旅の道連れは胡散臭い奴らばかり(後)

 隊商が盗賊に襲われた翌朝、ユウは戦いのあった場所へと近づいた。そこにはまともな物は何もなく、昨日まで生きていた人々も等しく散乱している。


 盗賊に襲われた者たちがどうなるかはユウも知っていたが、さすがに全滅するところは初めて見た。その衝撃もあって襲撃現場の中で呆然とする。


 そこに誰かが近づいてくる足音がユウの耳に届いた。竜鱗の街道のむき出しの地面ではなく、原っぱの草を踏みしめる音だ。


 背嚢はいのうを背負ったユウがゆっくりと音のする方へと顔を向ける。


「あなたは、オレステと一緒にいた」


「おや、私のことをご存じなんですか?」


「サンドロさん、でしたよね。2日目から僕たちの集団に加わって、オレステとよく喋っていましたよね」


「ええそうです! そのサンドロです! いや本当にあの方はよく喋りましたよね」


 浅黒く人なつっこい顔に笑みを浮かべたサンドロが会釈した。背には大きな荷物を背負っている。


 その出で立ちを見たユウは眉をひそめた。その疑問を口にする。


「サンドロさんって、僕たちに合流したときは大きな荷物なんて背負ってませんでしたよね? それに、その荷物ってオレステのものなんじゃないですか?」


「その通りです。私がオレステさんから託されたんですよ」


「託された? そういえばオレステの姿が見えないですけど、どこにいるんですか?」


「それが、言いにくいことなんですが、昨晩盗賊が襲ってきたときに殺されてしまったんですよ」


「オレステもですか」


「はい。他の皆さんと一緒に眠っているところをいきなり襲われて、最初は何とか盗賊の刃を躱してオレステさんと一緒に逃げたんですが、相手は馬に乗っていたじゃないですか。それで追いつかれてしまって」


 理由を聞いたユウは目を見開いた。昨晩見ていたサンドロの行動と話の内容が違う。オレステは盗賊が襲撃する前に集団を離れていたから襲われていないはずだった。


 どうしてそんな見え透いた嘘をつくのかとユウは怪しんだが、心当たりに気付く。サンドロはユウが最初に集団を離れたことを知っているのだ。そして、高い確率でその後の集団の顛末を知らないと思っている。


「でも、サンドロさんは無事だったんですね」


「そうなんです。荷物を担いだオレステさんは私よりも後ろを走っていまして、それで山賊に追いつかれて殺されたんですよ。恥ずかしながら、私はそのとき自分のことで精一杯でそのまま逃げてしまったんです。後になって戻って来ると、オレステさんは虫の息で、死ぬ間際にこの荷物を故郷の村に届けてほしいと私に託して亡くなられました」


 これはかなり危険だとユウは身震いした。百歩譲って2人が盗賊に襲われたことが事実だとしても、盗賊がオレステの荷物に手を付けなかったなんて話は信じられない。それでは盗賊稼業をする意味がないからだ。


 警戒の度合いを高めるユウに構わずサンドロは更に喋る。


「それにしても、本当に痛ましいことです。何も悪いことしていない人たちから命まで奪うなんて。あなたはよく無事でしたね。えっと、お名前は」


「ユウです。昨日夕飯を食べた後に集団から離れたんですよ」


「それはまたどうして? まさか盗賊が襲ってくることを知っていたんですか?」


「いえ、実はオレステとはちょっとした事情で仲違いしていたんです。それで、どうしても我慢できなくなって昨日の夜は別のところで眠ることにしたんですよ」


「あんないい人と仲違いを。それはともかく、これからどうなさるんですか?」


「僕はこのままエントラサートの町まで行きます。今更引き返しても危険なのは変わりませんし」


「そうですか。ではご一緒させてもらえませんか? さすがに昨日の今日で一人旅をする気にもなれませんから」


「それは構わないですけど。その荷物をオレステの故郷に持っていくんですよね?」


「ええ。エントラサート近くの宿駅でグレンペースの町へ向かう隊商が来るのを待つつもりです。その方が安全でしょうから」


 本来なら今すぐにでも離れたいとユウは思っていたが、断る理由がなくなったので諦めた。こうなるともう腹をくくるしかない。


 その後、ユウはサンドロと並んで竜鱗の街道を歩いた。最初は色々と話しかけてきたサンドロだったが、ユウの反応が悪いと見ると言葉数が少なくなり、ついには黙る。


 夕方、適当な場所で腰を下ろしたユウとサンドロは食事を静かに済ませた。日没直前、それまで黙っていたサンドロが話しかけてくる。


「ユウ、夜の見張り番はどうしますか?」


「鐘の音1つ分で交代して見張りましょう」


「いいですね。では、私が先に見張りますのでユウは寝てもらっていいですよ」


「わかりました。それでは」


 人なつっこい笑顔を向けられたユウは疲れた笑みを浮かべてうなずいた。そして、横倒しにした背嚢を枕にして全身を覆える外套を被り、目をつむる。全身の力を抜き、寝息を立てる。


