嫌な感じの依頼人

 灼熱の砂漠越えを一区切りさせたユウは冒険者ギルド城外支所の屋内へと目を向ける。東へ向かう隊商の護衛ができないか調べないといけない。


 並んでいる人の数が少ない列に再び並ぶ。先程魔物の報告をした受付係の列だった。


 再び結構な時間を待たされたユウは自分の順番になる。


「ここから東に向かう隊商か荷馬車の護衛の仕事はありますか? 僕1人で受けたいんですけど」


「おや、あなたは先程の?」


「あ、はい。さっきの人とは西の砂漠を越えてきたときに一緒だったんです。契約は今日終わったんで、新しい仕事を探しているんですよ」


「なるほど、そういうことですか。東側の護衛の仕事ならありますよ」


「本当ですか? 良かった!」


「ただ、1人だけの枠となると今は少し厳しいですが。いえ、あることはあるんですよ」


 説明の仕方が微妙なことにユウは不安を覚えた。ないよりかはましなのだが、おかしな商売人と一緒というのは御免被りたいのである。


「とりあえず、依頼書を見せてもらえますか? どんなものがあるのか見たいので」


「字が読めるんですか。それは助かります。この三枚ですね。検討に時間がかかるのでしたら、こちらの隣でゆっくりご覧ください。決まり次第割り込んでもらって構いません」


 渡された羊皮紙を手にしたユウは受付カウンター沿いに横へとずれた。受付係が次の冒険者の対応をするのを尻目に三枚の羊皮紙へと意識を集中する。


 1枚目は、食料を運ぶ隊商の欠員募集だった。荷馬車6台を所有する商売人が欠員のため1名募集している。目的地はフィサイルの町で、日当はリーアランド銅貨2枚だ。


 2枚目は、建築資材を運ぶ隊商の護衛募集だった。荷馬車9台を所有する商売人が護衛兼作業者を2名募集している。作業とは建築資材の積み卸しだ。こちらは目的地がピュリーの町で、日当リーアランド銅貨3枚である。


 3枚目は、雑貨を運ぶ隊商の護衛募集だった。荷馬車は1台のみで護衛を2名募集している。目的地はフィサイルの町で、日当はリーアランド銅貨4枚だ。


 受付カウンターに並べた羊皮紙を眺めながらユウは顎に手をやる。


「1枚目は安いな。2枚目は、もしかしてこれ、本当は作業者を雇いたい? なんか嫌だな。3枚目は、これ、どういうことなんだろう?」


 最後の依頼書に目を向けたユウは首を傾げた。荷馬車と積み荷を守るのにどんな方法を採用するかは商売人次第だが、おおよそ傾向というものがある。荷馬車1台に護衛2人が一般的なのだ。1名では護衛に不安があり、3名以上では経済的に苦しくなる。なので、経験上大体2名に落ち着くのだった。


 改めて3枚目の羊皮紙を見ると、荷馬車を1台だけ保有している商売人が護衛を2人雇うとある。それならば、今までどうやっていたのか疑問があった。


 3枚目の契約書とにらめっこをしながらユウは唸る。


「雇い主の性格に問題があって前の護衛は辞めたのかな? それとも戦いで傷を負ったか死んじゃったか。いやでも、それならこの商売人だって無事じゃないよね」


 相手の背景が見えてこないことにユウは不安を覚えた。しかし、今選べる中ではこの3枚目が一番真っ当に見える。


 受付係と話をしていた冒険者がちょうど立ち去るところだった。次の冒険者が前に出るまでにユウは割り込む。


「僕、これの面接を受けます。紹介状ください」


「これ? わかりました。少し待ってください」


 要望を受けた受付係が羽ペンを掴むと一枚の小さな羊皮紙に何かを書き込んだ。その作業はすぐに終わり折りたたんで受付カウンターに置く。


「これが紹介状です。町の東門から延びている竜鱗の街道沿いに荷馬車1台だけの商売人がいますから、声をかけてこれを渡してください。依頼主はリベリオという名前です」


「わかりました。ところで、荷馬車が1台だけの人って多いですか?」


「そんなにはいないはずですよ。声をかけて回れるくらいのはずです」


 そんなものかと思ったユウはうなずくと受付カウンターを離れて建物から出た。


 夏真っ盛りの7月は灼熱の砂漠を越えたフロンサートの町近辺でも暑い。つばあり帽子と全身を覆える外套で直射日光は避けられているが、高い気温は避けられない。砂漠だと汗はすぐに蒸発したが、町の東に流れる竜血の川の影響で幾分か空気に湿り気があるこの辺りでは顔などにじんわりと滲む。


