高価な薬草を求めて(前)
遠征の準備のための1日を挟んでユウはターミンドの町を出発した。
助言をくれた薬師の話によると町の南にある湾に沿うように回り、そのまま南へとまっすぐ進めば良いという。それを信じてユウは歩いた。
西側に見える海岸が徐々に西へと遠のき、やがて見えなくなる。街道すらない周囲すべてが平原という場所は前の薬草採取でも体験したが、今度はすれ違う冒険者がいない。何とも不安になる遠征だが獣や魔物が現れないのは幸いだ。
そうして3日目の夕方、確かに森の端にたどり着いた。
後もう少しといった所で立ち止まったユウは目の前の森を見てつぶやく。
「ここも帰らずの森なんだ。大きいんだなぁ」
前回とはほぼ正反対に進んだ先にも同じ森の続きがあることにユウは半ば呆然とした。
しかし、ずっとぼんやりとはしていられない。帰らずの森の端に身を寄せて野営をした。
翌朝、ユウは期待と不安を胸に森の中へと踏み入る。期間は3日、この間に銅貨18枚分の薬草を採取しなければならない。
森に入ってすぐにユウは植生について確認する。これがターミンドの町の北側と同じであれば有利になるはずだった。慎重に草木を見て回る。
「同じか。これは幸先がいいな。あとはどこにどんな薬草が生えているかだけど」
肩の力を抜いたユウは安堵のため息を漏らした。今までの知見が通じるのならば採取はかなりやりやすい。
気を良くしたユウは帰らずの森の奥へと足を運ぶ。
「早速発見! これは、ディシン草! 幸先いいな!」
まだ大して奥へと進んでいないにもかかわらず、ユウは高価な薬草を発見した。他にもベスティ草やクレナ草を近くで見つけるがそちらには手を付けない。
今回の方針として高価な薬草に狙いを絞って稼ぐ予定なのだ。そのため、ユウは積極的に動き回って薬草を探して回る。
ただ、良いことばかりではない。冒険者が滅多にやって来ないということはそれだけ危険でもあるということだ。
ユウが薬草を採取していると突然頭を何かではたかれる。
「痛っ!? え、なに?」
「キキー!」
頭上に顔を向けると、樹木の上にやたらと長い尻尾を巻いた約30イテックの猿たちが叫んでいた。ぱっと確認できるだけで何匹もの尻尾の長い猿があちこちの枝に乗っている。
しばらく様子を見ていたユウだったが、猿たちは騒ぎはするもののそれ以上は何もしてこない。自分を見て騒ぐ猿の群れは不気味だったがずっとにらみ合っているわけにもいかなかった。
小さくため息をついたユウは何もしてこないのならばと頭上の警戒を止めて再びしゃがむ。今は薬草の採取の方が重要なのだ。
そうして作業を再開して調子に乗ってきた頃、またもや頭を何かではたかれた。すぐに頭上に目を向けると、最も近い枝に乗っている猿が尻尾を巻き上げるのを目にする。いたずらが成功して嬉しいのか、周りの猿たちは先程と同じように騒いでいた。
今すぐここから追い払いたいがユウの手の届かない場所にいる。少しの間考え込んだ結果、一度この場所から離れることにした。道具を片付け
「まったく、腹の立つ」
不満を漏らしながらもユウは森の中を歩き始めた。もしあの猿たちに縄張りがあるのならばその範囲から出ないといけない。どの程度広さなのか想像もできなかった。
ところが、いくらか歩いてからふと顔を上に上げると、あの猿たちが同じように移動してきていることをユウは知る。立ち止まると木の枝にとまり、動くと枝から枝へと渡ってきた。明らかに目を付けられている。
試しにユウは走ってみた。すると、猿たちはその長い尻尾を使って大胆に枝渡りをして追ってくる。地上を歩く猿を逃がす気はないらしい。
「こいつら!」
いたずらをするだけなのかそれとも襲う機会を狙っているのか、ユウにはわからなかった。しかし、いつまでも気にかけて薬草を採取できないというのはまずい。
立ち止まったユウは背嚢を下ろすと木の根のそばでしゃがむ。顔を下に向けて作業しているふりをした。反対に神経は頭上へと集中する。
ふりを始めてしばらくは何もなかった。見破られている可能性がユウの脳裏に浮かぶ。どのくらい続けるかまでは考えていなかったので止めどきが難しかった。
