別れたはずが再雇用

 備えていないときは問題が起きて苦労するのに、いざ備えるとまったく問題が起きないということがある。今のエドモンドが正にその状態だった。


 夕方、下リヴァンクの村に入ったエドモンドはため息をつく。


「あ~あ、結局ユウを雇う必要なんてなかったじゃねぇか」


「何言ってんだ兄ちゃん、また魔物に襲われたら今度こそ殺されてたかもしれねぇだろ」


「それはそうなんだけどよぉ」


 情けない声を出すエドモンドは弟のファビオに諭されて肩を落とした。それを見ていたユウは力なく笑う。


 村の端にある宿屋の前で止まるとエドモンドが振り返った。そして、ユウを手招きする。


「さて、この村までって話だったからここでおしまいにしようか。砂蠍サンドスコーピオンに襲われてるところを助けてくれてありがとう。あれはマジで助かったよ」


「1匹だけだったら2人でも倒せたんでしょうけどね」


「そーなんだ! 2匹も出てくるから! まぁそれはいい。ともかくだ、約束は約束だ。報酬は支払う。ほら」


「確かに。僕も助かりましたよ。仕事なしでここまで歩くとなると、保存食と水を買う費用が馬鹿にならないんで」


「砂漠じゃ生きるために必要な物は何でも高いからな」


「それじゃ僕は行きます。新しい護衛が見つかるといいですね」


「そうだな。また探してみるよ」


 肩をすくめるエドモンドに別れの挨拶を伝えたユウは宿屋に足を向けた。いつもならまず酒場か食事処に向かうのだが、砂漠を出るまで食事は保存食で済ませることにしたのだ。砂漠の村の店はどこも高い上に粗末だからである。


 翌日、二度寝三度寝を経て昼近くに起きたユウは準備を済ませて宿を出た。向かうは冒険者ギルドだ。道すがら人に尋ねながら30レテム四方くらいの広さの平屋の建物を発見する。石材中心で造られていて古めかしく砂埃で汚れているが人の出入りは多い。


 建物の中にユウが入ると、受付カウンターの奥では数人の受付係が忙しそうに冒険者に対応しているのが見えた。


 列のうちの1つに並び待っているとやがてユウの番が回ってくる。


「あの、フロンサートの町までの隊商護衛の仕事はありますか。僕は1人なんで1人でも構わないというところがいいんですけど」


「あーそっちはなぁ、最近ちょっと問題が発生して通行止めになってるんだわ。実はヒーテインの村までの間に魔物がたくさん出るようになっちまってよ、みんな立ち往生してるんだ」


「なんでそんなにたくさん魔物が出るようになったんですか?」


「わかんねぇ。何年かにいっぺんこんなことが起きるんだ。先日討伐隊を送り込んだんだが、まだどうなったかわかんねぇ。だからしばらく通行禁止だな」


「それじゃ、このギルド内にいる人は一体?」


「フロンサートの町とヒーテインの村までの護衛にあぶれちまった連中だよ。インデサの町の隊商護衛がまだ少しあったんだが、それも今じゃ取り合いだな」


「えぇ」


 思わぬ話を聞いたユウは肩を落とした。一体いつまで足止めされるのかがわからなくて立ち眩みしそうだ。報酬が入ったばかりの今はまだ余裕があるものの、銅貨単位で支払いをする村にいてはすぐに所持金はなくなってしまう。


 仕事がないのならば冒険者ギルドにいても仕方ない。ユウは受付カウンターから離れた。完全に手詰まりでどうしたものかと頭を抱える。


 建物の出入り口へと向かうユウは考え事で頭がいっぱいだったが、ふと聞き覚えのある声を耳にしたような気がした。立ち止まると周囲を見渡す。


「あれ? エドモンドにファビオ?」


 少し離れた場所に昨日別れた2人の姿をユウは認めた。しかし、それだけだ。今は関係ないと目を離す。ところが、その直後に自分を呼ぶ声を耳にした。振り向くとエドモンドが手を振って近づいてくる。


「よう! なーに深刻そうな顔してんだよ!」


「実際ちょっと深刻なんで困っているんですよ。エドモンドさんは何の用でここに来たんですか?」


「オレは冒険者を雇いに来たんだよ。昨日言ったろ、また探すって。ユウは何で困ってるんだ?」


「フロンサートの町へ向かう街道上に魔物が大量発生したようで、今通行禁止になっているそうなんですよ。ですから、護衛の仕事がないだけじゃなくて、進むことすらできずにいるんです」


