ケチるとろくなことがない

 決断した翌朝、ユウは上リヴァンクの村の南側に立っている。まだ日の出前の薄暗い時間に宿を出て、村の端で駱駝らくだが出ていくのを待っていた。


 準備は前日に済ませており、今は背嚢はいのうを背負うだけでいつでも出発できる。あとは駱駝を引っぱる商売人が村から出てくるのを待つだけだ。


 改めて薄暗い周囲を見渡すユウは何人かの自分と同じ目的らしき人を見つける。行商人はまだしも、こんな砂漠のど真ん中に旅人がいることに目を見開いた。


 次第に明るくなっていく中で、やがて駱駝2頭を引っぱって歩く商売人がやって来る。つばあり帽子に全身を覆える外套は同じだが、浅黒い肌に愛嬌のある顔だ。歩くと揺れる外套の隙間から硬革鎧ハードレザーの一部や曲刀の鞘の先が見える。次いでその後ろを浅黒く無骨な顔の男が歩いていた。雰囲気から護衛だとすぐにわかる。


 商売人が目の前を通り過ぎるとユウは背嚢を背負った。しかし、距離が開くまでしばらく待つ。


 一方、旅人や行商人は次々と駱駝2頭の隊商の後を追いかけて歩き始めた。しかも駱駝のすぐ後ろである。


「あれはいくら何でも近すぎない?」


 それを見たユウは眉をひそめた。後を付けられる隊商側にだって我慢の限度はある。あまり露骨に過ぎると追い払われかねない。


 遅れて隊商と徒歩の集団を眺めているとやはり一悶着あった。ユウが距離を詰めすぎないように立ち止まって見ていると、護衛の男に徒歩の集団が追い払われる。抗議している人もいたが、護衛の男は相手にしていない様子だ。


 再び駱駝が動き始める。護衛の男は足止めのためかしばらくじっとしていたが、そのうち踵を返して小走りで商売人へと向かった。徒歩の集団はその後に続く。


 上リヴァンクの村を出発した日にあった出来事はこれだけだった。その後は夕方まで何事もなく竜涙の川に沿って進み、野宿をする。


 その日の夜、ユウはどこで休むかで少し悩んだ。徒歩の集団の人々を好きになれなかったからである。


 ただ、街道上で1人だけで眠るのは危険が大きい。そこで、街道から砂漠側に外れて野宿する人々に対して、ユウは反対側の川近くの河原で横になった。灼熱の砂漠の魔物についてはよく聞くが、竜涙の川の中に魔物がいるとは聞かないからである。


 ごつい石の上で眠るのはきついが、深く眠れないのは周囲を警戒できて逆に良いとユウは思い込んだ。うつらうつらとしては痛みで起きることを繰り返し、その度にため息をつく。


 翌朝、目覚めたユウは跳ね起きた。既に日は昇り周囲は明るい。立ち上がって周囲を見回したが誰もいなかった。顔をしかめてため息をつく。


「しまった、寝過ごした!」


 走って追いかけるのは愚策だが、じっとしているのも良策だとユウには思えなかった。しばらく考え込んで、荷物から取り出した干し肉を咥えて背嚢を背負う。


「どうせ1人なら進むか」


 咥えた干し肉を噛み切って咀嚼しながらユウはいつも通りに竜鱗の街道を歩き始めた。先に行った人々と合流できれば幸いだが、その辺りはあまり期待しないでおく。


 諦めの境地にひたってユウが歩いていると、はるか先に人影が見えてきた。下リヴァンクの村から北上してきた隊商かと最初は思えたそれは、近づくと例の徒歩の集団だと判明する。追いつくにしてもまだずっと先のはずなので首を傾げた。


 近づくにつれてその徒歩の集団は立ち止まっていることに気付く。ますます理由がわからないユウだったが、その先で何が起きているのか知って納得した。隊商が魔物と戦っているのだ。相手は砂蠍サンドスコーピオン2匹である。


 ようやく徒歩の集団に合流したユウも先で起きている戦いを眺めた。駱駝は河原へと逃がされているが、何しろ人間2人に魔物2匹である。商売人も曲刀を持って戦えているのは大したものだが、徐々に追い詰められていく。


「あれ、まずいんじゃないかな」


「あんな連中くたばっちまえばいいんだ!」


 独り言に反応されたユウは声のした方へと顔を向けた。荷物を背負った行商人で顔をゆがめて笑っている。更によく見れば、他の旅人などの多くが今喋った行商人に賛同する表情を浮かべていた。


