最速を目指して(後)

 夕方、エドモンドとイザッコの隊商はヒーテインの村に到着した。討伐隊による魔物の大量駆除直後にもかかわらず、通常時と同じように9日間で踏破したのは優秀である。


 本来ならそのことを賞賛してしかるべきだが、今のユウはそんな気になれなかった。裏の事情を知ったからというのもあるが、それ以上に魔物の被害者となった商売人を保護したからである。


「う、ううっ!」


「おっさん、泣くなって。荷と駱駝らくだを失ったのは残念だけどよ、命があっただけめっけもんじゃねぇか。またやり直しゃいいんだよ」


 ユウの目の前では今、エドモンドが助けた中年の商売人を慰めていた。今日の昼前に魔物に追われているところを助けた被害者である。


 この商売人をユウは前に見かけたことがあった。前にエドモンドの隊商を追い抜いたときににやにやと笑っていた人物である。なのであまり同情していなかったが、エドモンドとイザッコが陥れた人物でもあるので心中複雑だった。


 駱駝の手綱を握っているファビオへとユウが顔を向けると微妙な表情をしている。やはり色々と思うところはあるらしいと推測した。


 すべてを失った商売人と別れたエドモンドがユウとファビオの元へ戻って来る。


「いやー大変だったね! ああはなりたくねぇよな」


「随分と切り替えが早いですね。さっきはあんなに泣きそうな顔をしていたのに」


「気持ちを素早く切り替えられるってことは大切だぜ。いつまでも引きずってちゃ先のことができなくなるからな」


「それはそうですけど」


「んなことより、これでようやく一区切りついたな! 明日は休みなしでそのまま出ちまうから、休めるのは今晩だけだ。今のうちにパァっと羽を伸ばしておけよ!」


 1人明るくエドモンドが喋っていると、イザッコの隊商から1人の男が小走りでやって来た。今晩久しぶりに一緒に飲もうという誘いである。それにエドモンドが喜んでうなずいた。


 去って行く男から目を離したエドモンドがユウとファビオに声をかける。


「ということで、オレはイザッコと飲んでくるぜ。お前たちはついてくるか?」


「オラ、駱駝を繋いで荷物番をしねぇといけねぇから」


「ああそうだ、それはあっちの連中が一緒に面倒見てくれるそうだぜ。だから気にすんな」


「ほんとか? だったら一緒にいく」


「ユウはどうする?」


「宿で先に寝てます。今回は歩くだけで済みましたけど、足の裏の疲れを取りたいんで」


 返事に嘘はないが、ユウは本心も語っていなかった。この数日間で何体もの駱駝と何人もの人の遺体を見てきたが、いずれも前に自分たちを追い抜いて行った隊商のものである。更には先程の助けた人の姿も見て、商売人、特にイザッコが好きになれなくなったのだ。そんな状態で同席しても居づらいだけなので遠慮したのである。


「そっか。仕事優先だしな。しっかり休んでおいてくれよ。じゃ、いこうぜ、ファビオ!」


「わかった。ユウ、それじゃ後で」


 兄弟2人が並んで離れて行くのを見送ったユウは足先を変えて歩き始めた。




 翌朝、ユウは隊商の駱駝の前でエドモンドとファビオの2人と落ち合った。ファビオが松明たいまつを掲げている。


「エドモンドさん、ファビオ、おはようございます」


「お、来たな! もうちょいしたら出発するそうだぜ」


「ユウ、足の裏の疲れは取れたか?」


「うん、大体取れたよ。いくらか残ってるけど、もうしばらくの我慢だから辛抱するよ」


「そうだ、今日からオレたちが先頭を歩くってことは覚えてるだろうな?」


「覚えていますよ。ヒーテインの村まではイザッコの隊商が先頭で、そこからはエドモンドさんの隊商が先頭っていう約束ですよね。危険を分かち合う、でしたっけ?」


「その通りだ! とは言っても、これから先は今までのような危険はほとんどないだろうから、オレの方が楽をさせてもらってんだけどな!」


 嬉しそうに喋るエドモンドの話を聞いてユウは首を傾げた。頭に浮かんだ疑問を投げかけてみる。


「あの、これから先もまだ灼熱の砂漠が続きますけど、本当に危険は小さいんですか?」


「ああ、間違いないぜ。何しろ色々と聞き回ったからな。魔物が大量に湧いたのは下リヴァンクの村とヒーテインの村の間で、こっからフロンサートの町までは今のところ確認されてねぇんだ」


