高価な薬草を求めて(後)

 帰らずの森に入って2日目の朝、ユウはまず地面に下りた。それから背嚢はいのうを背から下ろして朝の準備を済ませる。


 朝食を口にしながら今日の方針を考えた結果、ユウはマギィ草を優先して探すことにした。見つけやすい探す方法を思い付いたわけではないが、今の状況を挽回するにはそれくらいしか思い付かなかったのだ。


 準備が整うとユウは森の中を歩き始める。マギィ草はやや光が差し込む比較的明るい場所に生えているので、その近辺を優先して探した。


 たまに獣や魔物に襲われては撃退しつつも薬草の採取をしていくと、白地に銀の砂をまぶしたかのような花びらを持つ植物が視界に入る。


「あれ? 本当にあった!?」


 わずかな風に揺られながらか細い日差しを浴びるその姿は正にマギィ草だった。駆け寄って何度も確認したが間違いない。


 背嚢を下ろして道具を取り出したユウは慎重にマギィ草を地面に張った根ごと掘り出す。全部で4株、銅貨にして16枚だ。昨日の成果と合わせると、町の滞在費も合わせた目標金額にほぼ達する。


「すごいや! たったこれだけで必要なお金が稼げるなんて!」


 昨晩かなり気にしていた問題があまりにもあっさりと解決したことにユウは喜んだ。つい先程まで気に病んでいたことが嘘のようである。


 すると、事態も次第に良い方向へと向かい始めた。


 意気揚々と薬草採取に励んでいたユウは昼過ぎに再びマギィ草を発見する。今度は3株だ。朝に見つけたものと合わせるとこれで必要な金額は稼げている。


「昨日は全然見つからなかったのに、今日はよく見つかるなぁ。森の奥だからかな?」


 望んでも簡単に見つけられるわけではない薬草を1日に2回も発見したユウは首を傾げた。もちろんその理由は判然としない。それでも、幸運には感謝した。


 こうして2日目は幸運なまま過ぎ去ったが、その揺り戻しが3日目に起きる。


 木の上で再び一晩過ごしたのだが、ユウが目覚める直前に耳が何かを囓る音を聞き入れた。最初は眠気が勝っていたが次第に意識が浮かび上がり、寝ぼけ眼をこすりながら音のする方へと顔を向ける。


「キ!」


 約20イテックのリスのような生き物だった。前歯が極端に出っ歯でユウの背嚢を囓っている。


 意識がはっきりとするにつれてユウの目は見開かれた。背嚢の側面に穴が開いている。


「お前、何やっているんだ!?」


「キキ!」


 ユウが叫ぶと同時にそのリスのような生き物はその場から退散した。まるでもう用は済んだと言わんばかりの逃げっぷりである。


 急いで背嚢の状態を確認しようとしたユウだったが、木の枝の上で落ちないよう麻の紐で体をくくり付けているためろくに動けない。顔をゆがめながら麻の紐を解き、背嚢を背負って急いで木の幹を降りる。


 背嚢に開いた穴はそれほどでもなかった。幅2イテック程度である。中の荷物を取り出してみたが幸い傷はない。背嚢の内側から見ても開いた穴に変わりはなかった。


 一通り調べ終わったユウはため息をつく。


「朝っぱらからなんてことをしてくれるんだよ。直さなきゃ」


 遠慮なく面倒そうな顔をしたユウは緩慢な動作で裁縫道具をたぐり寄せた。更に背嚢の底から背嚢と同じ材質の丈夫な布の切れ端を取り出す。はさみで継ぎ当てを切り取り、穴の開いた箇所に縫い当て始めた。途中で剥がれないよう丁寧に縫う。