いつ尻尾ではたきにくるのかわからないままユウは待ち続ける。そして、ついにそのときがやって来た。頭に何かがぶつかる。その瞬間、両手でそれを掴んだ。見上げると、3レテムはあろうかという長い尻尾の先である。
「キキッ!?」
ユウの真上から尻尾を伸ばしていた猿が明らかに動揺していた。逃れようと体を揺さぶる。
もちろんユウはそんなことで手を離さない。地面に引きずり落とそうと引っぱる。
「よくも散々馬鹿にしてくれたな! 絶対逃がさないぞ!」
敵愾心を露わにしたユウと逃れたい猿の長い尻尾を使った綱引きが始まった。周りの猿たちが騒ぎ出す。先程までとは違い、その声色に喜びはない。
そんな周囲の喧騒に構うことなくユウは猿の長い尻尾を引っぱり続ける。今や自分の体重を乗せて半分ぶら下がるようにだ。
体長が人間の5分の1か6分の1しかない猿が自分の何倍もある体に引っぱられて長くは抵抗できない。それほど時間もかからずに枝から落ちた。
地面に叩きつけられた猿を見たユウはすぐに尻尾をたぐり寄せ、手にした
「あああ!」
何度か殴りつけると尻尾の長い猿は動かなくなった。次いで頭上に顔を向けると仲間の猿たちが騒いでいる。ただ、何かをしてくる様子はない。
気を落ち着けたユウは背嚢を背負うと
ようやく獣だか魔物だかよくわからない猿たちから解放されたユウは大きな息を吐き出した。手にした
「あーもう厄介だったな。でもこれで仕事に集中できるぞ」
気を取り直したユウは先程まで作業をしていた場所に戻って薬草採取を再開した。誰にも邪魔されずに作業ができるということのすばらしさを再確認する。
ただ、その後の成果はぱっとしないものだった。手つかずなので薬草が群生している場所はちらほら見かけるのだが、狙っている高価な薬草があまり見つからない。
更に猿以外にもユウを襲ってくる獣や魔物がいた。獣は野犬、猪、鹿、魔物は
帰らずの森に入って1日目の夕方がやってきた。森の中が暗くなってくる。
麻の紐を用意したユウは荷物を背負って樹木の幹を登り、太い枝にまたがった。それから最初に背嚢を、次いで自分の体を幹に縛り付けてようやく落ち着く。
「はぁ、やっと終わった。けど、これはちょっと厳しいなぁ」
手に知った干し肉を噛みながらユウはぼやいた。今日1日を振り返っての総評だ。水袋に口を付けて一息つく。
「ラフリン草が60株ちょい、クレナ草が50株、ディシン草が40株弱。ざっくり計算で銅貨5枚くらいか。目標の6枚に届かなかったな。この調子だと銅貨3枚の赤字、前の近場よりかはましだけど慰めにならないよね」
結局は赤字なのでじり貧なのは相変わらずだった。前回の稼ぎに迫る額を1日で稼いだにもかかわらずである。やはり移動だけの往復日数が6日というのは大きな負担だった。
続けて干し肉を噛み切ったユウは暗くなった周囲の景色を眺めながら独りごちる。
「獣や魔物の襲撃がなければ銅貨6枚はいけそうなんだけどな。誰もいないんだからこれは仕方ないか。でもこれ、町の滞在費は入っていないんだよね。どうしよ」
今までの計算は薬草採取の遠征期間の話だけだ。ターミンドの町に滞在するときにも費用はかかる。もちろんそれも合わせて稼がないといけない。
町での滞在費がいくらか計算してみると1日に銅貨3枚から5枚程度だ。干し肉だけで過ごすなら宿代と合わせて3枚で済むが外食をすると途端に費用が倍近くになる。
「休息日を1日としても、更に銅貨が3枚から6枚必要になるんだ。となると、1日いくら稼がないといけないのかな? 7枚あるいは8枚? みんなどうやって稼いでいるんだろう。魔石採掘は安定した収入があるって聞いたことがあるけど、いつもこんなに稼げるのかな」
一発逆転がない限り、どう考えても赤字になる計算なのでユウは悩んだ。かつてアルフィーたちが副収入を得ていると話をしていたが、今は頭の中からきれいに消えている。
「マギィ草でも見つけられたらなぁ」
もはやそこに賭けるしかなくなってきているユウはため息をついた。せっかく遠征したがまだうまくいっていない。
不安になりつつもユウは食事を続けた。
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