砂漠の東端の町

 竜鱗の山脈の南側では7月というと夏真っ盛りである。砂漠はもちろんのこと、平野部であっても暑い。


 それは、灼熱の砂漠の東端に位置するフロンサートの町でも同じだ。竜血の川という水量豊かな川のおかげで幾分か穏やかだが、完全に打ち消すにまでは至っていない。


 この町は灼熱の砂漠の東側に割拠する国々の玄関口だ。それは砂漠への入り口でもあるのだが、砂漠の西側の人々でもここまで来ることはそうない。


 三の刻の鐘が鳴る頃に、エドモンドの隊商は疲れ果てた様子でフロンサートの町に姿を現した。ユウはもちろんのこと、砂漠に慣れているはずのエドモンドとファビオさえも杖を突きそうな感じで歩いている。


「はぁひぃ、やっと、やっと着いたぞぉ」


 フロンサートの町の郊外でよろめきながらエドモンドが口を動かした。今にも倒れそうながらそれでも駱駝らくだの手綱を手放していない。


「兄ちゃん、今日はもう休もう。色々するのは明日にしようよ」


 珍しくファビオもかなりつらそうに歩いていた。普段ならかなり動き回ってもしばらくすれば平気そうにしているのに、今回ばかりはその足つきが頼りない。


「そうだな。そうしよう。足がもうダメだ。ユウ、色々あるが、明日にしようぜ」


 頑張って振り返ったエドモンドがユウに顔を向けた。対するユウは声を出さず、かろうじて縦に首を振るのみだ。歩いている動作で首を振っているのかと思えるほどそのうなずきは弱々しい。


