自分勝手な商売人(前)

 フロンサートの町を出発した荷馬車の集団は竜鱗の街道に沿って東へと進んだ。真夏の日差しを浴びながら6台の荷馬車が一列に連なっている。


 危険を避けるために荷馬車の数が少ない商売人が固まって移動するのは南方辺境でも同じだ。やはり数は力である。


 盗賊がいないとリベリオが豪語する竜血の川より東であってもそれは変わらない。盗賊の代わりに獣や魔物が多数うろついているからだ。複数の商売人が集まる理由はある。


 荷馬車での旅が始まった初日、ユウは竜鱗の街道以外に地平線まで地上に何もないことに目を見張った。こういう光景は旅をしていて何度も見かけたが、久しぶりに晴天の空と共に見るとやはり瞠目してしまう。


 本当に何もない場所を丸1日かけて進んだ荷馬車の一団は、夕方になると最初の野営地を定めた。次いで、荷馬車で円陣を組んで篝火かがりびを荷馬車と荷馬車の間に塞ぐように置いて獣の侵入を防ぐ。


 円陣の中に入った人々は夕食を取り始めた。木の皿に入れた肉入りのパン粥を木の匙で口へと入れていく。


 このとき、夜の見張り番について話し合われたが問題が1つ浮上した。リベリオが見張り番を2人提供できないのだ。これに他の商売人が顔をしかめる。


「リベリオ、お前のところが見張り番になったときに1人足りないが、どうするんだ?」


「どうするも何も、1人しかいないんじゃどうしようもないだろ」


「そうなるとお前のところの護衛に番が回ってきたときに警備に穴が空いちまうじゃないか。何もしない気なのか?」


「だってどうしようもないだろ。いないもんはどうにもならない」


「お前さっきからそればっかりだな。見張りのいないところから入られたら食い殺されちまうだろう」


「大丈夫だって、何とかなるさ」


「そんないい加減な言い方があるか! お前が代わりに見張り番に立てよ!」


「何で儂がそんなことをせにゃならんのだ! 儂は商売人だぞ! 代わりにユウが2人分働くからいいだろ!」


 まったく埒のあかないやり取りに周囲の商売人が呆れていた。次第に怒る者も現れる。話は次第に紛糾し、ついにはリベリオを追放するという意見も出てきた。


 この何もない平野で集団から追い出されるのは危険だ。旅の集団は集まった人数が多いほど獣や魔物に襲われにくい傾向がある。逆に言えば、単独で行動することはそれだけで危険なのだ。


 さすがにまずいと悟ったリベリオは、本当に仕方なくという態度でもう1人の見張り役になることを承知した。話し合いが終わった後もささやくように文句を言っていたが、周りはみんな無視する。


「まったく、どいつもこいつも儂を責めやがって。なんで商売人の儂が警護なんぞしないといけないんだ。お前が2人分働けばいいだけじゃないか」


「聞こえてますよ」


「バカかお前は? 聞かせてるんじゃないか」


「周りの人にですよ」


 人を馬鹿にした顔を向けてきたリベリオにユウは静かに告げた。


 周囲を見ると薄青い月明かりと揺らめく篝火に照らされた人々が白い目を向けている。その視線の先が自分だと知ったリベリオはさすがに黙った。


 夜中、ユウは見張り番の順番が回ってくる。真夏の夜だがだだっ広い平原に吹く風のおかげであまり寝苦しくなかったのは幸いだった。比較的すっきりとした目覚めとなる。


「リベリオさん、起きてください。見張りの時間ですよ」


 声をかけて少し揺らして見たユウだったがまったく反応しないことにユウは顔をしかめた。更に強く揺すって声をかけ、まだ起きないので更に強く、と繰り返しているとリベリオが目を覚ます。


「お前こんな真夜中に何やってんだ!」


「見張りの時間です」


「ふざけんな! 何で儂が」


「追い出されてもいいんですか?」


 追放という言葉を聞いたリベリオの顔が強ばった。震える口からは何も言葉が出てこない。ふと周りを見ると、何人かは目を覚ましてリベリオを睨んでいた。


 それ以上は何も言わずにユウは立ち上がる。自分に与えられた位置に立った。後ろでリベリオが何か文句を言っているが無視する。


 最初から怪しいとは思っていたユウだったが、さすがに雇い主がこれほど自分勝手な人物だとは予想外だった。移動が始まった今はもうどうしようもないが、ピュリーの町で仕事を打ち切ろうかという思いが強くなる。ただし、正当な理由がないといけない。


