最速を目指して(前)

 冒険者ギルドでユウがエドモンドたちと再会して10日が過ぎる。竜鱗の街道に湧いた魔物が駆除されるのを待ってフロンサートの町へ行くエドモンドの隊商を護衛することになったが、さすがにこれだけ待たされるとはユウも予想外だった。


 待っている間にユウは数少ない自分の準備を整えていた。それでもほとんどの時間は空いてしまうのだが、あまりの暑さに最低限の素振りをするだけという体たらくである。


 エドモンドの駱駝らくだが木陰でのんびり座っている横で、ユウは木の幹にもたれてだらけていた。そのユウから心情が漏れる。


「あ~まだなのかなぁ」


「もうそろそろ戻って来るっていう話だよな。イザッコさんに呼ばれたから、何かあったのかもしれねぇ」


 木の幹の反対側からファビオの声が返ってきた。ユウと同じように座っているがこちらはだらけていない。


「イザッコさんってエドモンドさんの友達だって聞きましたけど、そうなんですか?」


「うん、小さい頃からの遊び友達だった。兄ちゃんとイザッコはいつもみんなを連れ回していたな。ただ、兄ちゃんはおっちょこちょいだから、いつもイザッコに助けられてたけど」


「確かにいつも誰かに助けられていそうですよね」


 弟であるファビオの話にユウは小さく笑った。数日前に1度会ったイザッコの姿を思い出す。優しそうな目をしているイザッコは世話好きという話を後で聞いたことで、エドモンドを世話するイザッコの姿を想像しやすかった。


 そこまで考えてユウはファビオに尋ねる。


「エドモンドさんは今回イザッコさんと一緒に組むことになったって言ってましたけど、もしかしてイザッコさんに話を持ちかけられたんですか?」


「どうもそうらしい。兄ちゃんは竜汗の川に沿って商売をしてるから、普段はフロンサートの町にはいかねぇんだ」


「へぇ、川沿いの方が儲かるからですか?」


「ううん、川沿いよりも砂漠越えの方が儲かる。けど、兄ちゃんは駱駝を2頭しか持ってねぇから、儲けが低くても安全な商売をしてたんだ。駱駝を失うと商売できねぇから」


「なのに今回の仕事をするんですか?」


「正直オラは不安だけど、駱駝を増やしたらもっと儲かる商売ができるってはりきってんだ」


「護衛の数をいくらでも増やせるわけじゃないですからね」


「そうなんだよなぁ。イザッコみたいに駱駝を10頭持ってたらたくさん雇えるんだけど、兄ちゃんはあんなに商売上手じゃねぇし」


「何事もなければっていうのは今回無理そうだけど、せめて無事に砂漠を越えたいですよね」


「オラもそう思う」


 川から吹いてくる緩やかな風を受けた2人はそれきり黙った。わずかに湿り気を帯びたそよ風が気持ちいい。


 2人が気だるい午後を過ごしていると、男が大股歩きで近寄ってきた。エドモンドだ。大きな声で話しかけてくる。


「来たぞ来たぞ、やっと来た! 明日の朝に出発するから気合い入れとけよ!」


 起き上がってエドモンドを見たユウとファビオは顔を見合わせた。ついにこのときがきたのだ。ユウは大きく背伸びした。




 人の考えることは結局似たり寄ったりになるものなのかもしれない。出発当日の朝、下リヴァンクの村を出発したフロンサートの町へ向かう隊商の数は結構な数になった。その多数の隊商は今、竜汗の川の手前で列をなしている。対岸へ渡らないとフロンサートの町へ進めないのだ。


 一の刻あたりで出発の準備を整えたエドモンドとイザッコの隊商は月明かりを利用して船渡し場で待機し、渡し守が活動を始めると同時に川の東岸へと渡った。


 薄暗い道らしき場所を駱駝と共に歩くユウが竜汗の川を振り返る。


「後ろに結構な数の駱駝が並んでいましたね。なかなか圧巻でした」


「まぁな。オレもあんな数をいっぺんに見たのは久しぶりだぜ」


「けど、まさか真夜中に起こされるとは思いませんでしたよ。それならあらかじめ言ってくれればよかったのに」


「お前がさっさと寝てたから言えなかったんだよ。どうせ充分寝られるんだろうし、オレが起こしゃいいだろって思ったのさ」


「それにしても、川を渡るところで引っかかるって盲点でしたね」


「まったくだ。船の数は限られてんだから、いっぺんに隊商が寄ってきたら対岸に送るのに時間がかかるのは考えてみりゃ当たり前なんだよな。そこをちゃんと押さえて実行するとはさすがイザッコだぜ!」