 眉をひそめたユウが自分の独り言に反応した行商人に問いかける。


「あの人たち、死んじゃった方がいいんですか?」


「昨日、邪魔だからってオラたちを追い払ったヤツなんてどうなろうが知ったこっちゃねぇ。いい気味だ!」


「でも、あの人たちが死ぬとあの魔物はこっちに来ますよ?」


 当然の推測をぶつけると商売人の顔から笑顔が消えた。次いで不安な顔になる。周りにいる人々も同じだ。


 この人たちは駄目だとユウは思った。一緒にいてもろくなことはない。


 行商人から目を離したユウは竜鱗の街道を歩き始めた。少しずつ戦いの場へと近づいて行く。避けられる戦いは避けるべきだが、避けられない戦いはやるしかない。


 ある程度歩くと戦っている商売人がユウに気付いた。声をかけてくる。


「おい、そこのあんた! 手伝ってくれ!」


「なんで2人だけしかいないんですか? せめてあと1人雇えばもっと楽に戦えるのに」


「その話は後だ!」


「それじゃ、僕を雇ってくれるってことでいいんですね?」


「うぉっ!? わかった! 雇う! 雇うから! っぶねぇ!」


 行商人の叫びを聞いたユウは槌矛メイスを右手で握りしめると駆け出した。そして、行商人ではなくもう1人の護衛に加勢する。


「僕が正面で引きつけますから、横からあいつの脚の関節を潰してください」


「わかった」


「おい、なんでオレの方じゃねぇんだよ!?」


「こっちの人の方が強そうだから早くやっつけられると思ったからですよ。とりあえず早いとこ魔物1匹を動けなくしないといけないでしょう?」


「ちくしょー!」


 行商人の咆哮を聞き流しながら、ユウは正面の砂蠍サンドスコーピオンの攻撃を躱し受け流していた。背嚢が肩に食い込み足場も悪いが、戦い方を知っている相手なので立ち向かえている。


 砂蠍サンドスコーピオンの敵意をユウが引き受けることで自由に動けるようになった護衛の男は、魔物の側面に回って脚の関節を徹底的に狙った。1度目と2度目は失敗したが3度目は成功し、以後は左側の足をすべて潰して砂蠍サンドスコーピオンが動けなくする。


 1匹を行動不能に追い込めると後は難しくなかった。もう1匹は3人で取り囲んで動けないように足を潰す。1人増えただけで形勢は完全に逆転した。


 まだもぞもぞと動く砂蠍サンドスコーピオンから離れ、駱駝2頭が待つ場所へと移った3人は一息つく。


「いやー、助かった! まさか2匹同時に襲われるとは思わなかったぜ! オレはエドモンド、見ての通り商売人さ。こっちはファビオ、オレの護衛をしてる弟だ」


「へぇ、兄弟で隊商をしているんですか。僕はユウです。旅をしている冒険者です」


「冒険者が旅を? 珍しいねぇ。どこから来たんだ?」


「ずっと西の方です。リーアランド王国から銀竜の高原を越えて西の端ですよ。なんだかんだでここまで5ヵ月かかっているんですよねぇ」


「そりゃすげぇな! 想像できねえや。しかしさっきの戦いっぷり、さすが冒険者だけあって慣れてたな。あの蠍野郎と前に戦ったことでもあるのか?」


「エントラサートの町から上リヴァンクの村まで隊商の護衛をしていました。そのときに戦ったことがあります」


「そっかぁ、なるほどなぁ」


「で、さっきの約束覚えていますよね。僕を雇ってくれるって。下リヴァンクの村まででいいですから」


「え? あ、うーん」


 先程まで勢いよく喋っていたエドモンドは急に言葉を濁した。ユウも簡単には受け入れてもらえるとは思っていなかったので説得にかかろうとする。


 ところが、ファビオが口を挟んできた。驚いた2人が護衛の男に顔を向ける。


「兄ちゃん、ユウを雇おうよ。やっぱりオラ1人じゃ無理だ。護衛は2人いるって」


「いや、うーん」


「銭を節約すんのは当たり前だと思うけどケチるとろくなことがねぇ。今まで何度も痛い目に遭ったじゃねぇか。今回は死にかけたし」


「まぁ、な」


「それにユウは、昨日追い払った連中の中にはいなかったよ」


「なに? そうなのか?」


「オラ、あいつらの顔みんな見たもん。ユウは後から追いついてきたか、もっと離れて歩いてたんだよ」


「ユウ、実際のところはどうなんだ?」


「離れて歩いていましたよ。近すぎるとまずいって知ってましたから」


「ほらな! こういうまともなヤツなら雇っても大丈夫だって!」


「しょーがねぇなぁ」


「ありがとう、ファビオ」


「いいよ、オラも1人はきついしな」


 仲良くなったユウとファビオを見たエドモンドは複雑な表情を浮かべた。しかし、確かに護衛が不足していたのは確かなのだ。最後にはため息をついて諦める。


 自力で歩いて下リヴァンクの村に向かおうとしていたユウは思わぬ幸運に喜んだ。これで安全と睡眠が確保できる。助けた甲斐があるというものだった。

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