苦労の多い単独行動

 帰らずの森で活動するのにパーティへ参加することが前提条件だったユウにとって、朝一番の仲間探しで聞いた話は衝撃的だった。パーティ側の事情は理解できたがそのせいでユウはかなり不利な状況に追い込まれてしまう。


 一度気分を落ち着けるために町を散歩して、それから冒険者ギルドに戻った。まだ薬草採取パーティには1組しか声をかけられていない。なのでもうしばらく声かけをすることにした。今度は助言通り2人組を狙って。


 ところが、そもそも2人組がほぼ見当たらなかった。たまに見つけたと思ったら魔石採掘の冒険者ばかりである。あの3人組以来薬草採取パーティを見つけられない。


 何度も声をかけている間にとある冒険者からユウは助言を受ける。


「薬草採りの連中って数が少ないからここじゃ早々見かけないぜ。どうせだったら買取カウンターで探した方がいい。あそこに出入りする奴は絶対に薬草採りだからな。あ、行くんだったら昼下がり以降にしとけよ。換金しに戻って来る連中が一番多いんだ」


 助言も受けたユウは早速薬草買取カウンターのある建物に向かった。室内の部屋の隅でひたすら薬草採取パーティを待つ。まだ昼前なので冒険者は誰も来ていない。


 その姿に気付いたやや神経質そうな薬師が顔を向けてくる。


「お前は昨日相談してきた奴だよな。そんなところで何をしているんだ?」


「薬草を換金しに来る冒険者を待っているんです。パーティに入れてもらおうと思って」


「誰かに入れ知恵でもされたのか。騒ぎになったら面倒だから外でやってくれ。それと、しつこく食い下がるなよ。印象が悪くなったら後で考えを改めて誘われる可能性がなくなるからな」


「わかりました」


 薬師の要請に従って建物の外に出たユウは出入り口の近くに立った。今日は晴天なので雨に濡れることもなければ寒さに震えることもない。


 立ちながら昼食を済ませて更に待つことしばらく、助言通り昼下がりになるとぽつりぽつりと冒険者が建物の中に入っていった。しかし、まだ声をかけない。


 最初にユウが声をかけたのは2人組だった。笑顔で建物から出てきたところに近づく。


「ちょっといいですか。お話があるんですけど」


「なんだい?」


「最近この町にやって来た冒険者で薬草採取をしようと考えているんですけど、パーティに入れてもらえませんか?」


「今はそういうの考えてないんだ。2人でうまくやれてるからね。他を当たってくれ」


 笑顔で断った相手の冒険者はもう1人の仲間に声をかけて去って行った。


 しばらくその背中を見送っていたユウだったが気を取り直して次の冒険者に向かう。


「あの、お話があるんですけど聞いてもらえますか?」


「もしかして、仲間に入りたいって言いたいのか? 悪いがお断りだ。もう目を付けてる奴がいてね、今度会ったらそいつに声をかけるつもりなんだ」


「そうですか」


「大体、初対面の奴なんて危なっかしくて入れられないよ。お前、さてはこの町に来たばかりだな? まずは1人で頑張れ。そうしたら誰か声をかけてくれるかもしれないぞ」


 次の3人組にもあしらわれたユウはその場に立ち尽くした。


 それからも何度かパーティだけでなく個人にも声をかける。しかし、いずれも断られてばかりだった。アルフィーの助言は正しかったのだ。


 こうなるとユウもいよいよ1人で薬草を採取する覚悟を決めないといけない。どうしたものかと歩きながら考える。


 ふと周りを見ると冒険者ギルドの建物内だった。三の刻の鐘は既に鳴り終わり、これから夕方に移っていく時期だ。


 ぼんやりと室内を眺めていると見知った顔を遠くに見つけた。ブレントである。


「あ、もう仲間がいるんだ」


 ブレントは笑顔で何人かの仲間と会話をしながら屋外へと出て行った。シャベルやスコップを持っていたので魔石採掘パーティである。


 ターミンドの町に到着してからまだ丸2日も経っていないが、一緒にやって来た相手はもう本格的な活動を始めようとしていた。比べても仕方がないことだとはユウも理解しているが、どうしても心にもやができてしまう。


 魔石の採掘ならあるいはとも一瞬考えたユウは頭を横に振った。まずは薬草の採取ができるかどうかを試すのが先である。


「僕も薬草の採取を始めよう。このままじゃ仲間に入れてもらえそうにないし」


 改めて決意をした理由には経済的なものもあった。荷馬車の護衛で稼いだ蓄えが尽きるまでに収入源を確保しないといけないのだ。最後の手段である金貨は確かにあるが、それを除けば手持ちの金銭はそう多くない。


