね」


「結局、犠牲者は何人くらいなの?」


「全体で5人死亡で10人負傷らしい。デール込みでだ。ジョナスのところが1人死亡で1人負傷だから、魔石採掘の4パーティは合計で4人死亡で8人負傷っていうことになる」


 被害の大きさにエルマーは絶句した。作業場の東側にいて他の場所がどうなっていたのか知らなかったので当然とも言える。


 横になっていたデールがアルフィーに顔を向けた。そのまま問いかける。


「なんでこんなに被害が大きくなったんだ? 東側からは1匹も通してなかったのに」


「西側と北側から襲われたらしい。北はジョナスのパーティが担当だったが、1度撃退して死体を野営地に運んでいる隙に次をそのまま素通りさせてしまったと聞いている」


「ああそれは何て言うか、ツイてなかったな」


「おれもそう思う。けど、そのせいで西と北から同時に襲われていきなり混戦になったから、被害が大きくなったとジョナスが責められていてな。つかみ合いまで発展したのはそのせいなんだ」


「うわ、やりきれねぇなぁ」


 嫌そうな顔をしたデールがため息をついた。これがもし東側だったら責められていたのは森林走者フォレストランナーだった可能性が高い。他人事ではなかった。


 次いでユウがアルフィーに尋ねる。


「明日はどうなるんですか?」


「ここは危険だから早く引き上げたいというのはみんな同じ意見なんだが、問題は負傷者と魔石なんだよ。どうやって運ぼうかってことで色々と意見があってな」


「全部は運べないってことですか」


「そうなんだ。おれたちとジョナスのところは何とかなるんだが、問題はホレスたちの方がなぁ。遺体はここに埋めるが、自力で動けない負傷者が4人いるらしい」


「簡易台の作り方を教えたら、動けない負傷者は連れて帰れると思いますよ」


「そうなると問題は魔石の方だな。袋に穴が開いている上に、死んだ奴と自力で動けない奴が掘り出した魔石までは持って帰れないんだ、今のところは」


「3分の1、ということは丸1日分ですか。それは」


「今日採掘した分を諦めるとなるとつらいよな。ただ、動けない負傷者のことを考えると明日はすぐにでも出発しないといけないが、果たしてそれができるか」


「薬草採取組だけ先に帰れたらなぁ」


「それはおれも思った。けど無理だな。契約があるし、何より銅貨4枚をもらいそびれてしまう。せっかくここまでやったんだから、しっかりもらわないとね」


 おどけた調子のアルフィーを見てユウは力なく笑った。




 翌日、朝一番にパーティの代表者が集められた。


 朝食もそこそこにアルフィーも出向き、その後について話し合う。昨晩のように紛糾はしなかったが幾分か感情的なやり取りはあった。それでもどうにかやることが決まる。


 ホレスの元からアルフィーが戻って来た。白い息を吐きながらユウとエルマーに告げる。


「ユウ、昨日言ってた簡易台の作成をすることになった。各パーティから1人ずつ来るから教えてやってくれ。おれとエルマーはその補助だ」


「わかりました」


「デールはそのまま横になって休んでいてくれ。荷物は全部置いていくから寝るなよ?」


「大丈夫だって。昨日は夜の見張りなしで寝っぱなしだったんだ。目が冴えまくってるぜ」


「よし、それじゃ行くぞ」


 すべてを伝え終わったアルフィーが踵を返して歩き始めた。ユウとエルマーが続く。


 動けない負傷者以外は遺体を埋葬しにいくのを尻目に、ユウは他のパーティの冒険者と一緒に簡易台を作り始めた。木の枝を集め、それらを組み合わせて縄で縛る。アルフィーとエルマーを班長に2組で5つの簡易台を完成させた。