 確認の取れたエドモンドは再び前を向いた。足を引きずるようにして前に出し、宿屋に向けて1歩ずつ進む。それにユウとファビオが続いた。以後、誰も口を開かない。


 こうしてこの日は3人とも早々に宿屋の寝台へと潜り込み、泥のように眠った。




 翌日、ユウたち3人は三の刻の鐘の音で目を覚ました。ユウなどは久しぶりに聞く鐘の音である。文明圏に戻って来たとさえ感じた。


 3人いることから1人ずつ宿の裏手に回って用を足し、戻って来ては朝食を食べる。


「そうだ忘れてたぜ。ユウ、今回の報酬だ」


「ありがとうございます。結構ありますね。全部銅貨ですか」


「商売の方で銀貨が必要なんだ。悪いな。ところで、砂漠を横断したわけだが、感想なんかはあるか?」


「疲れ果てて寝て起きたばかりですからまだないです。あんなに死にそうになるとは思いませんでした、っていうのが今のところの感想になるかなぁ」


「はは、そりゃオレも同じだ。あんな所に岩蜥蜴ロックリザードが大量に出てくるなんて思わないよなぁ」


「結局、イザッコさんは」


「どうなんだろうなぁ。反対側に逃げてたらあるいはとも思うが、身1つで砂漠をさまようってことになると、やっぱダメかな」


 それまで明るかったエドモンドの表情が暗くなった。しかし、それも長くは続かず、すぐに元の明るい表情に戻る。


「あいつのことは、これからぼちぼち探すとするさ。それより、オレとの契約はこれで終わったわけだが、ユウはこれからどうするんだ?」


「東に向かいますよ。少なくとも竜鱗の街道の端までは行くつもりです」


「かぁ! 先のなげぇ話だなぁ。行って何するつもりなんだよ?」


「別に何もしませんよ。いろんな所を見て回るっていうのが目的ですから。可能でしたら帰らずの森も見てきます」


「物好きなヤツだなぁ。あんな所に何かあるとは思えねぇんだが」


「まぁ見て帰るだけですから」


「ということはだ、これから先のカネについて教えておいた方がいいか」


「リーアランド通貨が通用するのなら知っていますよ。銅貨以上ですよね」


「そりゃそうなんだが、鉄貨については知ってるか?」


「え? 何かあるんですか?」


「あ、やっぱり知らねぇんだな。リーアランド王国だったら銅貨1枚で普通は鉄貨100枚になるだろ? ところが、こっから先は鉄貨50枚なんだよ」


「え、そうなんですか!?」


 エドモンドの話を聞いたユウは目を剥いた。国によって通貨が変化することには慣れていたが、まさか鉄貨の交換枚数が変化するとまでは考えが及ばなかったのだ。


 驚くユウを見てエドモンドは苦笑いする。


「ああ。この町も同じだぜ」


「どうりで宿代の釣り銭がおかしいと思ったんですよ。でも、なんでそんなことになっているんです?」


「さぁな。普段は銅貨以上しか使わねぇオレにゃわかんねぇ。ともかく、釣り銭でつまんねぇことにならねぇように気を付けるんだぞ」


「わかりました。ありがとうございます」


 重要な情報を聞いたユウは真剣な表情でうなずいた。


 2人が尚も今後の話をしていると、宿屋の裏手からファビオが戻って来る。


「ふぅすっきりした。兄ちゃん、オラこれから冒険者ギルドに行って、岩蜥蜴ロックリザードのことを話そうと思うんだけど、兄ちゃんはどうする?」


「だったらオレは荷物をさばきに行ってくるぜ」


「それなら、僕はファビオと一緒に冒険者ギルドに行きます。次の仕事を探したいんで」


「仕事熱心だな! 今日くらい休めばいいのによ!」


「それはお互い様でしょう、エドモンドさん。そちらは今から荷物をさばきに行くんですから」


「確かにそうだな、ははは!」


 楽しそうにエドモンドが大笑いした。そして、ひとしきり笑うと立ち上がる。


「よし、それじゃ行くか! ユウ、お前とはここでお別れだな。ありがとう、助かったぜ」


「僕もエドモンドさんと旅ができて楽しかったです。魔物に追われるのはもう勘弁ですけどね」


「そりゃそうだ! じゃぁな! ファビオ、そっちの用が済んだら好きにしていいぞ」


「わかった」


 言いたいことや言うべきことを言い終えたエドモンドは笑顔を浮かべて宿の大部屋を出て行った。




 村ではなく町であるフロンサートには城壁がある。つまり、壁の向こうには貴族や町民が住んでおり、城壁の周りには貧民街が広がっていた。ユウたちが利用した宿屋もそんな貧民街にある宿の1つだ。ユウとファビオはそこから冒険者ギルドへと向かう。


 町の北側にある冒険者ギルドは城外支所で、50レテム四方くらいの広さの平屋の建物だ。石材中心で造られた古めかしい建物である。


 2人が近づくにつれ割と人の出入りが多く見えた。ファビオを先頭に建物の中に入る。


「やっぱり村の冒険者ギルドより人が多いなぁ」


「あっちの受付カウンターの方が空いているみたいですよ」


「お、ほんとだ。並ぼう」


 行列のあまりできていないところへ並んだ2人はとりとめのない話をしながら順番を待った。前の冒険者たちの話が長引いたのか結構待たされてからようやく順番が巡ってくる。


「オラたち、下リヴァンクの村から隊商の護衛をしてここまでやって来たんですけど、ヒーテインの村とこの町の間に岩蜥蜴ロックリザードがたくさん出たことを話にきました」


「え、岩蜥蜴ロックリザードがたくさん? 本当ですか?」


 のんびりとした様子の男が怪訝そうに聞き返した。どこの冒険者ギルドでもそうだが、こういった与太話は多い。なので最初から本気にされることはまずなかった。余程信用か信頼されている冒険者でない限りは受付係の態度も冷たい。


 しかし、そんな与太話の中にもごくたまに事実が混じっているのだからたちが悪かった。信憑性なしとして切り捨てて後で事実だったことが発覚すると周囲から糾弾されてしまう。そこで、冒険者ギルド側はとりあえず耳を傾けて記録だけはした。その後の扱いはともかく、無碍にはしませんでしたという態度を示すためである。


 では今回はどうかなのだが、実のところ最初から割と本気でファビオの話に受付係は応じた。ヒーテインの村より先で魔物の大量発生が起きていたので、村の手前でもありえると判断したのである。また、ユウも含めて詳細に説明したことも信用を勝ち得た一因だ。与太話はいずれもふんわりとしたものでしかないからである。


 いずれにしても、ファビオの話は受け入れられた。事情聴取から解放されると受付カウンターから解放される。


「はぁ、話すのってやっぱり結構大変だなぁ。オラ苦手だ」


「僕もそんなに得意じゃないですよ。それでも知っていることは全部話せましたから、これでいいんじゃないですか?」


「そうだな。オラたち、やれることはやったよな」


 不安そうだったファビオがユウの言葉を聞いて肩の力を抜いた。顔にも笑顔が戻る。


「オラはこれから街をぶらつくけど、ユウはどうするんだ?」


「僕はまた列に並びます。東に行く隊商の護衛の仕事があるか確認したいんで」


「そっか。それじゃ、ここでお別れだな。ユウと出会えて良かったよ」


「うん、僕も。エドモンドをもう少し押さえられるようになってね」


「兄ちゃんをか。はは、そりゃ難しいなぁ」


 お互いに無理なことを知っているため、どちらも苦笑いした。そして、しばらく笑った後にファビオが踵を返して建物から出ていく。


 その姿を見えなくなるまでユウはその場で見送った。

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