稼ぎの目処をつけよう

 大成功した薬草採取の遠征の翌日、ユウは次の遠征に向けての準備を始めた。


 まず、何はともあれ消耗品の購入だ。水と干し肉を酒場で9日分買い込む。これで銅貨18枚を使った。最も金銭のかかる項目だがこれは命に直結するため節約できない。


 次いで、森に入るのなら必須となる虫除けの水薬だ。羽虫を気にせず作業できるのであるとなしでは大違いである。帰らずの森に2回入ったことでちょうどなくなっていた。


 かつて譲ってもらった簡易式の製薬道具があるのでユウは自分で作れるが、その場所がない。虫除けの水薬は切り刻んだベスティ草を水に混ぜて4日間寝かさないといけないためだ。


 そのため買うしかないのだが、ここでまたもや銅貨単位の売買が立ちはだかる。


「え、銅貨1枚で20回分なんですか?」


「そうじゃ。品質は確かじゃし、ぼったくってもおらん。良心的な値段じゃぞ」


「あいや、値段と品質を気にしてるわけじゃないんですよ」


 町の市場の一角にある小屋でユウは痩せた老薬師相手に話をしていた。目当てのものはすぐに見つかったのだが問題は量である。


「僕、中瓶3本しか持っていないんで、12回分しか入れられないんですよ」


「だったら、あと2本買ってきて20回分を入れられるようにすればいいじゃろ」


「それはそうなんですけど。あれ1瓶銅貨6枚するんですよね」


「そんなことを言われても儂は知らん。銅貨1枚で12回分だけ入れて残りを諦めるのならこちらは文句ないがの」


「えぇ、それ僕が損するじゃないですか」


「瓶を持っておらんお前が悪い。ちなみに、どこに行っても同じことを言われるぞ」


 まったく融通が利かせてもらえる様子もないため、最終的にはユウが折れた。一度薬屋を出て道具屋へと向かう。向かった先は前に古着屋に紹介された店だ。


 店内に入るとユウはカウンターの奥に座る陰気そうな雰囲気の中年男に話しかける。


「中瓶2本ありますか」


「あるよ。入り用かい」


「はい、薬を入れるのに必要なんです」


 雑談がてらにユウは先程の薬屋であったことを道具屋の店主に話した。すると笑われる。


「あのじいさん融通が利かねぇからなぁ。10回ずつ小分けしてやったらいいのによ」


「僕もそう思ったんですけど駄目だって言われて」


「銅貨1枚未満の損をしないために、銅貨12枚の買い物をするとはね。こっちからするとじいさんに礼を言わなきゃな。ほら、中瓶2本だ」


 カウンターの上に置かれた中瓶の横にユウは銅貨を並べた。


 20回分の虫除けの水薬を入れられるようになったユウはすぐさま薬屋に引き返す。そうしてようやく水薬を買えた。


 こうして必要な物を買い揃えたユウだったが、財布代わりの巾着袋の中身を思い出す。


「今ので薬草採取で稼いだお金が全部なくなっちゃったな。これ本当にその日暮らしの生活じゃないか」


 危険が大きい分だけ町の人足よりも生活が不安定なことに気付いてユウは顔をしかめた。せめて町に滞在しているときくらいは日々の生活をもっと安定させたいと強く願う。


 しかし、次の遠征は何とかなるかもしれないとユウは期待する。何しろ次は副業で魔石を採るのだ。ブレントが見せてくれた屑魔石なら森に落ちていたことを思い出す。


 そうはいってもユウの魔石に関する知識はほとんどない。そのため、教えを請うために魔石買取カウンターの建物へ向かう。


 建物の中に入ったユウは薬草買取カウンターの建物とは違って広いことに目を見張った。建物内の造りは同じでもこちらの方が何もかも広く大きい。それに、往来する冒険者の数も全然違った。


 その中でも一番南の端に立っている魔石選別業者の前には誰も並んでいない。ユウはそのカウンターの前に立った。


「帰らずの森で魔石を採るつもりなんですけど、魔石について教えてもらいたいんですよ」


「魔石について? 魔石の何を知りたいんだ?」


「今の僕は薬草採取をしているんですけど、知り合いからついでに屑魔石っていうのを拾うといいって勧められたんです。ですから、魔石ってどんな種類があるのか知りたいです」


「あっち側の冒険者か。いいぞ。それで、魔石自体はどんなものか知ってるんだな?」


「魔力の入った石で、半透明な灰色をしているってことは」


「なるほど、大して知らないのか。いいか、魔石ってのは魔力が宿った石のことだ。お前さんの言う通り、大抵は半透明な灰色をしている。天然物と人工物があるんだが、あの森で採れるのは全部人工物だ」