 作った当人1人ずつをその上で寝かせたり簡易台を持ち上げたりさせて使い方も教える。指導が終わるとそれぞれのパーティに持って帰らせた。


 簡易台作りが終わったところで遺体を埋葬していた者たちも戻って来る。誰もが疲れた表情を浮かべていた。


 その中の1人であるブレントがユウに声をかける。


「やぁ、怪我人を乗せる台はもう作れたの?」


「終わったよ。今みんな自分のパーティに持って帰ったところ」


「これがそうなんだ。真ん中に怪我人を乗せて、どうやって持ち上げるのかな?」


「両端に太い木の枝が突き出ているだろう? あれを前と後ろから1人ずつ手で握って持ち上げるんだ。あ、あそこの人たちみたいにね」


「へぇ、便利そうじゃないか」


 埋葬地から戻ってきた冒険者たちが自分の野営地に戻る中、ブレントはユウが指差したパーティを眺めていた。メンバーで簡易台の使い方を教え合っている。


「ところで、魔石を全部持って帰れなくて困っているって聞いたけど、本当なの?」


「そうなんだよ、ユウ! 昨日採掘した分が丸々持って帰れないんだ! これじゃ1日延長した意味がないよ!」


「結局どうするか決まったの?」


「それがまだなんだ。このままだと被害を受けただけで終わるってことになるから、何とか持って帰りたいんだけどいい案がなくて」


「もうすぐ移動を始めないといけないけど」


「おい、ブレント! 戻って来い!」


「え? はい! それじゃまた後で」


 突然ホレスに呼ばれたブレントが自分のパーティに戻っていった。


 その後ろ姿を見ていたユウはしばらくブレントの様子を眺める。すると、ホレスの指示で他のメンバーと一緒に森の奥へ向かった。他のパーティにも目を向けると、魔石採掘のパーティはどこも同じだ。


 首をひねりながらも自分のパーティに戻ったユウはアルフィーに問いかける。


「アルフィー、魔石採掘の人たちが何か始めたようだけど、あれって何をしているんですか?」


「もう1つ簡易台を作るらしい。それに魔石の入った麻袋を乗せるそうだ」


「なるほど、そういう使い方もあるんですね。でも、その分出発が遅れますよね」


「やむを得ないだそうだ。ホレスたち魔石採掘側が賛成したら覆しようがない」


「あー」


 自分の提供したものが思わぬ役立ち方をしてユウは微妙な表情を浮かべた。良いことだが早く帰れないことにもどかしさを感じる。


 更にいくらか時間をかけて魔石採掘のパーティはもう1台の簡易台を完成させた。後はそれに魔石の入った麻袋を乗せるだけなのだが、問題はその多くに囓られた穴が開いていることだ。すべての麻袋を使って採掘した魔石を入れているので入れ替えができない。


 自分の背嚢はいのうを背負ったユウは、デールのものを腹で抱えるように持ちながら簡易台を持ったアルフィーに話しかける。


「あれならちゃんと持って帰れそうに見えますね」


「袋が破れてることを考えなければね。ただそれにしても、これはちょっとまずい状況だな。誰も手が空いてない」


「こりゃ獣や魔物に襲われたらまた被害が出るんじゃないか?」


 麻袋を抱えて簡易台に横たわっているデールが不安そうに答えた。簡易台は2人で持ち上げるものなので、2台を運ぶとなると4人の手が塞がる。そうなると、薬草採取組はもちろん、魔石も簡易台で運ぶ魔石採掘組もすぐに動ける者はいない。


 唯一ユウだけ簡易台を持っていないが、それでもデールの荷物を抱えているのだから自由ではなかった。不安に思っているのはデールだけではない。


 それでもようやくターミンドの町に帰るために合同パーティは出発した。ゆっくりと南下する。


 調子の良いときは何をやってもうまくいくが、悪いときは不幸が重なるものだ。このときが正にそうである。


 最初の不幸は魔石採掘のパーティが運んでいる麻袋から発生した。魔石がこぼれないように工夫して簡易台に麻袋を乗せていたが、やはり限度はある。どのパーティもたまに魔石がわずかにこぼしては毎回拾っていた。当然その度に立ち止まる。


 更に獣や魔物が襲撃してきたときは大変だった。何しろすぐには対応できない。その結果、負傷者は更に増え、犠牲者さえも出てしまう。


 このため、魔石採掘のパーティの中には魔石をすべて持って帰れなくなってしまうところも現れた。そういうパーティは泣く泣く魔石を隠すように埋めて後日回収することを誓う。ホレスのパーティもその1つだ。


 1日遅れてターミンドの町に戻ったときには、合同パーティは戦争に敗れた軍のような姿になっていた。比較的ましだった薬草採取のパーティもその姿はいつもよりひどい。


 最後は何から何までひどい有様である。それでもどうにか生きて帰ることができたことにユウは心底安心した。

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