身の回りの点検(後)

 冒険者ギルド、武具屋、古着屋、道具屋と立て続けに回ったユウは、気が付けば昼下がりであることに気付いた。昼時は素っ裸で震えていたせいで空腹であることを今になって思い出す。


 動き回った割にはあまり食欲のなかったユウはここが港町でもあることを思い出し、町の南へと向かった。南端は陸が倉庫街で桟橋の先に船が何隻か係留されている。


 人と荷物の往来が激しい港を避けたユウは人気のない砂浜に背嚢はいのうを下ろし、腰掛けた。緩やかな浜風を受けながら取り出した干し肉を囓る。


「う~ん、涼しいなぁ」


 風になびく短髪を片手で撫でながらユウはつぶやいた。未開の街道で護衛の仕事をしているときにブレントに切ってもらったのだが、いささか短くなりすぎたのだ。


 水平線の彼方まで見える竜鱗海の大きさにユウは驚きを覚えつつも、初めてのときほど感動していないことに気付いた。まだ2回目だがもう慣れてきている。


 滅多にないことでもこれほど簡単に慣れてしまうのかと別の意味で驚いた。そこでふと疑問が湧く。世の中を見て回った後、果たして自分はまだ何かに感動できるのかと。しかし答えは出ない。


 遅めの昼食を終え、服もかなり乾いてきたところでユウは立ち上がった。背嚢を背負うと今度は町の北側に向かう。目指すは冒険者ギルドだ。


 五の刻の鐘が鳴った後、夕方までの冒険者ギルドは比較的空いていた。冒険者の多くはまだ森から戻っておらず、依頼人などの一般人の相談は一段落しているからだ。


 その中をユウは目当ての職員めがけて進む。朝に相談した青年職員だ。都合良く誰も並んでいない。カウンターの前に立つとすぐに口を開けた。


「朝に相談した者ですけど、薬草の採取をすることに決めました。それで、採った薬草をどうするとか相談できる人がいたら紹介してほしいんです」


「それでしたら、このギルドの建物の南にある魔石選別場にある薬草買取カウンターに行けばいいですよ」


「魔石選別場にあるんですか?」


「はい、魔石の採掘に比べてずっと規模が小さいですから併設されているんです。魔石選別場の南の端にある木造の建物がそうですよ」


「ありがとうございます」


「ちょっと、ここの東側から出て南に向かってくださいね。街道沿いの西側は倉庫になっていますから買取カウンターの建物にはたどり着けませんよ」


 未開の街道側へ足を向けようとしていたユウは目を見開いた。青年職員に再び礼を述べてから建物の東から外に出る。


 冒険者ギルドからユウが南に歩くと、大きな木造の建物が東側にいくつかの扉を開放していた。これが魔石買い取りの建物で中は魔石を売却する冒険者たちが何人もいる。


 その建物を過ぎて更に南に向かうと今度は小さな木造の建物が見えてきた。青年職員によるとこれが薬草買い取りの建物になる。


 屋内は中央の買取カウンターによって東西に分けられていて、その西側にローブを着た職員らしき者が1人で立っていた。


 冒険者がいないがらんとした室内に入るとユウはやや神経質そうな青年に声をかける。


「冒険者ギルドで薬草採取についての相談はここでするようにと言われて来ました」


「魔石の採掘ではなくこちらを希望するのか。珍しいな。最近この町にきたのか?」


「はい。昨日来ました。それで、今朝冒険者ギルドに仕事の相談をしたら薬草の採取というのがあったので」


「その口ぶりだと以前も薬草採取をしていたのか?」


「冒険者になる前にお金を集めるためにしていました。獣が出る森の中でパーティを組んでです」


「それは頼もしい。ただ、魔石の方が安定した収入があるぞ?」


「冒険者ギルドでその話は聞きました。でも、慣れた方がいいかなと思って」


「なるほどな。で、何を聞きたいんだ?」


 少しとっつきにくそうな雰囲気の青年だったが、話して見ると悪くないことにユウは気付いた。少し前のめりになって質問に答える。


「帰らずの森ってどんな薬草が採れるんですか?」


「大体有名どころばかりだな。ラフリン草、クレナ草、ディシン草、ベスティ草、ハラシュ草あたりが一般的だ」


「1株いくらでいいんですよね?」


「いや、それぞれ何十株か揃えて銅貨1枚が基本だ」


「そっか、ここ鉄貨単位じゃなかったんだ! 銅貨単位かぁ。集めるの大変そうだな」


「確かに数を揃えないといけないのは面倒だと思う。ただ、カタリー草やマギィ草なんかは数は少なくても取り引きできるぞ。特にマギィ草は貴重だからな、1株で銅貨4枚だ」