「森の中で採れるのに人工物なんですか?」


「理由は俺たちにもわからん。ただ、石の状態を見る限りは人工物なんだよ。しかし、重要なのはそこじゃない。大きさと色だ」


 一旦言葉を句切った小太りの中年はカウンターの下から各種魔石を取り出した。並べられた魔石に注目するユウに中年男は説明を再開する。


「まず大きさだが、この一番小さいやつ、2イテック以下が屑魔石と言われている。こいつを20個集めたら銅貨1枚だ。次に隣の4イテック以下が小魔石、これが4個で銅貨1枚だ。更にこの8イテック以下が中魔石で、これになると1個で銀貨1枚になる」


「大魔石はないんですか?」


「あれは滅多に出るもんじゃないからここにはない。一応言っておくと、大きさは12イテック程度で、1個金貨1枚だ」


「すごいですね」


「ああすごいんだ。あれが出てきたら騒ぎになるよ。まぁここ5年くらいは見ないけどな」


「なるほど。それで、この色違いのは何ですか?」


「属性付きの魔石だよ。大抵の魔石には属性のない魔力が入ってるもんだが、例えばこの赤色の小魔石だと火の属性が付いた魔力が入ってる。これだと1個で銅貨1枚だ」


「4個じゃないんですね」


「それだけ価値があるってことだ。だから色違いの魔石を見つけたらちゃんと拾っておくんだぞ」


「はい」


「こういう風に、ここで買い取る魔石は大きさと色で選別されているんだ。他には状態の良し悪しなんかもあるが、それは持ってきたらこっちで判断する」


 言い終わると小太りの中年は魔石をカウンターの下に片付けた。顔を上げで話を続ける。


「薬草採取の片手間に魔石を拾うってんなら屑魔石が大半だろう。他の冒険者が立ち寄らない場所なら小魔石くらいは期待できるかもしれんが、中魔石以上だと地面を掘るしかないと思う。何にせよ、たくさん集めるといい」


「わかりました。ちなみに、たくさん採れる場所はどんなところなんですか?」


「森の中にある古代文明の遺跡周りは大きいのがたくさんあるらしい。ただ、そういう所は魔物や人形ゴーレムがうろついているから危険だな。行くならちゃんと準備するんだぞ」


人形ゴーレム?」


「魔術師なんかが土や石で作る使い魔のことだよ。俺も詳しいことは知らんが、とにかく硬くて強いらしい」


「高価な薬草がたくさん採れる場所なんてありますか?」


「そんな場所は聞いたことがないな。もしあったらみんな必死になって探すだろうし隠すだろう」


「ですよね」


 常識的な返答にユウは曖昧に笑った。虫がいい質問だとは理解していたのでそれ以上は追及しない。その代わり、別の質問をぶつけてみる。


「それじゃもう1つ。魔石採掘が盛んな場所ってありますか? 薬草採取をしているんで、できるだけそういった所は避けたいんです」


「どこも盛んだね。ただ、パーティ単位で採掘してる連中は東や北が多いな。クラン単位だと希望の川より西側が多い。あそこは離れてるから拠点を作って魔石採掘しているんだよ。ああ、クランってのはパーティをいくつも集めた大集団だと思っていいぞ」


「南はないんですか?」


「南? そういえば聞かないな。昔はそっち側にも行ってる連中がいたとは聞いたことがあるが」


「それじゃ、掘り尽くしたのかもしれないですね」


「たぶんな。そうなると、薬草採取には都合がいいか。いやでも、あっち側は片道3日かかるからそうでもないのか」


「うーん、魔石はあんまり期待できないのかな」


「どこに行っても近場は期待できんよ。魔石であれ薬草であれ、できるだけ森の奥に行くべきだ」


「1人じゃさすがにそこまでは」


「え? あ、ああ、そうなのか」


 ユウの返答に小太りの魔石選別業者は微妙な表情を浮かべた。


 聞きたいことを聞いたユウは礼を述べると建物を出る。


 話を聞く限り、ターミンドの町の南側での魔石採掘は今下火であることがわかった。そのため、かち合うことはない。ただし、魔石もあまり期待できそうにないことがわかる。


 今のユウが魔石に期待していることはマギィ草よりも安定して一定の数を拾えることだ。大きな儲けがなくとも、薬草の赤字分を補填できるだけ採れればとりあえずは良い。問題はそううまく事が運ぶかだが。


 とりあえずより安定した収入が得られそうなことにユウは安心した。

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