「それと、前に僕たちを追い抜いた隊商で無事なところって、あとどのくらい残っているんです?」


「たぶんもういないだろうってイザッコも言ってたな。だからこれからは本当にオレたちが先頭になるんだよ!」


 嬉しそうに話すエドモンドを見ながらユウは若干嫌な顔をした。あまりにもイザッコを信用しすぎているような気がしたからだ。しかし、言っても仕方のないことなので黙る。


 日の出前、ある程度周囲が明るくなるとユウたちの隊商はヒーテインの村を出発した。エドモンドの言う通り、ユウたちが先頭を歩く。


 話によればこの辺りはいつも通りということなので、それが事実ならばどちらが先頭であっても問題にはならない。ただそれでも、ユウの脳裏からあの助けた商売人の姿が離れなかった。小さく首を振っては振り払おうとする。


 ヒーテインの村を出て初日は砂蚯蚓サンドウォームと遭遇した。全長10レテム程度のこの種では中型の魔物である。


 地面から飛び出してきたそれの初撃を躱すとエドモンドが叫ぶ。


「ユウ、駱駝を頼む! ファビオ、やるぞ!」


「わかった、兄ちゃん!」


 兄弟同士の方が連係しやすいため、ユウは魔物によっては駱駝の退避を任された。すぐに手綱を引っぱってイザッコの隊商のいる所まで戻る。すると、護衛は武器を手にしてはいるものの、エドモンドとファビオを手助けするそぶりは見せない。


 不思議に思ったユウは近くにいたイザッコの護衛に話しかける。


「あの、こういうときってエドモンドさんとファビオを助けに行かないんですか?」


「指示が出てないからな。お前こそ、雇われてるんだろ? 行かなくていいのか」


「僕まで行くと、駱駝の面倒を見る人がいないですから」


「ならお互い様だろ。お前もそこで見物しとけばいい。うまくいけば、その駱駝と荷が丸々手に入るかもしれないぞ?」


 目を見開いたユウがその護衛の男の顔を見た。当人は冗談のつもりかもしれないが、ユウには全然笑えない。やっぱりイザッコとその隊商は好きになれないなという思いを強くした。




 村を出発して3日目には砂蠍サンドスコーピオンが2匹現れた。以前の悪夢の再来である。駱駝担当を付けていてはじり貧になるので、このときは街道の脇に2頭を放って3人で魔物に当たった。


 雄叫びを上げながらエドモンドが砂蠍サンドスコーピオン1匹を引きつける。


「うおぉぉぉ! お前らさっさとそいつを片付けろぉ!」


 その近くではユウが正面で囮として砂蠍サンドスコーピオンを引きつけていた。ファビオが脚の関節を狙って1つずつ潰していく。以前よりも慣れた様子で動き回っていた。


 その最中、わずかな合間を縫ってユウはちらりとイザッコの隊商へと目を向ける。見物しているのかと確認してみたのだが、あちらも何やら騒がしくなっていた。気になるところではあったものの、目の前の魔物を優先しないといけないので当面は忘れる。


 ようやく砂蠍サンドスコーピオン1匹を行動不能に陥れてから、ユウとファビオはエドモンドと交代した。さすがに何度か繰り返して戦っていると連携もうまくできるようになり、より短時間で砂蠍サンドスコーピオンを動けなくする。


「ふぅ、やっと終わった」


「そうだな。もうこれ以上は勘弁してほしいんだが、なんだ?」


 魔物を排除した安心感から体の力を抜いたファビオは、イザッコの隊商の下働きの男が目の前を走って横切っていくのを見て呆然とした。


 それはユウも同じで、すぐにイザッコの隊商がいるはずの後方へと顔を向ける。すると、砂の色と似たような肌を持つ蜥蜴とかげの群れが隊商を襲っていた。


 2人がぼんやりとその光景を見ていると、横から駱駝を引き連れてきたエドモンドが急かしてくる。


「おい2人とも! 逃げるぞ!」


「エドモンドさん、でもあれ」


「バカヤロウ! ありゃ岩蜥蜴ロックリザードだ! あんな数相手にできるもんか! 食い殺されるのがオチだぞ!? 急げ!」


 そう言うとエドモンドは駱駝を引っぱって竜鱗の街道を駆け始めた。その間にもイザッコの隊商の何人かが2人の周りを走り抜けていく。


 既にイザッコの隊商で立っている駱駝はいなかった。ときおり人の悲鳴が聞こえるということは、犠牲になった者もいるのだろう。


 1匹の岩蜥蜴ロックリザードがユウたちに向かって走ってきた。その動きは速くないがじっとしていると捕まってしまうだろう。


 このときになってようやくユウとファビオは我に返った。全力でエドモンドの後を追う。戦闘の余韻など完全に消し飛んでいた。


 この後、ユウたちは力のある限り走り続ける。ここまで本気になって走ったのは本当に久しぶりだった。

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