旅の道連れは胡散臭い奴らばかり(前)

 水浴びと服の洗濯をした翌日、ユウはグレンペースの町の東門近くにいた。竜鱗の街道ここから東へと延びているのだが、町の目の前には竜涙の川が悠然と流れている。


「そっか、船賃がいるんだった」


 川を越えることをすっかり失念していたユウは、目の前の船着場で船が往来しているのを呆然と見ていた。もちろん船を使うのには料金がかかる。1人リーアランド銀貨1枚だ。


 予想外の手痛い出費にユウは顔をしかめた。震える手で銀貨を船頭に渡す。


 船に乗ることを許可されたユウは桟橋から船に乗り込んだ。荷馬車を乗せる中型船ではなく、人だけを乗せる小型船である。10人以上が乗り込んでようやく桟橋を離れた。


 船には何度か乗ったことがあるユウだが、自分で料金を支払うのは今回が初めてである。いつもは特に感慨もなく船に乗っていたが、自分で支払って初めてその重みを知った。


 対岸へはそれほど時間をかけずに到着する。桟橋から船に渡し板が架けられると、最寄りの客から順に船を下りていった。わずかに揺れる船の上を歩いて板に足をかけたユウはそのまま桟橋へと移る。


 その先には再び竜鱗の街道が東へと延びていた。隊商の荷馬車は数が揃うとすぐに出発していく。


 旅人や行商人の徒歩組はそんな隊商の後に続いた。しかし、その人数は多くない。船賃を払える人々はそう多くないのだ。


 待っていても仕方ないのでユウもすぐに隊商の後を追う。船に一緒に乗っていた人々の大半が同じように後に続いた。その数は20人もいない。


「今度は1人なんだよね」


 前を見ながら歩いているユウは何気なくつぶやいた。周りに人はいるが赤の他人ばかりなので、今回が本当の意味での一人旅である。


 何とも言えない微妙な気持ちに陥ったユウだが、何気なく周囲を見たときに見知った顔を見つけた。浅黒い肌にやる気に満ちた顔をしている行商人オレステである。


「え?」


「ちっ」


 ちょうどユウの方へと顔を向けたオレステと目が合って舌打ちをされた。すぐに別の方へと顔を背けて以後無視される。


 気分の悪くなったユウはため息をついた。かつて商売の邪魔をしたのは確かだが、別に悪いことをしたわけではない。それならばとユウも関わらないことにする。


 出だしで不快な思いをしたユウだったが、旅の方は悪くなかった。初日は予定通り宿駅に着いて1泊する。


 翌朝、隊商が出発する前に徒歩の集団は宿駅の前に出ていた。隊商の出発を見逃さないためである。このときに人数が増減したり顔ぶれが変わったりすることは珍しくない。ユウも見たことのある顔が見えなくなって、知らない顔が増えているのに気付いていた。


 そんな中、オレステが機嫌良く話をしているのを見つける。相手は今朝初めて見る浅黒くて人なつっこい顔だ。商売柄声の大きいオレステが遠慮なく話すので、ユウは顔を背けても耳にその声が入ってくる。


「いやぁ、あなたのように商売というものをわかっている方とご一緒できるのは、嬉しい限りですよ。仕事柄、1人で旅をすることが多いのでね」


「1人だと心細いですよね。ですから、こうやってお互い助け合うべきだと思うんです」


「おっしゃる通りです! 私としても非常に助かりますよ。今回は竜涙の川の東側の村々を回って稼ぐつもりなんです」


「それは素晴らしいですね。この辺りはまだ開拓中の村も多いらしいじゃないですか。きっとオレステさんを喜んで迎え入れてくれると思いますよ」


「私もそう思ってます。ここで村の方々の役に立ち、私は儲けてやりますよ。そしていつか、故郷の港町で店を開くんです」


「素晴らしい! オレステさんならきっと成功しますよ」


「ありがとう、サンドロさん!」


 会話は隊商が出発して歩き始めても終わらなかった。余程嬉しいのかオレステの口は止まらない。


 嫌われている相手の話を延々と聞かされるのも面白くないので、ユウはオレステたちから離れた。あの2人が先頭近くを歩いているので最後尾へと下がる。かなり声が聞こえにくくなった。


 3日目の夜、ここからはいよいよ野宿だ。街道から少し離れた平原に人々は固まって座り、思い思いに過ごす。


 ユウも固まっている人々の端に荷物を下ろして座った。日没が迫る中、干し肉と水袋で夕食を済ませて早々に横になる。


「これ、冬って凍え死なないのかな?」


 背嚢はいのうを脇に置いて全身を覆える外套で身を包んだユウは首をかしげた。南方辺境の冬がどの程度なのか知らないが少なくとも寒いはずだ。外套1枚で野ざらしで野宿をして平気でいる自信がない。


