身の回りの点検(前)

 冒険者ギルドで仕事の種類を教えてもらったユウは建物の外に出た。先月に比べて柔らかくなった日差しの下でユウは未開の街道を往来する人々を眺める。


 話を聞いた時点で薬草の採取が自分に一番向いていることはユウにもすぐにわかった。安定した収入を得られる魔石の採掘も魅力的だが、自分の経験を活かせる仕事はそれ以上に惹かれる。


 ただ、その前に色々と自分の身の回りを振り返らなければならない。ほつれてきている袖口を見ながらユウはつぶやく。


「駄目になる前に何とかしないといけないよね。だったら」


 どんな仕事をするにせよ、持ち物は万全にしておかないといざというときに危ない。


 思い立ったユウは表情を引き締めて歩き始めた。


 最初にユウが向かったのは武具屋だ。道行く人に尋ねると冒険者ギルドの近くにある木造の建物にたどり着く。中に入ると、採光の窓が小さいため薄暗い。


「他のお客さんもいるんだ」


 各種武器や防具が並べられている店内には何人かの先客が陳列されたものに目を向けていた。故郷の武具屋ではついぞ見なかった光景にユウは少し目を見開く。


 家屋の奥にはカウンターがあり、そこに背の高いのんきそうな顔の中年男が座っていた。奥からは金属を叩く音が聞こえている。


 先客の脇を通り過ぎ、ユウはカウンターの前までやって来た。それから、ようやく目を向けてきた中年男に話しかける。


「僕の武具に修繕が必要か見てもらえますか?」


「いいよ。どれだい?」


 促されたユウは身に付けていた槌矛メイス、ダガー、ナイフをカウンターに置いた。次いで、背嚢はいのうを下ろして軟革鎧ソフトレザーを外していく。


槌矛メイスは別に言うことはないな。使った後にきれいに拭いておけば問題ない。ダガーとナイフはきれいに使ってるじゃないか。手入れは自分でやってるのかい?」


「はい。別の町の武具屋で教えてもらったんです。研ぎ道具もありますよ」


「冒険者でそこまでやってる奴は珍しいね。これなら今のままでも充分使えるよ。それと軟革鎧ソフトレザーか。胴鎧に籠手に脛当て、ね。結構使い込んであるけど、まだ致命的な傷はなさそうだな」


「ということは、このまま使っても大丈夫なんですね」


「平気だね。何かあったらウチを頼ってくれたらいいよ。奥には鍛冶場もあるからある程度なら修繕できるんだ」


 親指で背後を指した店主にユウはうなずいた。ダガーやナイフが欠けたときに持ち込めば修理してもらえるわけだ。そこまで考えてから何気なく問いかける。


「ダガーやナイフの値段っていくらですか?」


「これと同じ物だったら、ダガーが銅貨30枚、ナイフが15枚かな」


 店主の返答を聞いたユウは曖昧な声を小さく上げた。直接交換できない貨幣同士の比較は難しいが、それでもアドヴェントの町よりも高い。


「うーん、そんなものか。ところで、この町で冒険者になりたいっていう人は、こういった武具を買うためのお金ってどうやって稼ぐんですか?」


「そりゃ、人足なんかで稼いで貯めるんだろう。ここは港町でもあるからあっちで荷物運びの仕事はいくらでもあるし、町も少しずつ大きくなってきているから建設関係でも働けるから。変なことを聞くな?」


「僕のいた町だと森に入って薬草を採ってお金を貯めたんで、ここだとどうなのかなって思って」


「森には獣や魔物がいるだろうに、よくそんな危ないことをしてたもんだな」


 呆れた様子の店主が首を横に振った。


 所が変われば事情も変わることをユウは実感する。どちらが稼ぎやすいのかまではわからなかった。


 武具屋を出たユウが次に向かったのは古着屋だ。町の市場の一角に古着屋が集まっていることを教えてもらう。


 その中の1つを覗いてみると、天井からは服が吊り下げられ、台の上には衣類が積み重なっていた。中には今のところ先客はいない。


「これ全部銀貨単位なんだよなぁ」


「そりゃそうさ、服は貴重な必需品だからね」


 独り言に言葉を返されたユウは驚いて店の奥へと顔を向けた。すると、人当たりの良さそうな中年女性が近くに立っていることに気付く。


「あ、あの」


「いらっしゃい。どんな服が入り用なんだい?」


「今すぐ服が必要ってわけじゃないんですけど、別の町でこの帽子と外套を古着屋で買ったからこの町はどうなのかなって思って」


「なんだ冷やかしかい。ここは果ての町だからね。他の町に比べたらどれもちょいと高いよ。それにしてもあんた、ちょいと臭うじゃないか」


「最近服も体も洗ってなかったんで」


「あんた冒険者なんだろう? ああいう連中はみんなそんなものさね」


「前は川があったら服も体も洗っていたんですけど、この辺りって川ってありますか?」


「ないねぇ。海ならあるけど、海水で洗おうもんなら塩気でゴワゴワになっちまうからね。でも、ちょいと代金を支払ってくれるっていうなら、服はこっちで洗ってあげるし、体も水で拭かせてやるけど、どうだい?」