 体感でかなりの時間が経過したようにユウは思った。たまに本当に寝かかってしまうが、何とか意識を浮き上がらせる。ここで本当に眠るわけにはいかない。


 ユウが睡魔と戦っていると、足音が近づいて来た。脇で止まると跪く音が耳に入る。外套の下で体がわずかに緊張した。


 小馬鹿にした口調が聞こえる。


「今回はツイてるぜ」


 小さな物音が聞こえた途端にユウはサンドロめがけて外套を投げつけた。同時に転がってその場を離れ、右手に槌矛メイス、左手に悪臭玉を握る。


 外套を振り払ったサンドロは飛び退いてダガーを構えた。月明かりの下、あの人なつっこい顔は凶相に変わっている。


「チッ、気付かれたか。随分と勘がいいじゃねぇか」


「あれだけでたらめなことを言われたら嫌でも気付くよ」


「あれでも結構みんな引っかかってくれるんだぜ? いつから気付いてたんだ?」


「盗賊の襲撃後に話をしたときだよ。前の晩、盗賊に襲われる前にあんたがオレステと2人で集団から抜けたのを僕は見ていたんだ。なのに、盗賊に襲われたって嘘をついたよね」


「てめぇ、先に離れていたのに! 隠れて見てやがったのか! やっぱり盗賊が来ることを知ってやがったな!」


「それに、オレステの荷物を引き取った理由もおかしいよ。盗賊が殺した相手の荷物を奪わないなんてありえないと思わない?」


「チッ」


「それに、オレステの故郷は港町だってあいつ自身が言ってたじゃないか。なんで村なんて言い換えたの?」


「ああもう! やっぱその場しのぎはダメだったか!」


「あと最後に、今朝会った場所は周りに死体がたくさんあったのに、あんたはまったく気が動転していなかったよね。冒険者の僕でも動揺していたのに、普通の旅人がまったく気にしないなんて不自然だよ」


 気付いた点をすべて言い切ったユウは、サンドロの顔に怒りの表情が湧いてくるのを見た。しかし、すぐにその顔が無表情に変化したのを見て目を見開く。


「まぁいい。こっからはいつも通りだ。てめぇを殺して全部いただくぜ」


 言い終わるとサンドロは順手に持ったダガーでユウを突いてきた。かなり速い。


 右手に持った槌矛メイスでユウはそれをはじいた。当たりが弱かったことから、サンドロが逆らわずに手を引っ込めたことを知る。今度はユウが槌矛メイスで突いた。同時に握ったままの左手で目を庇う。直後、左手に土や砂が当たった。


 視界が大きく制限されたユウは後退する。元いた場所にダガーの切っ先が突き込まれた。更に追ってくるサンドロの胸の辺りに左手の悪臭玉を軽く投げる。


 避けきれなかったサンドロの胸元で悪臭玉が破裂した。ハラシュ草の粉末が広がる。


「ぐぁ! なんだこりゃ!? げはっ!」


「あああ!」


 あまりの悪臭に身もだえしたサンドロに向かってユウは大きく踏み込んだ。手加減せずに槌矛メイスを全力で相手の頭に叩き込む。鈍い手応えが右手に伝わった。


 地面に膝を突いたサンドロの焦点は合っていない。頭から血を流し、口元を震わせている。ダガーは右手から離れていた。


 一撃で勝負がついたことを知ったユウは、とどめを刺すべく再び槌矛メイスをサンドロの頭に振り込んだ。それでサンドロの体は地面に倒れる。まったく反応はない。


「はぁはぁ」


 たった今殺した相手を見ながらユウは荒い息を繰り返した。追い剥ぎだった者を殺したことに罪悪感はなかったが、さすがに死体を前にすると気分は良くない。


 目を逸らしたユウはわずかに気が楽になったが、その先にオレステの荷物があった。もはや所有者のいなくなったそれを呆然と眺める。


「どうしよう」


 自分の荷物もあるのですべてを持っていくわけにはいかなかった。そもそも届けるべき先もわからない。そうなるとやれることは限られてくる。ただ、わかってはいても体が動かない。


 月明かりに照らされたユウは、息が整った後もずっとその場所で立ち続けた。

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