いつもうまくいくとは限らない

 帰らずの森で作業を始めて4日目の朝、合同パーティは作業を再開した。当初の予定では帰還するはずだったが採掘が好調なため作業を1日延長したのだ。


 森林走者フォレストランナー薬草採取人グラスピッカーは昨日までと同じように作業場周辺の警戒を担当する。やることも変わりない。


 ユウはエルマーと共に行動した。作業場の東側にいるときも南側を巡回するときもこの日は一緒だ。この2日間、他の2人とやったことを繰り返すのみである。


「これで銅貨4枚もらえるんだったら、いいんじゃないかな」


「エルマーは延長するのは反対じゃなかったの?」


「最初は反対だったけどね。どうせやらないといけないならって気持ちを切り替えたんだ」


 昼下がり、作業場の南側から東側へと戻る途中で2人は雑談をしていた。今まで1度も獣や魔物の襲撃を受けなかったこともあってどちらも緩んでいる。


 しかし、作業場の冒険者たちが騒いでいることにユウが気付いてから状況が変化した。


 エルマーと顔を見合わせた後、ユウが魔石採掘の冒険者の1人に話しかける。


「どうしたんですか?」


薬草採取人グラスピッカーの1人が突撃鳥チャージバードにやられたらしい。今向こうに運ばれていったんだ」


突撃鳥チャージバード?」


「知らないのか? 白地に黒い羽の魔物でくちばしが長いんだ。確か大人だと、体が20イテック、くちばしが10イテックになる。あれが片目に突っ込んでくるんだ。怖いぜ」


 話をしていると、奥の方から怒号が聞こえてきた。すぐに戦闘音も耳に入る。しかも1ヵ所からではない。複数箇所からだ。


 お前らも急げという言葉を残して冒険者が自分のパーティの元に駆けていく。


「エルマー、僕たちも急ごう」


 隣に声をかけるとユウは駆け出した。背後からのエルマーの足音を聞きながら先を急ぐ。草木を乱暴にかき分けながら進んでいると前方から戦う音が聞こえてきた。


 もどかしい思いをしながらユウとエルマーが駆けつけると、アルフィーが猪と戦っている。しかもその奥に巨大蛇ジャイアントスネークが控えていた。


 デールの姿を探したユウは地面に倒れているのを見つける。


「アルフィー、デールは生きてるんですか!?」


「生きてる! 突撃鳥チャージバードに腕を抉られて、脚を猪にやられたんだ!」


「エルマー、デールは後ろに下げて。アルフィー、猪は僕が1人でやります!」


「いけるのか?」


「前に散々倒していますから大丈夫です! それより奥の蛇を!」


 叫びながらユウは背負っている背嚢はいのうを乱暴に木の根へと下ろすとアルフィーと交代した。エルマーがデールを引きずっていく音を背中で聞きながら、右手に槌矛メイス、左手に悪臭玉を掴む。


 猪と対峙することでユウは昔を思い出した。冒険者になる前のことを懐かしむ。


 猛っていた猪が興奮したまま突っ込んでくるのを見たユウは、ぎりぎりを見極めて体ごと右横に転げる。悪臭玉だけをふわりとその場に置いて。


 次の瞬間、猪の鼻に悪臭玉がぶつかって破裂した。強烈な臭いが猪の走り去った後に広がる。その先で猪が悲鳴を上げて地面を転がり回っていた。


 悪臭の範囲を避けて猪に近づくとユウは手にした槌矛メイスを振り落とす。


「あああ!」


 暴れる猪の頭にユウは何度も鉄の棒を叩き込んだ。最初は平気そうだった猪も途中から急速に弱ってきたのを見計らって、とどめのダガーを突き刺す。


 とりあえず1体を仕留めたユウはアルフィーを見ると巨大蛇ジャイアントスネークを牽制していた。すぐにそちらへと向かう。


「アルフィー、これどうやって倒すんですか?」


「こんな20レテム並の成体なんて簡単には無理だよ!」


「うまくいけば追い払えるかもしれないんで、囮になってくれますか?」


「いいけど、早めに頼むよ!」


 許可を得たユウはアルフィーの後ろに下がって一旦その場を離れた。巨大蛇ジャイアントスネークの背後に回り込むと、ダガーを左手に持ち替えて右手で悪臭玉を掴む。


 充分に近づいたユウはしきりにアルフィーを狙う巨大蛇ジャイアントスネークの尻尾をダガーで刺した。痛みに反応して顔を向けてきたのに合わせて悪臭玉を投げる。それは見事に鼻面へと当たった。すると、ダガーのときよりも強い反応を示す。