 こういうときのために習ったわけであるが、こういう役立ち方は望んでいなかった。


 背嚢の修繕が終わるとユウは再び荷物を詰めてから朝食を口にする。まるで夕食のときのように気疲れがひどかった。


 不幸な始まり方だった3日目だったが、薬草採取ではなかなかの成果を上げる。高価な薬草の他、1度だけマギィ草を採れたのだ。


 こうしてユウの薬草採取の遠征は終わった。再び3日間平原を歩いてターミンドの町に戻る。久しぶりに見る文明の証にユウは安堵のため息をついた。


 朱の色が強くなる中、ユウは薬草買取カウンターの建物に入る。やや神経質な薬師を見つけるとその前に立った。すぐに背嚢を床に下ろす。


「採ってきた薬草を換金してください」


「今回はどうだった?」


「助言の通り南の方へ行ってきたんですけど苦労しましたよ。見返りはありましたけど」


「ほう。お、これは」


 カウンターに次々と並べられていく薬草のうち、薬師はマギィ草に目を向けた。すぐにユウへと顔を向け直す。


「確かに成果はあったようだな。早速数えよう」


 前と同じようにユウが小分けして数え、それを薬師の青年があらためていった。株の数は前回ほどではないので早めに終わる。


「ラフリン草が120株、クレナ草が80株、ディシン草が100株、そしてマギィ草が10株。合計で銅貨51枚だ。やったじゃないか」


「マギィ草様々ですよ。これがなかったら銅貨11枚、大赤字です」


「確かにな。で、これからもマギィ草は見つけられそうなのか?」


「わからないです。マギィ草を見つける勘所がわかったわけじゃないですし。ただ、マギィ草以外をうまく採取してトントンくらいまで持って行けないか考えています。それができたら南の方が稼ぎやすくなりますから」


「銅貨11枚の倍くらいを稼ぐっていうのか。できそうなのか?」


「獣や魔物がいなかったら自信があるんですけどね。1日に何度も襲われるんで厄介なんですよ」


「よく生き残れたな」


「1度に襲ってくる数が少ないから助かっています。あれで10匹や20匹だったら逃げるしかないですよ。実際、巨大蟻ジャイアントアントの群れからは逃げましたし」


「あれは囲まれると面倒だからな。ともかく、こうやって貴重な薬草も採ってきてくれるんならこっちも嬉しいよ。あとはたまにカタリー草なんかも採ってきてくれたら尚いい」


「木に巻き付いている蔓ですよね。あれ、かさばるから嬉しくないんですよ。1本で銅貨1枚だったら持って帰る気になれるんですが」


「値段を決めているのは俺じゃないからな。まぁ、これからも頑張ってくれ」


 取り引きが終わったユウは薬師の青年にあいさつをしてから建物を出た。


 これで遠征の仕事はすべて終わりだ。後は酒場で食事をするなり宿で寝るなりするだけである。開放感に包まれたこのときが冒険者にとって最も幸せなのかもしれない。


 そんなユウに声をかける者がいた。ユウが振り返ると見知った顔に目を見開く。


「ユウ、久しぶり!」


「ブレント? 荷馬車で別れて以来だね!」


「そうだね! 元気そうじゃないか。その様子だとちゃんと生活できているようだね。でも、シャベルもスコップも持ってなさそうだけど」


「相変わらずよく喋るなぁ。僕は薬草の採取をしているんだよ」


「あれってちゃんと稼げるの!?」


「一応ね。結構運頼みのところがあるけど」


「だよね。安定した生活がしたいのなら魔石採掘の方がいいよ?」


「それは知っているけど、僕はこれが得意だからもう少し頑張ってみるよ」


「ふーん、そっかぁ。でも、魔石を採ることは禁止されてないんでしょ? だったら、屑魔石でも少しずつ採って貯めたら生活費の足しになるんじゃないかな」


「屑魔石?」


「知らないのかい? これだよ」


 意外そうな表情を浮かべつつもブレントは袋から取り出した屑魔石をユウに見せた。2イテック未満の半透明な灰色の小石である。


「これを20個集めて買取カウンターへ持って行ったら銅貨1枚になるんだ」


「そうなんだ。この小石だったら見たことあるな」


「薬草採取してるパーティってこういう魔石を採って副収入にしてるって聞いたことがあるけど、ユウは知らないのかい?」


「そういえば聞いたことがある」


 今になってユウはアルフィーたちとの会話を思い出した。そのせいで顔をしかめる。


「そうか、誰も薬草の採取だけで稼いでいるわけじゃなかったんだ」


「おや、何か勘違いしていたのかい?」


「そうみたい。あぁ、これで大きな謎が解けたよ。ありがとう」


「役に立ててよかったよ。でも、俺は今の状況にちょっと不満かな」


「どうして? ちゃんと稼げているんじゃないの?」


「だってさ、こんな鉱夫みたいなことをしなきゃいけないんだもんな。俺は冒険しに来たのに」


「確か探索をしたいんだっけ?」


「そう、わくわくするような冒険をね! だから残念だよ。でも、ここだとたまに台地の探索があるそうじゃないか。あれに潜り込めないかなって思っているんだ」


「あれかぁ。ということは、募集があれば行くんだ」


「もちろんさ! 今から楽しみだね!」


 待ちきれないといった様子でブレントは楽しそうに話した。その直後、遠くでブレントを呼ぶ声が聞こえる。


「あ、行かなきゃ! ユウ、またな!」


 最初から最後まで騒がしかったブレントは踵を返して走り去った。


 まるで置き去りにされたかのようなユウだったが悪い気分ではない。小さく息を吐き出すと歩き始めた。

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