薬草と魔石
秋も深まってきた頃、ユウはターミンドの町を出て南側へと向かった。この頃になると海から吹き付けてくる風が冷たく感じるようになる。平原で野営をするときは夜風が身に沁みるが、全身を覆える外套がこういうときも役に立った。
3日目の夕方に帰らずの森の端に到着する。野営前に少し魔石を探してみたが見つからない。さすがに森の端の魔石は取り尽くされているようだ。
翌日は森での作業の初日である。前回とは違う角度から周囲の様子を窺いながら歩いた。
高価な薬草をちらほらと採取しながら進むこと半日、昼下がり最初の薬草採取直前にそれを見つける。
「あった。これが魔石かぁ」
大きさは1イテック前後の小さな魔石をユウは拾い上げた。土まみれだが半透明な灰色の小石である。しばらく見てから土を払い、麻袋に入れた。
周囲の地面をユウはぐるりと見て回る。しかし、他には見当たらなかった。
「早々落ちているわけじゃないんだ。本当に薬草のついでかな」
魔石ばかりに気を配るのは良くないことを知るとユウは薬草の採取を始めた。
薬草の採取は慣れたもので作業は順調に進む。前回同様高価な薬草はあまり見つからないが、森の奥へ行くほどたくさん採れるので焦りはない。
一方、魔石集めも薬草と同じく低調だった。かつてここでも魔石採掘がされていたというのなら、やはり森の端近くでは期待できないのでこれも我慢するしかない。
森に入って1日目が終わった。薬草採取は銅貨換算で4枚分、魔石採掘は1枚分である。前回より薬草の成果が悪いが魔石で補えていた。
日暮れ時、ユウは木の上で成果について考える。
「今のところ、魔石は薬草の補助って感じかな。予想通りではあるんだけど、期待通りとはまだ言えないかなぁ」
今のところ前回同様マギィ草頼りに変化はなかった。しかし、翌日はより森の奥へと入る。まだ諦めるのは早すぎた。
森に入って2日目が始まる。3日目は帰ることを考えないといけないので今日が稼ぎ時だ。つまり、ここで稼げないと赤字確定である。獣や魔物の妨害も強くなるので気が抜けない。
出発直後に猪の突撃を受けたユウはそれを撃退すると森の奥へと進む。同じ場所で同じ薬草を採るなら1ヵ月単位で様子を見ないといけないので、常に違う場所で探さないといけない。
「そういえば、獣の森だと同じ場所でもすぐに薬草を採れたよなぁ」
冒険者になる前に出入りしていた森のことをユウは思い出した。採った薬草も狩った獣もすぐに繁殖するあの森は、別の森に入ることで異常だったことを知る。
数日で植物が再び生えてきてくれるのなら毎回同じ場所で採取できるが、こうも遅いとかなり広い範囲を回らないといけない。
そこまで考えてユウは思い至る。
「ああこれは、どうやったって魔石頼りじゃないか。薬草だけだとやっていけないぞ」
薬草の採取で生計を立てるのならば広大な場所が必要になるが、人間の移動範囲には限りがあるので多数の冒険者の行き先は似たり寄ったりだ。そうなると、特定の場所の薬草が採り尽くされてしまう。それを防ぐための副収入なのだ。
しかし、帰らずの森のあちこちで魔石採掘が盛んである以上、その魔石もいずれは尽きてしまう。そのときどうするのか。
そんな未来の話はともかく、ユウは自分の収入について考える。
「思った以上に魔石を採る方にも力を入れないといけないんじゃないのかな、これ」
少なくとも単独で薬草採取をするにあたっては魔石採掘にも力を入れる必要があった。
薬草が群生している場所を探している間にもユウは地面に目を向けて魔石を探す。屑魔石であっても何でもない所にも落ちているのは非常に助かる。薬草と魔石への力のいれ具合が徐々に理解できるようになってきた。
薬草採取の調子は悪くなかった。方針が固まるにつれて動きに迷いがなくなり、手早く作業を進められたからである。
昼過ぎにマギィ草を2株見つけた。これで相当楽になる。
2日目が終わった。この日も一夜を明かすために木の枝に上る。
この日の成果は薬草が銅貨換算で15枚、魔石が3枚だ。初日の分と合わせると23枚稼いだことになる。今回の遠征の目標はほぼ達成だ。
夕食である干し肉を囓りながらユウは考える。
「マギィ草を省いたら薬草が銅貨11枚、魔石が4枚。もうちょっとほしいなぁ」
