自分勝手な商売人(中)

 せっかく町にたどり着いたというのに、ユウはろくに休めないままピュリーの町を出発することになった。良かったことといえば、干し肉を買いに酒場へと行ったときにチーズも頼んで食べたことくらいである。


 早朝にピュリーの町を出発したのはリベリオの荷馬車を含めて8台だ。これらが1列になって竜鱗の街道を東へと進む。


 リベリオによると、様々な理由があって荷馬車の集団に入れなかった商売人をかき集めたという。例えば、護衛の数が不足していたり、寝坊して元の集団から置いて行かれたり、商売人本人に問題があって追い出されたりなどだ。


 当人たちも自分の問題は自覚しているので、誰もがリベリオの話に飛びついた。護衛が不足している商売人なら新たに雇えばいいはずなのだが、それをしない辺り不穏である。


 自分の機転の良さを自慢するリベリオに内心頭を抱えつつも、自分から仕事を切り捨てられない以上はその話に乗るしかなかった。しかし、問題がある者たちばかりが集まったのだから当然不都合はある。


 最初に問題が発生したのは初日の夕方だ。夜の見張り番をどうするのかということで揉める。


「俺たち行商人は8人いるが、護衛が1人しかいないところもある。1度の見張り番で4人必要だから、みんな1人ずつ護衛を出して2組作って交互に見張りをさせようじゃないか」


「悪くないが、そうなると護衛が2人いるところはそれだけ楽ができるってことじゃないか。ちょうど4人が護衛を2人連れてるんだからもう1組できる。3組で順番に見張りをさせよう」


「おいおい、自分と荷物を人に見張らせる気か? 自分の荷馬車は自分で見張ればいーじゃねーか」


 夕食時に始まった話し合いは、どの行商人も自説を主張してなかなか譲らなかったので終わる気配がなかった。護衛の冒険者たちは干し肉を囓りながらその様子をつまらなさそうに見ている。


 最終的には、見張り番が立つ場所は雇い主の荷馬車のそばで、見張りの順番は12人いる護衛をうまく回すということで合意した。尚、篝火かがりびを点けるかどうかは商売人それぞれ次第ということになる。


 日没後、月明かりに照らされた荷馬車の円陣の一角で、ユウが荷台から篝火の道具を下ろそうとしていた。リベリオが近寄ってきたので作業をしながら声をかける。


「リベリオさん、篝火をあの辺りに置いておきますね」


「おい待て、なんでそんなものを使おうとするんだ。薪代はタダじゃないんだぞ」


「獣も魔物も篝火の火を避けようとします。これがあったら襲われにくいですよ」


「ダメだダメだ。他だって使わないんだ。なんで儂だけがカネをかけなきゃならん」


「何を言っているんですか。リベリオさんだけ使えば、リベリオさんの荷物だけが襲われない可能性が高くなるんですよ?」


「なんだと?」


「他の人は使わないんでしょう? なら、獣や魔物はそちらにみんな行きますよ。ここを避けてね」


 明らかに興味を持ったリベリオが考え込むのをユウは見た。他人を犠牲にするような提案なので面白くないが、他の行商人は自分の命と荷物を天秤にかけた結果決断したわけである。だからそこは割り切ることにしたのだ。


 必死に考えているリベリオをよそに、ユウは篝火の準備を続けた。前にもやったことのある作業なので慣れたものだ。


 その様子を見ていたリベリオがユウに声をかける。


「おい、儂はまだ許可してないぞ」


「篝火を焚かないと月明かりだけですよね。それでも周りは見えますが、こういう薄暗いところですと獣や魔物は篝火の明かりに目がくらみやすいんですよ」


「それは本当なのか?」


「自分の命がかかってるんですから嘘なんていいませんよ。本当に止めますか?」


 作業を中断したユウが振り返った。かなり渋い表情を浮かべた雇い主の顔を見る。


「どうしますか?」


「わかった、設置しろ!」


 肩をすくめたユウが作業を再開した。しばらくしてから篝火の炎が燃え上がる。周囲を見ると、本当に篝火を設置したのはユウとリベリオだけだった。




 1回の夜の見張り番の時間は鐘1回分である。通常の場合よりも長いが、今の時期これならどの見張り番の組も1回見張るだけで済むということでこうなった。


 初日のユウの順番は2回目、真夜中である。睡眠をぶつ切りにされたが、それでもある程度安心して眠れたのはこの平地では得がたい。


「あーいるなぁ」


 篝火の向こうのに獣が何体かうろついているのをユウは認めた。薄暗い月明かりに照らされたそれは狼に似ている。獣や魔物の中にはなかなか諦めずに一晩中機会を窺うものもいるので見張り番としては落ち着けない。


