砂漠の手前の町

 リーアランド王国は全体が乾燥ぎみであるが、特に王国の東端では南と東からは砂漠が迫っている。そのため、国を挙げてこの進行を食い止めるために日々土地の緑化や開墾が行われていた。


 エントラサートの町はその事業のための拠点であり、灼熱の砂漠の入り口でもある。東西に延びる竜鱗の街道には今日も町に出入りする人々が見受けられた。日差し以外にも砂埃避けにつばあり帽子と全身を覆える外套を目深に身に付けている。


 そんな重要な町にユウは1人でたどり着いた。前を走る荷馬車はもちろん、同じ徒歩の旅人も同行していない。


「やっと、着いた」


 息も絶え絶えといった様子のユウは竜鱗の街道のど真ん中で立ち止まった。遠方に見えるエントラサートの町の城壁をぼんやりと眺める。本来なら往来の邪魔だが、人通りが少ないので問題になっていない。


 実は追い剥ぎだった同行者を殺した後、ユウは1人で竜鱗の街道を東へと歩いた。あんなことがあった後では他人を信用できず、1人の方がましだと判断したのだ。いつ裏切られるかわからないという不安から逃れるという意味では悪くない選択である。


 しかし、今度はいつ獣や魔物に襲われるかわからないという危険と正面切って向き合うことになってしまった。特に夜はまともに眠れず、昼間歩きながら睡魔と戦うという厄介な戦いを演じることになる。


 ただ、次の隊商と徒歩の集団がやってくるまでずっと原っぱで待ち続けるのも危険だ。そこでどうせ同じ危険なら前に進もうとユウは決断したわけである。そのため、日増しに睡眠不足が強くなり、宿駅で1泊しても完全に疲れが取れなくなっていた。


 既に膝から下の感覚があまりないユウは、ふらつく足を何とか交互に前へ出して前に進む。


「休むなら宿で休むなら宿で休む」


 繰り返しつぶやきながらユウは歩いた。やるべき事はあるが、まずは寝ることが最優先事項だ。


 重い足を引きずりながら何とか宿にたどり着いたユウは、宿代を支払うとすぐに寝台で眠った。普段ならまず食事に気を向けるのだが、このときは全身の疲労、特に膝から下の疲れがひどかったので食事どころではなかったのだ。


 翌日目が覚めたのは四の鐘が鳴ったときだった。さすがにこんなことはユウ自身にも初めてのことだったので本人も目を丸くする。


 宿屋の親父もこれには呆れていた。近くまで寝台の掃除を済ませるとユウに声をかける。


「ゆっくりお休みになったようですね」


「はい。お金は払いますからもう一晩泊めてください」


「そりゃいいですが、まずは掃除を」


「それじゃおやすみなさい」


「ちょ、ちょっとまだ寝るのか!? せめて掃除をさせてくれよ!」


 予想外の反応に慌てた宿屋の親父はユウを揺り起こして立たせた。寝台の横でぼんやりと立つユウを見た親父は慌てて寝台を掃除する。終わると引っぱるようにして元の寝台に寝かせた。


 結局この日は丸1日寝て過ごす。飲食は夕方に干し肉と水袋の薄いワインを少しという珍しい小食っぷりだった。




 丸1日眠った翌朝、今度はさすがにユウもしっかりと目が覚めた。さすがに何もせずに寝っぱなしだったおかげで体から疲労はほとんど抜けている。


 まだ足の裏がじんわりと疲れているのを気にしつつも、ユウは用意を調えると宿を出た。2日前とはまるで違って体は快調だ。そして、出す物も出した今、とても空腹である。


「とりあえず干し肉を食べたから、これで昼までは何とか保つはず。今日の昼は豪華にしよう」


 昼食の予定を決めたユウはゆっくりと歩き始めた。最初の仕事は冒険者ギルドがどこにあるか探すことだ。道すがら人に尋ねてエントラサートの町の西側から東側へと回る。


 教えられた通り向かうと、町から少し離れた竜鱗の街道沿いにその建物はあった。50レテム四方くらいの広さの平屋の建物で石材中心で造られている。外見は古めかしく砂埃で汚れているが人の出入りは多い。