注意してみれば屑魔石はちょこちょこ拾えるのはユウにもわかった。薬草も高価なものだけでなく、価値が低いものも近くにあれば積極的に採った方が良いことを知る。
ただ、魔石を拾うことで収入が安定したことは間違いなかった。マギィ草代わりになるのは心強い。
明日の成果に期待しながら残りの干し肉を口にした。
帰らずの森の遠征から帰還したユウは重くなった荷物を背負いながら薬草買取カウンターの建物に入った。カウンターの前で背嚢を下ろすとやや神経質そうな薬師に声をかける。
「薬草を換金してください」
「いいぞ。今回はどのくらい採れたんだ?」
「悪くないですよ。今回は色々と採ってきましたから」
「ラフリン草、クレナ草、ディシン草、ベスティ草、ハラシュ草も採ってきたのか。他にはカタリー草もか。ああでもこれは根無しなんだな」
「さすがに根っこまでは無理でした。でも、マギィ草はありますよ」
「本当に多彩だな。それじゃ計算しよう」
雑談を終えると、2人でカウンター上の薬草を数えていった。どちらも計算になれているのでそれほど時間はかからない。
「合計で銅貨34枚だな。前ほどじゃないにせよ、なかなかいいじゃないか」
「そうですね。マギィ草を除くと半分になりますけど、それでも前よりよく採れています」
「1人で採ったにしてはいい成果だぞ。普通はこの半分も採れないからな」
「みんな近場だからでしょう。それに、だからこそ稼がないといけない最低額も高くないからそれでもやっていけるんですよ。僕の場合、6日間分も余計に稼がないと駄目ですからね」
「その口ぶりだと、今回も南に行ってきたのか」
「はい。しばらくはあそこで稼ぎます。高価な薬草がいつまで採れるかわからないですが」
「案外いけるんじゃないか? 毎回マギィ草を採ってくる奴なんてそういないぞ」
「そうなんですか? 今回は4株だけですけど」
「連続して採れる薬草じゃないからな。穴場でも見つけたのか?」
「まさか。だったらもっとたくさん持って帰ってきていますよ」
「だろうな。ほら、これが今回の代金だ」
「ありがとうございます」
対価を受け取ったユウはそのまま建物を出た。次いで北隣にある魔石買取カウンターの建物に入る。こちらは結構な盛況ぶりだ。
どこに並んでも同じように見えるのでユウは小太りの中年の列に並ぶ。かなり待ってからようやく順番が回ってきた。カウンターに麻袋を置く。
「魔石を換金してください」
「お前はこの前の薬草採りか。ちゃんと拾って来たんだな。ここに全部出してみろ」
「全部屑魔石です」
「見りゃわかる。ほう、結構拾ってきたんだな。なかなかあるじゃないか」
「森に3日間いましたからね。移動中もちょいちょい拾っていたんですよ」
「注意深い奴だな。いいことだ。それじゃ数えるぞ」
小太りの魔石選別業者は雑談を切り上げると魔石を数え始めた。一部は取り除かれたがほとんどは勘定に入れられる。
「全部で銅貨6枚だ。全部屑魔石だが、1人で採ってきたにしちゃ上出来だな」
「こっちのはどうして数えてくれないんですか?」
「それは魔石じゃなくて水晶だからだよ。慣れてない奴がよく間違えて拾ってくるんだ」
「これは違うんだ」
「ま、そのうちわかるようになるさ。初めてでこれだけ拾えるんなら今後に期待だな」
「普通はもっと少ないんですか?」
「1人の薬草採りが近場中心で活動してるってのもあるんだが、普通はいいとこ2枚くらいだぞ」
「僕、今回は3日間森にいましたから1日平均だと普通ですよね」
「近場で採ってる連中も2日以上森にいることは珍しくないって聞いているけどな。何にせよ、これからもどんどん拾って来てくれよ」
「はい、わかりました」
褒めてもらえたユウは笑顔で返事をした。直後、後ろからせっつかれたのでカウンターから離れる。
今回の遠征での収入が銅貨40枚だったことにユウは手応えを感じていた。マギィ草を除く薬草と魔石で24枚なので目標を達成したことになる。
「これなら最悪マギィ草を見つけられなくてもやっていけそうだな」
稼ぎ方がようやく確立できたことにユウは安堵のため息を漏らした。これで当面の生計が立てられる。しかし、余裕がないことに変わりはない。
やっと次の段階にたどり着けたことをユウは悟った。
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