「そうなると、間違いなく他の所にも来てるだろうな」


 前を見ながらもユウは背中を気にした。多くの獣や魔物が集まるほどに野営の円陣は囲まれる。1度円陣に突入されると他の場所からも一斉に獣や魔物が入ってくるので対処が大変だ。


 もし襲撃を受けたらとユウが考えていると、別の見張り番が叫び声を上げた。ほぼ同時に獣らしきうなり声や遠吠えが耳に入る。


 途端に円陣の内部が騒がしくなった。怒号と悲鳴が一斉に湧き上がる。


 槌矛メイスを右手に握ったユウはわずかな間だけ振り返った。襲うもの、戦う者、逃げる者、食われる者とひどい有様である。


 再び前を見たユウは篝火の向こうにいる獣が近づいて来ていることを知った。狼が3匹、これは油断していなくてもかなり厄介である。


「おい、ユウ! お前何やってるんだ! さっさと獣を始末しろ!」


 左手で悪臭玉を持ったところでユウは横からリベリオに肩を掴まれた。わずかに目を見開いてからすぐに顔を横に向ける。


「目の前から狼が3匹近づいて来ています。対処してもらえるのなら円陣内の方へ行きますけど」


「なにぃ? うっ」


「戦えないのでしたら、馬車の中に隠れていた方がいいんじゃないですか? 僕もそうしたいですけど」


「うるさい! お前はここで獣を食い止めろ!」


 最後に怒鳴ってからリベリオは荷馬車の荷台に入り込んだ。


 それを最後まで見届けずにユウは篝火に近づいた。狼は三手に別れて半包囲するように動くのを見る。待っていてもじり貧になるだけだと知っているので先に動いた。


 篝火の向こう側にいる真正面の狼は一旦忘れて、ユウは右手側に移動した狼に近づこうとする。それに反応して狼側も距離を詰めてきた。


 月明かりに照らされる狼の姿を見据えながら、ユウは悪臭玉を相手近くの地面に投げつける。狼はそれを避けるが、ぎりぎり悪臭玉の範囲内だった。わずかにそよ風が狼に向かって吹いていたのも不運である。


「ギャイン!?」


 突然の悪臭にその狼は身もだえた。地面にのたうつように転がる。その様子を見た他の2匹が近づくのを止めた。


 暴れる狼には目もくれず、ユウは踵を返すと同時に悪臭玉をもう1つ手にする。そのまま篝火近くまで来ていた左手側の狼に駆け寄ろうとした。すると、篝火の向こうにいた狼が突っ込むそぶりを見せる。それに合わせて悪臭玉を手前の地面にぶつけた。


 悲鳴は上がらない。急停止した狼が脇に避けたのだ。しかし、狼の同時攻撃は防げた。広がるハラシュ草の粉末がユウとの間に一時的な壁を作る。


 短時間ながらユウは狼と一対一の状態を作り上げた。身体能力は狼の方が上だが、人間には道具がある。


「あああ!」


 1度はためらった狼が口を開けて飛び込んできたのに合わせて、ユウは槌矛メイスを横薙ぎに振り抜いた。全体重を乗せた槌矛メイスの一撃が狼の口に直撃する。


「ギャウン!」


 ほとんど勢いを止められながらもかろうじて競り勝ったユウが狼を地面に転げさせた。ためらわずに追撃して頭を何度か殴る。痙攣した狼はほとんど動かなくなった。


 更にもう1つの悪臭玉を手にしたユウは無事な狼に近づく。その分だけ狼は下がるが、左手の物を投げるそぶりをして更に警戒させた。


 やがて、悪臭玉の煙幕で動けなかった最後の1頭の狼はユウに牙を向けて威嚇しながら下がっていく。悪臭玉を吸い込んだ1頭がふらつきながらも立ち上がったところで、その顔に鼻面を近づけた。同時に、くしゃみをして弱っている狼から離れる。最後に遠吠えを1つすると野営地から去った。


 大きな息を吐き出して肩の力を抜いたユウは振り返って円陣の中へと顔を向ける。気付けばそちらも戦いは終わっていた。近づいてみると、中は凄惨なことになっていた。人も馬も獣も魔物も血を流して地面に倒れている。


「リベリオさん、終わりました」


「ほ、ほんとか?」


「円陣の中はかなり大変なことになっているみたいですけど」


「な、なんだと?」


 恐る恐る荷台から降りたリベリオが円陣の中を見ると、人の呻きや馬のいななきで埋め尽くされていた。後ずさりして小さい悲鳴を上げる。


 初日からこの有様とあってユウは頭を抱えた。

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