自分勝手な商売人(後)

 翌朝、襲撃された荷馬車集団の被害がどの程度のものか明らかになる。派手に血が飛び散っているように見えたが、大半は獣と魔物のものだった。しかし、それでも4名が死亡し、そのうち商売人が2名と判明する。負傷者の数は10人にもなり、うち重傷者が護衛の3名だった。


 惨憺たる有様に意気消沈する一堂の中、1人元気な商売人がいた。自分自身も荷物も無傷なリベリオである。


「一緒に進む仲間が死んじまったのは悲しいが、儂らは前に進まなきゃならん。そのためにも今後の話し合いをしようじゃないか」


 そう言って提案した議題は3つだった。1つは死んだ商売人の荷物の処分、もう1つは重傷者の処遇、そして最後に誰がピュリーの町に戻るのかである。


 1つ目については、元々赤の他人なのでどこに引き渡せば良いのかがわからないが、ピュリーの町の商人ギルドに引き渡せば調べてくれることはわかっている。ただ、殺された馬2頭のうち1頭は死亡した商売人のものであるため、荷馬車が動かせない。


 2つ目については、放っておくわけにもいかないのでピュリーの町に戻してやることで一致した。搬送先は冒険者ギルドということにも全員がうなずく。ただし、そうなると6人の商売人のうち、最低1人はピュリーの町に戻らないといけない。


 そして3つ目の問題にぶつかる。ここで揉めに揉めた。全員で戻るという意見から誰か1人だけで充分という主張まで、様々な意見が出る。


 時間だけが過ぎていくことに護衛である冒険者たちはうんざりとしていた。しかし、自分から意見するというのもためらわれるといった雰囲気だ。


 そこでため息をついたユウが口を挟む。


「みなさん、そろそろ決めてもらえませんか? このままだと重傷者を見捨てるという選択肢を選ぶことになりますよ」


「そんなことはわかってる! 雇われ風情がすっ込んでろ!」


「その雇われ風情全員がみなさんを見切りつつあるんですよ。動けなくなったらこんな形で見捨てられるとわかったら、誰が命をかけてくれると思うんです?」


 商売人たちは全員顔を見合わせた。それから、自分たちの雇った護衛へと顔を向ける。その目に宿るものを知って、全員がしばらく黙った。


 それから渋々、商売人たちはピュリーの町に戻る1人を選んだ。選ばれたのは、馬を殺されて身動きが取れなくなった商売人である。死亡した商売人の1人の馬が生きていたので、その馬を使って荷馬車を動かすことになったのだ。そのため、死亡した商売人の荷馬車はどちらも放置することに決まる。


 これでようやく集団は動けるようになった。1台の荷馬車がピュリーの町へと向かうのを確認すると、残り5人の商売人はフィサイルの町へと出発する。


 護衛の士気は地に落ちていたが、それを察する余裕は商売人にはなかった。




 半分近くにまで減った荷馬車の集団のその後もひどいものだった。5人の商売人のうち2人は軽いとはいえ怪我を負い、護衛も7人中5人は負傷している。これで旅を続けるというのがそもそも無茶なわけだが、常に意見が対立するのだから更にきつい。


 その中でも最も問題になるのが夜の見張り番だ。昼間は街道を荷馬車で進んでいるだけなのでまだ良いが、自分に仕事が降りかかってくるとなると商売人は揃って避けようとする。


 2日目の野営時に表面化したその問題はまたもや商売人によって延々と話し合われた。


「護衛が7人しかいないんだから、あと1人オレたちがやるしかねぇだろ。その1人をオレたちが順番にやっていきゃ解決するじゃねぇか」


「荷馬車の数が減って円陣も小さくなったんだから、1度の見張り番は3人でもやっていけるだろう。これだったら俺たちは見張り番をしなくてもすむ」


「けどよ、護衛にも結構怪我してる奴がいる。そいつが見張りの最中に倒れたら困るぞ」


「だったら怪我をしている私は休んでいてもいいですよね」


 ただでさえ味気ない食事が更に不味くなるような話を商売人たちは延々と繰り返した。


 そばで話を聞いていた護衛の冒険者たちはやはりうんざりとしている。中にはかなりいらついている者もいた。


 嫌気が差しているのはユウも同じである。干し肉を早々に食べ終わったのでいっそ眠ってしまおうかと思っているくらいだ。しかし、護衛の中にはユウに目を向ける者もいる。朝と同じように期待されているのだ。


