薬草採取と魔石採掘

 帰らずの森の端で一夜を明かしたユウは眠たげな眼をこすりながら立ち上がった。背嚢はいのうを背負うと大きなあくびをする。


「あ~眠い。やっぱりちゃんと寝たいなぁ」


 ぼやきながらもユウは帰らずの森の奥へと足を向けた。今日から本格的に薬草を採取して回らないといけないのだ。何としても赤字は避けないといけない。


 そのため、ユウは見つけた薬草は何であってもとりあえず採取するという方針を固めている。採取量が少なくて済む価値の高い薬草は既に採られている可能性が高いからだ。


 この方針だと採取する薬草はハラシュ草やベスティ草になるが、大量に必要となるためどうしてもかさばる。持ち運ぶだけなら何とか運べても戦いとなると厳しい。


「とりあえずはこの辺りに獣や魔物がほとんどいないことを祈るしかないかな」


 周囲を見ながらユウは独りごちた。


 帰らずの森の植生が知っているものとほぼ同じなら薬草を見つけることは苦にならない。ユウはそう信じて森の中を歩く。実際いくつもの薬草が群生している場所を見つけたが、いずれの場合もめぼしい薬草は残っていなかった。


 これはいよいよ数をこなす覚悟をしなければとユウが覚悟したとき、地面が掘り返されている場所に出くわす。さすがに大きな樹木はそのままだったが、背丈の低い草木などは根こそぎ掘り出されていた。


 初めて見る光景にユウは立ちすくむ。


「これが魔石の採掘した跡なの? そりゃ薬草なんて生えるわけないよね」


 土の乾燥の具合からかなり時間が経過していることが窺えた。早速雑草が生えているところもある。それでもこの有様では薬草のような有用な植物は期待できない。


 念のために掘り返された一帯を見て回ったユウは薬草は生えていないことを確認する。魔石の採掘で地面が掘り返され終わった場所が安定して採れるという話だったが、とてもそうは見えない。