「今のところ、これっていう理由はないんだよなぁ」


 正面の篝火とその奥の暗闇を見ながらユウはつぶやいた。自分勝手で周りに迷惑をかけているリベリオだったが、今のところユウが直接的な不利益を被っていない。これで一方的に仕事を打ち切ってはユウが不義理をしたことになる。それは面白くなかった。


 結局、何事もなく夜の見張り番は終わる。この後リベリオの隣で眠らないといけないのが憂鬱だった。




 フロンサートの町を出発してから、リベリオと他の商売人の仲は日に日に悪化していった。それでも決定的なことが起きなかったのは、はやりそれ以上の脅威に直面していたからである。


 しかし、安全圏にたどり着けば話は違った。通り抜けるはずだったピュリーの町でリベリオは他の商売人たちによって集団から追い出されてしまったのだ。


 もちろん一方的に告げられたことにリベリオは抗議する。


「ふざけんな! なんで儂が追い出されなきゃならんのだ!」


「ふざけてんのはてめぇだろ! 口を開けば文句ばっかりいいやがって、そのくせ自分では何もしようとしねぇ。てめぇみたいなのは願い下げなんだよ!」


「なんだと! この野郎!」


 殴りかかろうとしたリベリオの前に相手の行商人の護衛2人が立ちはだかった。さすがに荒事が専門の冒険者を相手にはできない。


 歯噛みしたリベリオは振り返ってユウに叫ぶ。


「おい、こいつらを追い払え」


「無理ですよ。それに、できたとしても他の護衛が割って入ってきますよ」


「う、ううっ、くそ!」


 多勢に無勢であることを悟ったリベリオは悔しそうな顔で相手の商売人を眺めながら引き下がった。そのまま自分の荷馬車に戻って移動を始める。


 動き始めた荷馬車の荷台に飛び乗ったユウはため息をついた。いっそ役立たずと罵りながら解雇を告げてくれたら良かったのにと思う。


 ピュリーの町の西門から南門へと場所を移して荷馬車を停めたリベリオは、御者台から降りると叫ぶ。


「おい、ユウ! こっちに来い!」


「何ですか?」


「儂は今から仲間集めをするからこの荷馬車を見張ってろ、いいな!」


「仲間集め? さっきの人たちに仕返しでもするんですか?」


「バカかお前は? そんなことをして何になる! そうじゃない。フィサイルの町に行くための商売人を集めるんだ!」


「なるほど、そりゃ1人じゃいけないですもんね」


「そうだろう? だから儂はこれから周りの連中に当たってみるんだ!」


「わかりました。ここで荷物番をしていればいいんですね。で、夜になったら宿に泊まってもいいんですか?」


「そんなわけないだろう! お前は次に出発するまでずっとここで見張り番をするんだ!」


「は? 休みなしでですか?」


 さすがにあんまりな命令にユウはめまいがした。これをそのまま受け入れると用を足すのもできなくなってしまう。


 ここが踏ん張りどころだとユウはリベリオを説得にかかった。何度も罵声を浴びながらも実行可能なところまで要求を通す。その結果、旅の準備をするための時間、用を足す時間、最低限の睡眠時間などを確保した。代わりに、宿に泊まることと酒場での食事を諦めることになる。


 話が終わると不満そうなリベリオが足早に去って行った。


 不満があるのはこちらも同じだと思いつつ、ユウは荷馬車の荷台に座ってふてくされる。今回の仕事にはいいところが何もない。


「ふん、どうせあんな奴に仲間集めなんてできやしないよ。そのときになって辞めてやるんだ」


 ユウにしては珍しく雇い主を悪し様に言っていたが、意外にもこの思惑は外れた。何と2日後の昼頃に話がまとまったと本人が伝えてきたのだ。


 目を剥いたユウだったがこうなると契約は続行である。諸準備のために一時的に荷馬車を離れた。尚、そのときにこっそり冒険者ギルドへと行って事情を伝えたが、ユウが契約破棄をすると違反になると教えられた。せめて2日前に自分の要求を飲ませなければまだ可能性はあったと聞かされて大きく肩を落とす。


「リベリオさん、どんな人たちを集めたんですか?」


「なに、簡単さ。儂と同じように護衛の数が不足してたり、どこの集団にも入っていない連中をかき集めたんだよ」


「そんな簡単にできるものなんですか?」


「ふん、それが儂の腕ってことさ」


 得意そうに語るリベリオの顔を見たユウは腹が立った。しかし、実際にやってのけたのだから何も言えない。


 ユウは早くこの仕事が終わってほしいと願った。

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