 仲間探しを諦めたユウは冒険者ギルドの建物から出た。




 持ち物の点検は既に済ませていたユウは翌日から行動に移った。二の刻の鐘がなると同時に起きて用意を済ませ、空がうっすらと白み始めた頃に町を出る。方角は北東、帰らずの森に最も近い方向だ。


 さすがに季節は秋なので日の出後しばらくまでは冷えるが、体を動かしているとあまり気にならなくなる。


 周囲は町のある方角以外はほぼ地平線まで平原だ。日の出前に出発したからか誰も見かけない。そんな状態が昼近くまで続く。


 状況に変化があったのは日がかなり高くなってからだ。地平線から豆粒のようなものがいくつか現れ、次第に人の姿になっていく。いずれも土まみれの冒険者パーティだ。


 それを皮切りにすれ違う冒険者パーティとたまに出会う。いずれもシャベルやスコップを持った魔石採掘パーティだ。


 知り合いではないので挨拶はしないものの、帰らずの森に向かっていることは確認できたユウは安心した。少なくとも迷子にはなっていない。


 昼食を挟んで移動を再開した昼下がり、ようやく帰らずの森の一端がユウの目に入ってきた。目の前の地平線がそのまま森と平原の境界というのはある意味圧巻だ。


 夕方にはまだ早いという頃に帰らずの森の端へと到着したユウは目の前の木々を眺める。それから少し中に入って草木を触ってみた。


 何度か同じ行為を繰り返してからユウはつぶやく。


「獣の森と植生はほぼ同じなのかな。これならやっていけるかもしれない」


 薬草自体はまだ目にしていないが、帰らずの森が知っている環境と同じならやっていける自信がユウにはあった。薬草買取カウンターの薬師から聞いた話もその自信を裏付ける。


 まだ日暮れまで時間があることを確認するとユウは森の中へと入った。採取できる薬草がないか探してみる。薬草のありそうな場所の勘所はあるので、それに従って歩き回った。


 いくつもの場所を見たユウは眉をひそめる。


「大抵は採られているんだ。あるいはまだ小さいか。まともに取れるのはハラシュ草ばっかりで、たまにベスティ草くらい」


 帰らずの森に入ってすぐの場所なのであまり期待はしていなかったユウだが、それにしてもこの結果は偏りすぎだと感じた。価値が低くたくさん採らないといけない薬草だけが避けられて残っている。


「話には聞いていたけど、本当に稼ぐのが大変そうだなぁ」


 渋い顔をしたユウがつぶやいた。


 ターミンドの町から帰らずの森まで約1日の距離とすると往復で2日は何もできない。今回は3日森の中で作業をする予定だが、この間に5日分を稼がないといけないのだ。作業日数を増やすほどに1日当たりに稼ぐ負担は減るが何日も森にはいられない。


 稼ぐことと他の薬草採取パーティに見てもらうことを両立するのが思いの外難しいことをユウは思い知る。誰もが魔石の採掘に移る理由を少し理解してしまった。


 ふと周囲を見たユウは辺りが暗くなってきていることに気付く。野営の準備をしないといけない。


「一旦森の外に戻ろう。たぶん森の中で野営する方が大変なはず」


 不安そうな表情を浮かべたユウが踵を返して帰らずの森の外を目指した。


 今のユウは夜間の警戒という問題を抱えている。そのため、多少油断しても何とかなりそうな場所で野営したいのだ。それが冒険者の往来が比較的頻繁な森の際である。


 風がまともに当たる所は避けたユウは木の陰に荷物を下ろした。次いで手早く周囲から枝と枯れ葉を集めて火をおこす。


 ようやく人心地付いたユウは干し肉を取り出して火で炙った。柔らかくなったところでかぶりつく。


「これは思い切って森の奥にもいかないと稼げないな」


 パーティに入れてもらう問題は確かに重要だが、それ以上に今の稼ぎを何とかすることが急務だった。更には1人で獣や魔物に対処したり、夜の警戒という問題もある。


 こうなると、きついとはいえ単独で薬草を採取している冒険者がどうやっているのかユウは気になった。それなりにやっていける方法があるのならぜひ知りたい。アルフィーたちは単独の冒険者を知見不足と指摘していたが今のユウはそれ以下だ。


 その事実を目の当たりにしたユウはため息をついた。

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