「おお、なんか賑わっている? アドヴェント以来初めてじゃないのかな」


 想像よりも盛況な様子を見てユウは目を丸くした。しかし同時に、これなら仕事もあるのではと期待する。


 冒険者ギルド城外支所の建物内に入ると、たくさんの冒険者が往来していた。受付カウンターにも受付係が何人も座っており、そこに冒険者たちが並んでいる。


 ある意味待ち望んでいた光景を目にしたユウは感動した。今まではどこの町でも傭兵が幅を利かせていたので、まるで故郷に戻ってきたかのような気さえする。


 しばらくじっと室内の様子を眺めていたユウだったが、往来の邪魔だと睨まれて我に返った。見学しに来たわけでも懐かしみに来たわけでもない。


 一番短い列に並んだユウは自分の番になると受付係の男に尋ねる。


「あの、荷馬車を1台か2台持っている商売人が出している護衛の依頼はありませんか?」


「デソア行きか上リヴァンク行きかどっちだ?」


「デソアと上リヴァンクってどこです?」


「マジか。そういや兄ちゃん、いや坊主か? お前見ない顔だな」


「2日前にここに着いたばかりなんです。ここだと隊商か荷馬車の護衛の仕事があるって聞いたんで来ました」


「確かに護衛の仕事はあるが、砂漠越えだってことはわかってんのか?」


「はい、それは聞いています」


 訝しげな受付係の問いかけにユウはうなずいた。実際は砂漠を見たことがないので聞いただけなのだが、面倒なことになるのは確実なので黙っている。


「念のために証明板を見せてくれ。冒険者なら持ってるだろ?」


「はい、ちょっと待ってください。えっと、これですね」


「なんで荷物の奥にしまってんだ。あーこれは、アドヴェント? どこだそりゃ?」


「竜鱗の山脈の北側で、なおかつ西の端の町です。ここからですと、リーアの町から北に向かって銀竜の高原を越えて、そこから西へコンフォレス王国とウェスポー共和国を通って」


「あーわかったもういい。とんでもなく遠いところから来たってのはわかった。証明板も本物っぽいし、冒険者だってことは認めてやる」


「それで、デソアと上リヴァンクというのは?」


「村の名前だよデソアは灼熱の砂漠にあるオアシスで、上リヴァンクは竜汗の川沿いにある町だよ。上リヴァンクの方が遠い」


「でしたら、上リヴァンクの村までの護衛をしたいです」


「砂漠での護衛だと盗賊は出ない代わりに魔物が出てくるが、大丈夫か?」


「魔物なら故郷で散々殺してきていますから大丈夫ですよ」


「まぁそう言うんならいいか。お前、字は読めるか?」


「読めますよ。依頼書があるんでしたら見せてください」


「おー、口でいちいち説明しなくてもいいのは楽だな!」


 嬉しそうに受付係が羊皮紙を4枚取り出して受付カウンターの上に置いた。


 差し出された依頼書を1枚ずつ見たユウは受付係に顔を向ける。


「今まで隊商や荷馬車の護衛をしたことはあるんですけど、砂漠だと荷馬車の数が多い方が守りやすいですか? それとも少ない方がいいですか?」


「砂漠で荷馬車は使わんよ。使ったら一発で砂に埋もれちまう。砂漠の商売人は駱駝らくだを使って荷物を運ぶんだよ。平地の馬みたいなもんだ。どんな生き物かは実際に見た方が早いぞ」


「なるほど」


「それと、お前の場合は砂漠越えが初めてなんだから駱駝が何頭だなんて考えても意味はない。それより、初心者でも受け入れてくれるところに潜り混むべきだ」


「それってどれになるんです?」


「うーん、そうだなぁ。この中だと、これにしとけ。ウーゴのところだ。護衛のアダーモとカルロも面倒を見てくれるはず」


「そうなんですか。でしたらその面接を受けに行きます」


「わかった。だったら紹介状を書いてやる。あと場所はここから」


 今までで一番積極的に仕事をしてくれる受付係にユウは指示を受けた。流れるように手続きが済んだので逆に驚く。


 冒険者ギルド城外支所の建物から出たユウは、用意してもらった紹介状を手に竜鱗の街道を東へと歩いた。少し行くと開けた場所が現れ、駱駝の姿を目にする。


「え? 馬じゃない? 背中にこぶがある? 何あの生き物?」


 初めて見る生き物にユウは目を見開いた。胴体があり、4本脚が伸び、首と頭があるという意味では馬と同じだが、見た目は結構違う。何より、背中に大きなこぶが2つあるのが印象的だった。


 その辺の草を食んでいたり、のそりと歩いていたりとしているのを見て、ユウは割と気ままに生きているような印象を受ける。この生き物がどうやって過酷だと言われる砂漠を越えるのか想像がつかない。


 初めて見る生き物に目を奪われていたユウだったが、やがて自分の目的を思い出す。いつまでも眺めているわけにはいかない。護衛の仕事ができればいつでも見られる。


 紹介状を握り直したユウは教えられた場所を目指して再び足を動かした。

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