 ため息をついたユウはその場を後にした。


 その後も帰らずの森の中を歩き回ったユウは人が活動する音を耳に捉える。そちらへと足を向けて進むと、何人かの冒険者たちが地面を掘り返しては何かを採っていた。


 すると、1人の男が作業を中断して近づいてくる。


「君は誰だい?」


「僕はユウです。薬草を採取しています。ここにいる人たちは魔石採掘パーティの人たちですか?」


「そうだ。俺はヘイデン、魔石採掘人ストーンマイナーズのリーダーだよ。あっちで地面を掘ってるのは仲間さ。君は、1人?」


「はい。薬草採取は最初にパーティには入れてもらえないそうなんで」


「あー聞いたことがある。大変だな。で、ということはこの辺りに薬草を採りに来たわけ」


「そうなんです。でも、あれだけ掘り返されていると駄目そうですね」


「まぁね。こっちも仕事だから止めるわけにはいかないんだ」


 肩をすくめて答えるヘイデンを何とも言えない表情でユウは見返した。さすがに止めることはできない。しかし、それならばと尋ねてみる。


「でしたら、地面を掘り返す前に薬草を採らせてもらえませんか?」


「それはできないな。実は別の薬草採取パーティと契約して、そいつらに任せてるから」


「そうですか。やっぱりみんな考えることは同じなんですね」


「確かにな。だから、この辺り一帯の薬草はそいつらが採ることになってるんだ」


 若干申し訳なさそうな顔をしつつもヘイデンはユウにはっきりと言った。


 説明を聞いたユウは肩を落とす。しかし、先約があるのならどうにもできない。仕方なくその場を離れた。


 仕切り直しとばかりに自らへ気合いを入れたユウは別の場所を探し回る。どこか1ヵ所くらいは真っ当に薬草を採取したかった。


 一旦昼食を挟んでユウは再び帰らずの森の中をさまよっていると、比較的価値の高い薬草が群生している場所を発見する。ところが、そこでは既に誰かが採取していた。


 作業をしている人物が振り向いて立ち上がる。


「誰かな?」


「薬草採取をしているユウです。最近この町にやって来ました」


「新入りだね。俺はジョナス。薬草採取人グラスピッカーのリーダーだ」


「ということは、この辺りで薬草を採っているんですか?」


「そうだ。他にも仲間が3人いてあちこちで薬草を採ってる。つまり、この辺りの薬草は俺たちのものってわけだ」


「ようやく真っ当な場所を見つけたと思ったのに」


「悪いな。俺たちも自分の食い扶持で精一杯なんだ。他を当たってくれ」


 落ち着いた態度で淡々とジョナスが主張した。


 今日何度目かわからないため息をユウはつく。ここで薬草が採れないことはわかった。ならばせめてと質問する。


「この辺りで他の人が薬草を採っていそうな場所ってわかりますか?」


「さすがにそれはわからないな。そのときその場所に行ってみないと」


「ですよね。それは」


 力なく一礼したユウは踵を返してまたもや帰らずの森の中を歩き始めた。


 次の場所を求めて森の中を進むユウだったがその足取りは重い。薬草さえ見つけられたら何とかなると思っていたが、その薬草を見つけるところで躓いている。


「このままじゃろくに薬草を採れない。もういっそのこと、今回はハラシュ草とベスティ草に絞って採ろうかな。ああでも麻袋は二つしかないし、必要分は全部入らないや」


 妥協すると赤字確実、しかし妥協しなくても黒字の見込みが立たないことにユウは顔をしかめた。予想以上に状況が悪いことに落ち着かなくなる。


 そんなユウに対して、脇の草木の中から何かが飛び出してきた。成人男性の半分くらいの大きさで、薄汚れた緑色の肌をしたがりがりの小人みたいな姿をしている。小鬼ゴブリンだ。


 気付くのが遅れたユウはとっさに躱しきれずに左の二の腕に何かをぶつけられる。


「痛っ!?」


「ギギャ!」


 回避に失敗して転んだユウは小鬼ゴブリンから追撃された。その右手に握られた石で頭を叩かれそうになって腕で防ぐ。革の鎧の籠手に当たった。腕に鈍い痛みが広がる。


 仰向けに倒れたままのユウは再び振り下ろされた小鬼ゴブリンの右手を両手で掴んだ。それから左手で相手の肘を掴み直し、外側にひねって体勢の崩れた体を突き飛ばす。


 よろめきながら後ろに何歩か下がった小鬼ゴブリンを見ながら、ユウは背嚢を肩から下ろして立ち上がった。同時に槌矛メイスを右手に掴む。


「あああ!」


「ギャ!?」


 ようやく体勢を立て直した小鬼ゴブリンが今度は反応できなかった。脳天に槌矛メイスの一撃を受けて倒れる。更に何度か頭に攻撃を受けると動かなくなった。


 息を荒げたユウは殺した小鬼ゴブリンの死体を見てじっとしている。残心ではなく放心に近い。


 少し間を開けてからユウは周囲に顔を巡らせた。他には獣や魔物の気配は窺えない。


「はぐれた一匹か。危なかったな。ここが帰らずの森だってことを忘れてた」


 どうやって収入源を確保しようかということばかり考えていたユウは、この森には獣や魔物がいることを思い出した。複数で襲われていたら危なかっただけに冷や汗をかく。


 大きく息を吐き出したユウは心を落ち着かせた。迷うのは仕方なくても、警戒がおろそかになるのは危険だ。


 自分が良くない精神状態であることを知ったユウはこれからどう過ごすか考える。


「今日はもうそんなに時間があるわけじゃない。ここから収入面での挽回策が思い付かないから、たぶん赤字は確実だろう。どうせ残り物しか手に入らないんだったら、今回はもう割り切ってそれだけを採ろうか。今後のことは帰ってから考えることにしよう。うん、そうしよう!」


 わざわざ口に出して考えをまとめたユウは自分に気合いを入れ直した。こんなつまらないことで死んでしまっては元も子もない。


 背嚢を背負い直したユウは決意も新たに帰らずの森の中を歩き始めた。不満やわだかまりが心から消えて精力的に薬草を採取する。その結果は芳しいものではなかったが、もうそれに心を動かされることはなかった。


 森の中が薄暗くなり始めるとユウは野営の場所を探す。


「どうしようかな。さっきあんなことがあったし、安全なところが」


 つぶやきながら周りを見ていたユウはふと木の幹を見上げた。割と大きめの木で下の方の枝も太い。


 冒険者になる前のことをユウは思い出した。薬草採取を始めたばかりの頃は獣に襲われる度に木登りをしていたものである。


「木の上で寝られないかな?」


 荷物を背負って木登りしたことはなかったユウは不安そうにつぶやいた。


 しばらく考えた末にとりあえずやってみることにする。かなりの時間をかけて何とか一番下の太い枝まで登れた。


 しかし、問題はこれでどうやって眠るかだ。寝ぼけて落ちることは確実だろう。更に背嚢も固定しないと落下することは間違いない。


「やっぱり下の方がいいかなぁ。でも、こっちの方が安全だろうし」


 外敵の襲撃と木の枝からの落下の危険を天秤にかけながらユウは寝床を模索する。


 そのせいで夕食を食べる前に日が暮れた。

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