 まだ手にしていない儲けを夢見ているエドモンドが嬉しそうに友人を称えた。それを微妙な表情のユウとファビオが見る。


 事前に説明された内容をユウは思い返していた。魔物が多数現れていたのは下リヴァンクの村からヒーテインの村までの間で、ほとんどの魔物は駆除できたらしい。しかし、完全ではないため、一応往来はできるが危険はいつもより高いということだった。


 何度思い返しても不安が拭えないユウはエドモンドに尋ねる。


「エドモンドさん、やっぱり先頭を進むのは危険すぎませんか? 一番早く進むのが一番儲かるとしても、途中で魔物にやられたら元も子もありませんよ?」


「大丈夫だって! その辺もちゃんと考えてあるからよ! とにかく、オレとイザッコの言う通りにするんだぜ」


 やけに自信のある態度で言い返されたユウは黙った。


 下リヴァンクの村を出発して最初の3日間は何事もなく進む。村を出てすぐ竜汗の川沿いに南下する箇所なので、元々危険の少ない地域なのだ。しかし、川から離れて砂漠の中に入ると途端に危険度が跳ね上がる。


 ちょうど川から離れる直前で前を進むイザッコの駱駝が止まった。そして、すべての駱駝を座らせていく。まだ昼休みには早い時間だ。


 イザッコの隊商が止まったことでエドモンドの隊商も止まった。前方の様子を不思議そうに見ていたユウがエドモンドに顔を向ける。


「イザッコさんの隊商、どうしちゃったんですか?」


「荷物をくくり付けてた紐が緩んだんじゃねぇかな」


「ええ? それじゃ結び直すのに時間がかかっちゃうんじゃ。せっかく先頭で進んでいるのに」


「なに、大丈夫だって。紐が緩んだことになってる・・・・・・・だけだからよ。ちょうどいい頃合いに直し終えるだろうさ」


 面白そうに話すエドモンドにユウは怪訝な表情を向けた。何がやりたいのかわからないでいる。


 不思議に思いつつもユウたちがその場で待っていると、後続の隊商がいくつか通り過ぎていった。中にはユウたちににやにやと笑いかける者もいたが、エドモンドは気にした様子もない。


 やがてイザッコの駱駝が立ち上がって再び歩き始めた。結局、早めの昼食を食べるくらいの時間を潰したことになる。


 その日は四方を細かい砂の山に囲まれた場所で野営した。隊商2つの集団で20人程度もいるので夜の見張り番も1日1度で済むのがありがたい。そして翌日、いよいよ本格的に灼熱の砂漠の中を進む。


 いつ魔物が出てもおかしくない場所を歩くユウは緊張していたが、進む両脇に魔物の死骸をたまに見かけては目を見張った。デソアの村と上リヴァンクの村の間でも割と魔物に襲われたが、ここで目にする死骸の数の方が段違いに多い。


「こんなにたくさん出てくるんだ。夜明けの森の間引き期間みたいだなぁ。あれ?」


 かつての記憶を引き出しながら周囲を眺めていたユウは、荷物を背負ったままの駱駝が倒れていることに気付いた。食われた跡があり、損傷がひどい。また、別の場所では駱駝だけでなく人間の一部も砂の上に転がっていた。


 空が朱くなり始めた頃、野営のために止まる少し前にユウはエドモンドに問いかける。


「エドモンドさん、今日見かけた駱駝の死体なんですけど、あれってもしかして僕たちを追い抜いた人たちのものですか?」


「そうだ。倒れてた駱駝が背負ってた荷物の1つをオレは見かけたことがあるからな。間違いないぞ」


「もしかしてエドモンドさんは、こうなることがわかってたんですか?」


「予想はしてた。討伐し損ねた魔物や騒ぎを聞きつけてやって来たヤツに襲われる可能性が高いからな」


「それがわかっていて先頭を行こうとしてたんですか?」


「最初っから本当の意味での先頭を進む気なんてなかったぜ。最初の3日間先頭を進んだのは、先行させる隊商の数を調整するためなんだ。討ち漏らしの魔物の露払いを他の隊商にさせたいが、多すぎても少なすぎても困るだろ? だから、ちょうどいい数になるよう調整しやすい先頭を選んだってわけさ。ま、全部イザッコの受け売りなんだけどな!」


 肩をすくめておどけて見せたエドモンドが笑った。そのとき、前を歩くイザッコの隊商が止まる。


 話を聞いたユウは唖然とした。他人を蹴落とすという表現があるが、正にそのものをエドモンドとイザッコはやったのだ。そんなことをしてまでして儲けたいのかと思う。


 商売人とは恐ろしいとユウは強く感じた。

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