 日が没するとさすがにオレステの喋りは終わった。というより、他の旅人から怒られて黙ったのである。


 静かになったところでユウは昼間のことを思い出した。前に盗賊に襲われたことがあったが、そのときは前日に馬に乗った盗賊が様子を窺いに来ていたのを目撃している。実はこの日も同様に遠方からこちらの様子を窺う馬に乗った者を見かけたのだ。


 たまに聞こえる他人のささやき声を耳にしながらユウはつぶやく。


「たぶん、明日来るんだろうな」


 定期的に様子を見る者を街道近くに送り込んで、獲物を見つけたら翌日襲撃するというやり方なのだろうとユウは予想した。そうなると、今晩はまだ安全だということになる。獣が襲ってくる可能性があるので熟睡はできないが。


 このユウの考えは正しかったようで、一夜明けても何もなかった。疲れが充分に癒えないまま目覚めたユウは眠そうに背伸びをする。それから朝食を取り、用を済ませて出発に備えた。


 昼間は前日と変わりなく、同じように歩き、脱落者が出ることもなく夕方を迎える。ここまでは今まで通りと変わりない。


 相変わらず喋りまくっているオレステが日没と共に静かになると、夕食を済ませたユウが立ち上がった。欠けつつあるがまだ充分に丸い月の明かりの下、背嚢を背負って集団から離れる。


 かなり大回りをして隊商の前方へと移ると、ユウは原っぱに座った。今回は文字通り1人なので本当に油断できない。


 隊商を通り越して徒歩の集団が腰を下ろしている所へとユウが目を向けると、その集団から離れる2人を見つけた。原っぱの奥の方へと向かっている。


「あの荷物は、オレステ? ということは、もう1人はサンドロだっけ。もしかして、2人も馬に乗った人に気付いた?」


 徐々に集団から離れて行く2人にユウは目を向けた。気付ける人なら気付くのであの2人もそうなのだろうと納得する。特にオレステは前のときに忠告したことを覚えている可能性があった。なので避難してもおかしくはない。


 ただ、気になることがあるとすれば、いくら何でも離れすぎというくらい2人は平原の奥へと歩いていた。あまり離れすぎると今度は獣に襲われる危険が上がる。この点が不思議だった。


 やがて再び隊商と徒歩の集団へと顔を向ける。最初は特に異常はなかった。たまに目をつむって意識をまどろませる。何度か目覚められなくなりかけたりもしたが、とりあえず警戒を続けた。


 すると、夜半にかつて以上の騒ぎが始まる。盗賊が来襲してきたのだ。


 意識を覚醒させたユウは背嚢を横倒しにし、自分も原っぱに寝そべる。


 今回の盗賊は数が多く、20人以上が馬に乗ってやって来た。そして、前回とは異なり、徒歩の集団だけでなく隊商も襲っている。


「うわ、あれ防げるのかな?」


 寝そべりながらも戦いの様子を眺めるユウは独りごちた。隊商側は護衛が迎え撃っているが、盗賊の数が多くて隊商関係者に被害が出ている。一方、ユウが同行していた徒歩の集団は一方的に蹂躙されていた。


 荷馬車の辺りで一進一退の攻防が続いているのを見ながらユウはため息をついた。町から町へと徒歩で旅するのは今回で2回目だが、どちらも盗賊に襲われている。まるで狙われているかのようだ。あまりの運の悪さに気落ちする。


 それでも彼方で繰り広げられる戦いを見ていると大きく状況が動いた。徒歩の集団を蹂躙していた盗賊が加勢したことで隊商側が不利になったのだ。護衛が1人また1人と殺されていくと、ある時期から一気に形勢が傾いた。その後は一方的である。


「うそ、本当に負けちゃうの?」


 ユウの見ている前で、降伏することも許されず隊商関係者が全員殺された。それを確認すると盗賊たちは喜びの雄叫びを上げる。しばらくの間は殺した人間からの略奪に勤しんだ後、馬ごと荷馬車を率いて平地の彼方へと去った。


 最後まで襲撃の様子を見ていたユウは呆然としたままである。話に聞いていた盗賊の略奪を目の当たりにして衝撃を受けたのだ。今までよく撃退できていたものだと他人事のように過去を振り返りもした。


 硬直して動けなかったユウはうつむく。しばらく動けそうにない。なので、今晩はこのまま眠ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る