「古着屋ってそんなこともやっているんですか?」


「やってるところあれば、やってないところもあるよ。服は上下、外套、ブーツ、帽子も全部銅貨1枚だよ。全部頼んでくれるってんなら体を拭く水と布はオマケしてあげるけどね。どうする?」


 提案されたユウはにこやかな中年女性を見ながら困惑した。しかし、突然ではあるが必要だったことでもある。


「ちなみに、町にある井戸の水ってどのくらいするんですか?」


「桶に1杯で銅貨1枚だね。あんたのその服の様子だと確実に銅貨4枚以上はするよ」


「じゃぁお願いします」


「さ、それじゃあっちで服を脱いでおくれ」


 店の裏手に案内されたユウは井戸の近くにある水場で背嚢を下ろして服を脱いだ。次いでブーツ、帽子、外套2枚を銅貨5枚と共に渡す。


 水がなみなみと入った桶と手拭いを手渡されたユウは、中年女性が洗濯物を洗っている横で体を洗った。久しぶりの感触は気持ち良かったが隣に人がいると何となく落ち着かない。そういえば、服と体を洗うときはいつも1人だったことを思い出した。


 桶の水と手拭いがすっかり汚れたのと引き替えにユウはきれいになる。少し冷えるが服が洗い終わるまでの我慢だ。と、そこまで考えて気付く。


「服が乾くまで待たないといけないじゃないか!」


「代わりの、服を、着れば、いいだろう?」


「そんなのないですよ。あったら悩んでません」


「だったら、しばらく、ここで、待ってな!」


 洗濯をしている中年女性の気合いの入った声が返ってきた。服と外套と帽子は既に干されており、今はブーツを洗ってもらっている。


 選択権のないユウは中年女性の言葉に従うしかなかった。こうなると秋らしくなりつつある気候が身に沁みる。水で濡れた体が冷えて震えた。


 とてものんびりと待っていられなかったユウは背嚢から裁縫道具を取り出すと、服の綻びを取り繕い始める。


「冒険者のくせに縫い物ができるのかい?」


「故郷の町の道具屋で習ったんですよ。誰もいないところで困ったときのために」


「なるほどねぇ。でもだったら、古着屋のあたしに頼めばいいじゃないか。安くしとくよ?」


「寒くてじっとしていられないから気を紛らわせているんです! そんなに言うんだったら服を貸してくださいよ!」


「冒険者のくせにだらしないねぇ」


 ユウの叫びを聞いた中年女性が苦笑いをすると洗い物に戻った。


 服は貸してもらえないことを悟ったユウは情けない顔をしつつも裁縫を続ける。上下共に繕う時間は充分にあった。


 結局ユウは冷えに耐えられず、生乾きのまま服を着て古着屋を出る。さっぱりとしたのは良かったが今後はもっと考えて服を洗おうと誓った。


 冷える体をさすりながらユウは古着屋で教えてもらった場所まで歩く。そこは同じ市場内にある道具屋だ。店内に入るとカウンターの奥に座る陰気そうな雰囲気の中年男に怪訝そうな顔を向けられる。


「この時期に海にでも潜ったのかい?」


「いえ、さっき古着屋で服と体を洗ったんです。その女の人にここを教えてもらったんですけど」


「あの洗濯女上がりか。そりゃご愁傷様だな。あいつらはなんでも洗濯しようとする」


「古着屋だとやっているところとないところがあるって聞きましたけど」


「嫁が洗濯女かどうかってことだ。それも稼ぎになるんだから悪かねぇが、中には服を引っぺがそうとする奴もいる。お前さんも剥がされたクチかい?」


「いえ、ちょうどいいかなって思って頼んだんですけど、服を干してくれている間に代わりの服を貸してもらえなくて」


「はは、あいつら洗濯することばっかり考えて他のことにゃ気が回らんのさ。ま、今度からは気を付けるんだな」


 その後、ユウはしばらく店主と話をした。そうして、やはり全体的に物の値段が高いということがわかる。


 特に欲しい物もなかったので、ユウは何も買うことなく店を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る