 のたうち回りながら森の奥へと逃げて行った巨大蛇ジャイアントスネークをユウはそのまま見送った。今は魔物の討伐が目的ではない。


 半ば呆然としているアルフィーにユウは近づく。


「怪我はないですか?」


「ああ、おれは大丈夫だ。それより、デールだ。あいつの方がずっと危ない」


 負傷した仲間のことを思い出したユウはアルフィーと共にエルマーが避難した場所を探した。途中で背嚢を拾いつつもデールが横たわっているのをすぐに見つけ出す。


 右の二の腕と左の太ももが赤く染まっているデールは顔を歪ませていた。エルマーによって傷口近辺の服は裂かれて包帯が巻かれている。


 片膝を付いたアルフィーがデールの容体を見た。それからエルマーに顔を向ける。


「治療は終わっているようだな。痛み止めの水薬は飲ませたのかい?」


「さっき飲ませたよ。もう少ししたら楽になると思う。猪と蛇は倒したの?」


「猪は殺して蛇は追い払ったよ、ユウがね」


 エルマーから見開いた目を向けられたユウは視線をそらせた。気恥ずかしかったのだ。


 一方、アルフィーは真顔でデールに声をかける。


「デール、動けるかい?」


「肩を貸してもらえたら何とか。もうちょっとで痛み止めが効いてくるからさ。うっ」


「しばらくは動かさない方がいいな」


「簡易台でも作りますか? あれならデールを乗せて運べますよ」


「簡易台? ユウ、それは何だろう?」


「太い木の枝と細い木の枝を使って物を運ぶ台を作るんです。2人がかりで持ち上げることになりますけど、これならデールを寝かせたまま移動できますよ」


「そんな便利な物が作れるのか! ぜひ頼む。おれも手伝おう」


「わかりました。作り方を教えるので一緒に来てください」


 賛同を得たユウは立ち上がるとアルフィーと一緒に木の枝を集め始めた。教えながらなので時間はかかったが、太い枝を枠として細い枝を敷き詰めた無骨な簡易台が完成する。


 外套を敷き、デールを寝かせるとアルフィーとエルマーが前後に突き出た太い木の枝の先を握って持ち上げた。2人同時呻きを上げる。


「これはなかなか、重いな!」


「そう、だね。今度ちょっと痩せようか、デール」


「うるせー、しっかり運んでくれよ、2人とも」


「デールの荷物は僕が持ちます。あれ、前に担ぐと何も見えないな」


「ユウ、薬草の入った麻袋は俺が持つぜ。それで前が見えるようになるだろう」


 いくらかの調整と共に移動の準備ができた4人は暗くなり始めた森の中を歩いた。足下がおぼつかなくなってきたのでゆっくりと歩く。


 野営場所に戻るとそこは戦場にも等しかった。焚き火が照らすのは、呻きを上げる寝そべった負傷者、仲間を介抱する男、動かない死体、喧嘩腰で話し合っている代表者などだ。


 森林走者フォレストランナーの4人はその間を縫って自分たちの野営していた場所に落ち着く。背嚢を下ろすとユウがすぐに火を熾した。


 起き上がって座り直したデールが周囲を見て呻く。


「ひっでぇ有様だな、こりゃ」


「アルフィー、帰ってきたのか! ちょっとこっちに来てくれ!」


 デールの言葉に重ねるようにホレスが声をかけてきた。いつもと違って余裕がない。


 特に驚くこともなくアルフィーはホレスに従って仲間から離れた。


 それを見送ったエルマーが集まっている代表者たちの表情を見て嫌そうな顔をする。


「うわ、あれは相当荒れてるね。こんな状態なんだから当然だけど」


「みんなでっけぇ声で話してるから丸聞こえだな。あーなるほど、魔石採掘の方は袋が破れたんだ。それで気が立ってんだな」


歯長栗鼠ノーイングスクウォーラルって何ですか?」


 麻袋を囓った犯人の名前を聞いたユウは首を傾げた。すると、エルマーが説明する。


「大きさが約20イテック程度のリスの魔物だよ。前歯が出っ歯で常に何かを囓ってないと気が済まない奴なんだ。ぼくたちの防具や背嚢なんかを積極的に狙ってくる厄介者さ」


「あのリスのことか! 僕も1回背嚢を囓られたんですよ!」


「ユウもやられたんだ。腹立つよね」


 少し鼻息を荒くしてエルマーが口を尖らせた。


 そうやって3人がのんきに雑談をしている間にも代表者たちの声は森に響く。終わる気配はしばらくなさそうだった。


 不思議そうにユウがその様子を眺める。


「でもなんであんなに怒っているのかな? 破れていない麻袋に入れ直せばいいのに」


「仲間が死んで興奮してるってのもあるんだろうぜ。俺たちだって誰かが死んでいたらこうも冷静じゃなかったろうよ」


「その場合、デールが死んでる可能性が一番高いんだよね」


「イヤなこと言うなよ、エルマー」


 渋い顔をしたデールが仲間を睨むとエルマーはあっさりと謝った。


 2人の様子を見ていたユウはくすりと笑う。今この場では心を落ち着かせる貴重な笑いだ。そのままユウは焚き火へと目を移した。

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