「マギィ草だけ別格ですね」


「ああ。カタリー草も4株で銅貨1枚だが、あれは根付きだと値段が倍になる」


「あれ根っこを採るの大変じゃないですか。割に合うのかな」


「みんな避けているのは確かだ。だから、ある意味マギィ草よりも貴重だったりする」


「なるほどなぁ」


 値段や買取単位はともかく、知っている薬草ばかりなのはユウにとって大きな安心材料だった。帰らずの森に入って植物の見分けがつかなくて立ち往生することはこれでない。


 緊張がある程度ほぐれたところでユウは更に質問を重ねる。


「薬草は帰らずの森のどこにでも生えているんですか?」


「聞いている範囲ではどこにでもあるそうだ。しかし、みんな近場から採っていくから、まとまった数を取りたいなら奥に行く方がいい」


「ああうん、やっぱりそうですよね」


「ところが、単純に奥へ入ったらたくさん採れるというわけでもないから注意だ。ここで薬草の採取を専門にしている冒険者は多くないが、それでも毎日誰かしらが採っていると数が減る。しかし、薬草の成長はそんなに早くない」


「なるほど、どうしたって取り合いになるんだ」


「その通り。原則として場所取りは早い者勝ちということになっているが、そんな理由で有望な場所は普通他人には誰も漏らさない」


「そりゃそうですよね」


「そして、森の奥に行くほど獣や魔物の駆除が進んでいないので危険が増す。ここに来たばかりの冒険者はこれを見落とす者が多い」


「他にはありますか?」


「後は、魔石の採掘で地面が掘り返された場所が安定して採れるということくらいか」


「なんですか、それ?」


「魔石の採掘は地面に落ちている魔石を採るだけじゃなく、地面を掘り返して採掘するんだ。薬草のことを考えることもなしにな」


「うわぁ、それって薬草が生える地面が駄目になるじゃないですか」


「しかし、魔石を採掘する側からしたら知ったことではないからな。せっかくたくさん採れる場所を見つけても、次に行ってみたら地面が掘り返されていたなんてことは珍しくない」


 真面目な顔をして説明をする青年にユウは渋い表情を向けた。同業者との競争だけでなく、異業者の活動で自分の仕事がやりにくくなるのだ。


 ため息をついたユウが口を開く。


「薬草採取が少数派な理由がなんとなくわかりました。これは困ったなぁ」


「我々としても抗議とまでは行かなくとも、あちらとは何度か話し合いをしている。ただ、なかなかうまい落としどころがなくてな」


「とりあえず一回やってみてどんな感じか知った方がいいかな」


「それがいい。まずは冒険者ギルド側で迎え入れてもらえるパーティを探すんだ。1人でも作業はできるが、あれはきついとみんな漏らしている」


「その話はあっちの職員さんから聞きました。ところで、薬草を採取しているパーティと魔石を採掘しているパーティってどうやって見分けたらいいですか?」


「難しくはないぞ。シャベルやスコップを持っている冒険者は魔石の採掘をしていると見做していい。他にも、手足の汚れ具合が特にひどいのも魔石採りの可能性が高い。ただし、雨の場合は薬草採りも泥だらけになるが」


「そんな見分け方があるんですか。だったら何とかなるかな」


 仕事そのものよりも周りの環境が厳しいことにユウは眉をひそめたが、それでもかつての経験で乗り切れると考えた。


 大体質問を終えたユウは他にも1つ思い浮かんだことをカウンター越しにぶつけてみる。


「他の冒険者やパーティを紹介してくれるなんてことはありませんか?」


「それはないな。そもそも我々は冒険者ではなく薬師なんだ。だから冒険者の斡旋はできない」


「え、冒険者ギルドの職員じゃないんですか!?」


「そうだ。この場は確かに冒険者ギルドのものだが、我々はこの場を借りて直接薬草を買い取っているんだよ。下手に素人に薬草を選別させるとろくなことにはならんからな。これは魔石の方も同じで、あちらも業者が直接買い取っている」


「そうですか」


 思わぬ話を聞いたユウは目を見開いた。所変わればやり方も変わることは理解しているが、同じ薬草採取の制度でもアドヴェントの町とは本当に違う。


 聞きたいことを聞き出せたユウは半ば呆然としながらも薬草買取カウンターの建物から出た。

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