「そういやお前、砂漠越えをするんだったよな。へぇ、そりゃ大変だ。ん?」


「兄ちゃん、ちょうどいいんじゃねぇか?」


 首を傾げたエドモンドに弟のファビオが問いかけた。それを聞いた兄の方が更に首を傾げる。そして、目を見開いた。


「そうだ、そうだよ! ちょうどいいじゃないか! でかしたファビオ! ユウ、話があるんだ、ちょっと聞いてくれ!」


「いきなりどうしたんです?」


「実はな、オレたちもフロンサートの町まで行くことになったんだよ。それで、また護衛を引き受けてほしいんだ」


「あれ? 上リヴァンクの村へ戻るんじゃなかったんですか?」


「いや最初はそのつもりだったんだけどよ、今朝知り合いと話をしてちょっとした儲け話を聞いて気を変えたんだ。うまくいけばいつもの倍以上の利益が、おっと、これは秘密だった。今のは聞かなかったことにしてくれ」


 前と変わりなく喋りまくるエドモンドから横に立っているファビオへとユウは目を向けた。口は開かなかったが若干困った表情だ。


 怪しむユウの様子を気にすることなくエドモンドは喋り続ける。


「でだ、詳しい話はここじゃ言えねぇが、とにかく護衛が1人ほしいんだ」


「僕としては嬉しいけど、フロンサートの町までの街道は通行禁止ですよ?」


「わかってる。だから、ぎりぎりを見計らって出発するのさ」


 得意そうに笑うエドモンドの言葉に不安を感じるユウだったが、早く先に進みたいというのは同じだった。通行禁止が解除されてから仕事を探すことを考えたとき、直後は他の冒険者も殺到するはずなので間違いなく混乱するだろう。場合によってはしばらく護衛の仕事を受けられないかもしれない。


「わかりました。それじゃ引き受けます」


「よっしゃ! そうこなくちゃな! それじゃ今から酒場に行こうぜ! 細かい打ち合わせをしようじゃねぇか」


 嬉しそうにユウの肩を叩くエドモンドが踵を返して冒険者ギルドの建物から出た。ファビオがそれに続き、最後にユウが後を追う。


 一直線にエドモンドが向かったのは汚れた白い壁の石造りの店舗だった。それまでの村の酒場で良い印象のなかったユウは、似たような感じの店内を見て少し失望する。しかし、賑わっているのを意外そうに見た。


 ほぼ埋まっている丸テーブルの中から空きを見つけたエドモンドは真っ先に座る。そして、2人に席を勧めながら給仕に酒を注文した。


 最後に着席したユウも同じく酒を注文するとエドモンドに顔を向ける。


「それで、細かい打ち合わせって何ですか? 契約の内容とか?」


「それもある。が、契約は前と同じでいいだろう。あれが普通だしな。それよりも、出発するときの時期について話しておきたいんだ」


「出発の時期? 通行禁止が解除されてすぐですよね? ぎりぎりなんですから」


「甘いな。それじゃ他の連中と同じだろ。大して儲けられねぇよ」


「もしかして、明日いきなり出発するとかですか?」


「まぁ落ち着けって。ほら、酒が来たぜ」


 給仕が持ってきた陶器製のジョッキをユウも1つ掴んだ。口を付けると薄いワインの味がする。


「実はよ、討伐隊の連中が村に帰ってきて姿を現したのを見たらすぐに出発するんだよ。普通は帰ってきた連中が冒険者ギルドに報告してから通行禁止解除の通告を発表を聞いてからなんだが、更にその先を行こうってわけだ」


「そんなことをして冒険者ギルドに睨まれません?」


「オレたちゃ商売人だから本来は冒険者ギルドの言うことを聞く必要はないんだよ。商人ギルドならともかくな。ファビオとユウは冒険者だが、オレに雇われてるんだからオレの指示に従ったって言えばいい」


「でも、危険じゃないですか?」


「危険さ。でもだからこそ儲かる。それに、どのみち通行禁止が解除されて一番乗りするヤツが引き受けるはずの危険なんだぜ。結局は誰がやるかって話でしかねぇよ」


「ファビオはそれでいいんですか?」


「兄ちゃん一度言ったら聞かねぇから」


「あぁ」


「ともかくだ、他の誰よりも早くフロンサートの町へたどり着いて荷をさばけば、値上がりした状態で売れるって寸法だ。どうだい、完璧だろう?」


 喋り終えたエドモンドは旨そうに陶器製のジョッキを傾けた。ファビオもそれに倣う。


 危険をどうするのかという観点が抜けているように思えたユウは不安に思った。ただ、早く先に進みたいのならばある程度の危険は仕方ないのは事実である。


 いかに儲かるかということを熱心に語るエドモンドを見ながら、嫌な感じがどうしても拭えないユウだった。

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