 教えられた通り竜鱗の街道に沿ってユウは歩いた。町の東門から遠ざかるほどに街道両脇に建つ店は減り、原っぱが目立つようになる。その中に荷馬車が1台だけの商売人もいた。


 何人かに声をかけた後、ユウはついに浅黒い肌の頭髪が禿げ上がった商売人に出会う。


「あなたがリベリオさんですか?」


「おう、そうだ! 誰だお前は?」


「冒険者のユウです。冒険者ギルドで護衛募集の依頼を見つけたんでやって来ました。これが紹介状です」


「やっと来たか! 待ってたんだぜ!」


 やたらと明るいリベリオにユウは戸惑った。今までにも明るい性格の商売人に出会ったことがあるが、リベリオはその上に押しが強うそうな感じの中年だ。


 手渡された紹介状をちらりと見るとリベリオはユウに告げる。


「よし、紹介状は本物だから問題ないな。明後日の日の出と共に出発するぞ。遅れるなよ」


「え? あの、面接は?」


「面接? 冒険者ギルドからの紹介状があって、お前も真っ当そうだから大丈夫だろ。なに、儂の人を見る目は結構しっかりしてるんだぜ?」


「そうなんですか。それともう1つ。もう1人の護衛はもう採用されているんですか?」


「いま検討中だ。なに、大丈夫だって! すぐに見つかるさ!」


 何とも大らかかつ行き当たりばったりな返答を聞いたユウは顔を引きつらせた。本来なら更に詳細を尋ねるべきなのだが、前日までの疲労でそこまで頭が回らない。


 話が終わったリベリオは荷馬車の後方に回って何か作業を始めた。ユウからすると紹介状を渡して挨拶をしたら採用された感じだ。


 声をかけようとしたユウだったが、時機を逸したことを悟るとその場を離れる。しかし、不安感はずっと残った。




 集合当日の早朝、ユウは二の鐘の音と共に起きて出発の準備を整えた。砂漠での肉体的な疲労は昨日の休暇である程度取り除き、精神的な疲労は久しぶりのまともな食事、ワイン、パン、肉入りスープ、ピザで癒やす。


 気力体力ともに回復したユウは日の出前の薄暗い街道を歩いていた。目指す荷馬車はすぐに見つかる。


「リベリオさん、おはようございます」


「お、来たな! それじゃ少し早いが出発するか!」


 朝から元気なリベリオが笑顔で御者台に乗り込んだ。今にも出発しそうな様子である。


 それを見たユウは目を見開いた。恐る恐る尋ねてみる。


「あの、もう1人の護衛はどこにいるんですか?」


「いないぞ。結局雇えなかったんだ。だからお前1人だ、ユウ!」


「ええ!? それで出発するんですか? いくら何でも危険ですよ」


「そんなことないって! どうせ盗賊なんて出やしないんだからな!」


「え? なんでそんなことがわかるんですか?」


「この辺りは人が少ないから物流も大したことがないんだ。だから盗賊になっても食っていけるほど儲からない。よって盗賊になるヤツなんていないのさ。貧民街でかっぱらいや物乞いをしてる方がよっぽど儲かるぜ」


「えぇ」


「ただし、獣や魔物がその分いるから冒険者の護衛が必須ってわけなんだ」


「そんなところに荷馬車1台で通る気ですか? せめて他の何人かの商売人と一緒に行動した方が」


「もちろんそうする。今回の仲間はもう少し先にいるんだ。今からそこに行くんだよ。だからさっさと後ろの荷台に乗れ」


 急かされたユウはそれ以上取り合ってくれそうにないリベリオを見てため息をついた。そのまま荷馬車の後方へ移って背嚢はいのうを載せ、自分も乗り込む。


「乗りました!」


「よし、それじゃ出発するぜ!」


 御者台のリベリオが馬を御して荷馬車を動かした。のんびりとした速度で薄暗い街道を東に進む。


 一旦動いた荷馬車はリベリオの言う通りすぐに停まった。ユウが幌の外を覗くとリベリオが何台か集まる荷馬車の元へと歩いているのが見える。さすがに顔見せはしないとまずいと悟ったユウは、荷台から降りると小走りでリベリオの元に近づいた。


 挨拶をしていたリベリオがユウに気付く。


「こいつはユウという名の冒険者で、今回儂の荷馬車の護衛をするヤツだ」


「ユウです。初めまして」


「1人だけなのか? もう1人は?」


「うまく見つかんなかったんだよ。でも時間は待っちゃくれないだろ? だから仕方なくこのまま出発するのさ」


 ユウの予想通り、リベリオは同行者から不安がられた。しかし、あくまでも大丈夫だと言い張って押し切る。


 その様子を見ていたユウも本当に大丈夫なのか不安感が更に強くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る