 かなり迷ったユウだが、そろそろ設置した篝火かがりびに火を点けないといけない頃に立ち上がる。


「皆さん。そろそろ見張りを立てないといけないので、結論を出してもらいたいんですが」


「またおまえか。終わるまで待ってろ!」


「怪我人もいる上に人数も限られていますから、12人全員で見張り番をしませんか? 1組3人で4組作れば、鐘の音1つ分の3分の2だけ警備すれば充分眠れますし」


「は? なんでオレたちまで番をしなけりゃいけないんだ!」


「僕たち護衛は7人しかいません。何人で夜の見張り番をするにしても数が足りないんですよ。それと、さっきから話を聞いていましたが、皆さんはもう獣や魔物に襲われないという前提で話をしていませんか? 昨晩思い知ったでしょう? こちらが隙を見せるとまた襲ってきますよ、あいつらは」


 強行に反対していた商売人の1人が口を閉じた。怒りが浮かんでいた顔に怯えが走る。


 更に他の護衛の冒険者たちも次々に立ち上がってユウに賛同した。荒事専門の人間が放つ不穏な空気に飲まれた商売人たちは気圧される。


 最終的には、1組3人で3組の見張り番を用意し、その中で2組目と3組目に商売人1人が加わるという形に収まった。


 篝火はしっかりと焚いて見張り番も適切に配置すると獣や魔物の襲撃はなくなった。相変わらず近づいては来るものの、それ以上寄ってくることはなかったのである。


 こうしてリベリオが集めた荷馬車の集団はどうにかフィサイルの町へとたどり着いた。




 フィサイルの町を目にしたとき、ユウはかつてない安堵感が湧き出た。


 環境の過酷さでは砂漠越えの方が厳しかったが、人間関係が悪いと別の意味できついということをユウは思い知る。


 荷馬車の集団はフィサイルの町の郊外にたどり着くと自然消滅した。竜鱗の街道を進む中、1台また1台と思い思いに脇の原っぱに逸れてゆく。通常は最後に集まって別れを交わすものだがそれもない。


 荷馬車の荷台の後方に座っているユウはその様子を1台ずつ眺めていた。別の荷馬車で同じく荷台の後方に座っている護衛の中には別れ際に手を振ってくれる者もいたので、手を振り返す。


 やがて、リベリオの荷馬車も原っぱに入って停まった。小さくため息をついたユウが荷台を降り、背嚢はいのうを引っ張り出して背負う。そして、そのまま御者台へと向かった。


 御者台から降りてきたリベリオに近づいてユウは声をかける。


「リベリオさん」


「ユウか。やっと終わったな。今回は本当に大変だったぜ。これが報酬だ」


「はい。あれ? 半分しかないですよ?」


 受け取った革袋の中身を確認したユウが眉をひそめた。一瞬数え間違えかとも思ったが、リベリオがにやにやと笑っているのを見て思い直す。


「仕事をした分しか払わないのは当然だろ? 本来、お前がやるべき護衛の仕事を儂もやったんだ。報酬の半分は儂も受け取るべきじゃないか」


「あれは獣に襲われて受けた被害が大きかったから仕方なかったでしょう。それとも、警護に穴を開けたまま夜を過ごして、また襲われたかったんですか?」


「それをどうにかするのがお前たちの仕事だろ」


「そんなことを言ったら、護衛を1人しか雇わないまま出発したリベリオの責任もあるでしょう。あんなことをしなけれれば、最初の集団から追い出されることもなかったんですし」


「なんだと! とにかくだ、儂も警護をした以上、お前の取り分は半分だ!」


「自分の責任を棚に上げてそんなことを言うんですね。だったらこの後冒険者ギルドに契約違反を報告しますから。今後冒険者をまともな形で雇えるとは思わないことですね」


「お前、儂を脅すのか!?」


「真っ当なことをしない人は、真っ当なことを言ったらすぐに脅迫するって騒ぐものです。身を振り返って反省したらどうですか?」


 怒りに震えるリベリオをユウは冷めた目で眺めた。


 しばらく温度差の激しい睨み合いが続いたが、ついにリベリオが懐からもう1つの革袋を取り出してユウに投げつける。


「持ってけドロボー! 2度とそのツラを見せるんじゃないぞ!」


「僕もあんたの顔なんて見たくないよ」


 目を剥いて何かを言おうとするリベリオを無視して、ユウは地面に落ちた革袋を手にした。手早く中身を確認すると踵を返す。


 背後でリベリオが喚いていたがユウは無視した。背嚢を背負ったまま背伸びをして歩く。今は解放感でいっぱいだった。

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