あの集団の出会いと別れ
リーアの町を出発してから9日後、夕方になってユウたちはグレンペースの町にたどり着いた。先を進んでいた隊商の荷馬車は郊外の原っぱに逸れて停まる。
竜鱗の街道の先に見える町の城壁を見たユウは大きなため息をついた。そして、半ば呆然としながら立ち止まる。
「やっと町に着いた」
「本当にねぇ。一時はもうここまでだと思ったものだけど、何とかたどり着けたねぇ」
「今まで旅をしていて、町の姿を見てこんなに安心したのは初めてですよ」
「それは良かったじゃないか」
「いや本当に良かったです。今までは荷馬車の護衛をして町から町へと通り過ぎていましたけど、歩くとこんなに大変なんですね」
「身を守る手段が俺たちにはないから、その分大変なんだよ。とはいうものの、実際に盗賊に襲われたのは今回が初めてなんだけど」
「オレステが盗賊をこっちに連れてくるから! ってあれ? オレステは?」
「いつの間にかいなくなってるね。まぁ隊商の後を着いていく集団なんてこんなものだよ。何となく集まって用が済んだら霧のように消えるのさ」
「はぁ、一言言ってやりたかったんだけどな」
「それは次に会ったときにしたらいいよ。それにしても、足がもう棒のようだ」
「あー、僕もです。どこかで休みたいですね」
かなり鍛えていると自分の体に自信を持っていたユウだったが、この9日間の歩き旅で足の裏がかなり麻痺していた。戦ったときとはまた違うじんわりとした疲労が地味にきつい。寝台で横になればすぐに眠れる自信が今ならある。
そんなとりとめのないことを考えていたユウだったが、少しぼんやりとしすぎていた。何度かマウロに呼ばれる。
「ユウ、ユウ? おい、大丈夫かい?」
「え? ええ。すみません。ぼんやりとしていたようです。で、何ですか?」
「持ってもらってた荷物の一部を返してもらいたいってさっきから言ってたんだよ」
「ああ、わかりました。でも、もう少し町に近づいてからでもいいですよ?」
「それじゃ往来の邪魔になるからここで済ませてしまいたいんだ」
「なるほど、わかりました」
納得したユウは
「これで全部のはずですが、ありますか?」
「そうだね。全部あるよ。それじゃこっちに詰め込まなきゃね」
預かってもらっていた道具をマウロが自分の背嚢へと詰め込んでいった。その手際はゆっくりとしたものだが同時に丁寧でもある。
「これでよし。それじゃ、そろそろお別れだね」
「そうですね。色々と教えてもらってありがとございました」
「なに、あれくらいだったら構わないさ。ユウはこれから灼熱の砂漠を越えるんだよね。ということはエントラサートの町へ行くんだ」
「はい。かなり厳しい環境なんですよね、砂漠って」
「ああ、この辺りなんて比較にならないくらいにね。危険な魔物もたくさんいるらしい」
「となると、僕みたいな冒険者にも仕事はありそうですね」
「割に合うとは思えないんだけどねぇ。まぁ、それが冒険者だっていうのなら仕方ないよ」
「はい」
「ああそうだ忘れるところだった。この町の東側に竜涙の川が流れてるよ。体と服を洗いたいんだったら、岸で洗えるんじゃないかな」
「本当ですか! やった! 砂漠越えの前に色々ときれいにしておきます!」
「そんなに喜ぶとは思わなかったよ。まぁ、気を付けてね」
「はい、本当にありがとうございました!」
「それじゃ、俺はそろそろ行くよ。ユウの旅先に幸運がありますように」
荷物を背負ったマウロが最後に笑顔で伝えると町に向かって歩き出した。足取りは意外にしっかりとしており、やがて雑踏の中に姿が消える。
最後まで見送ったユウはため息をついた。色々と大変だった歩き旅だが、マウロと一緒に旅ができたおかげで楽しくなったと強く思う。
自分も背嚢を背負ったユウはこれからどうするか考えた。とりあえず体と服を洗うのは明日だ。冒険者ギルドで仕事を探す気にも今はなれない。そうなると残るは1つ。
「何か食べよう。思い出したらお腹が空いてきた」
旅の間は保存食中心だったユウは今こそ町ならではの物を食べたいと強烈に感じた。一旦そう思うともういても立ってもいられない。すぐに町に向かって歩き始めた。
そろそろ膝から下の疲労が本当に強くなってきた頃に、ユウは1軒の白い壁の石造の店に入った。全体的に薄汚れており、見た目の印象はあまり良くない。
一瞬失敗したかと思ったユウだったが、もはや引き返す気力もないので奥のカウンター席の横に背嚢を置くと座る。
足の疲労がじんわりと広がる感覚にユウが耐えていると、脇に給仕がやって来た。のろのろとそちらへ顔を向ける。
「ワインとパンとスープとチーズをください」
「パンとスープとチーズには色々あるけど、何にする?」
「え? パンとスープにも色々あるんですか?」
「そりゃもちろん!」
尋ねられた給仕は嬉しそうに説明を始めた。パンは20種類程度、スープは4種類、チーズは30種類くらいと告げられる。
すべての名前を一通り耳にしたユウだったが、疲労も相まって全然覚えられない。というより、名前と実物が一致しないので何が何だかさっぱりわからなかった。
とりあえず何か食べたかったユウは、パンを2種類、野菜や肉など多数の具があるごった煮スープ、チーズを1種類、そして牛を具材に選んだピザを頼んだ。もちろんピザ以外は自分が何を頼んだのかは実際に料理が出てくるまでわからない。
すぐに届けられた木製のジョッキとチーズを目の前にしたユウは、すぐにジョッキを傾けた。喉が渇いていたので猛烈に旨い。
「はあぁぁ! 生き返るぅ!」
半分ほど飲んだ後、ユウは大きな息を吐き出した。それまでも水袋からちびちびと飲んでいたが、そんな生命維持のための水分補給では得られない、もっと大切な喜びが胃を中心に全身へと広がっていく。正しく、この1杯のために生きているのだ。
しばらく木製のジョッキを握りしめて固まっていたユウは、目の前にチーズがあることに気付く。何と言う名前かは忘れたが、固めのチーズで口の中でとろけるやつだ。一口囓る。乳製品の甘くまろやかな味が口の中に広がった。その幸せをしばらく楽しむ。
次いでスープがやって来た。具だくさんというだけあって確かにスープのあちこちから具材が顔を覗かせている。木の匙ですくってそれを口に入れた。チーズに変わってスープの味が広がる。溶けた野菜と肉汁が絡んだ絶妙な味だ。いつの間にか置かれていたパンを手に取り、ちぎってスープにひたす。口の中に入れるとすぐに溶けた。
再び木製のジョッキを手にしたユウは口を付ける。ここで空になった。ピザを持ってきた給仕に顔を向ける。
「ワインをもう1杯ください」
「はいはい」
適当に受け流すような感じで返事をした給仕を尻目にユウは次の品のピザを目にした。ナイフを取り出して切り取り、湯気の湧き上がる一片を囓る。最初に感じたのは熱さだが、これはできたてのピザならどれも同じだ。次いでチーズの濃厚なとろみ、そして、牛肉の弾力が舌をひたす。羊のように癖はなく、豚の脂とはまた違った食感が旨い。
熱さに苦労しながらもユウは一口ずつピザを食べていく。途中で給仕から差し出された木製のジョッキを手にするとたまに口の中をワインで冷やし、再び食べた。
ユウの目の前にはパン、スープ、チーズ、ピザが揃い、手にはワインが手に握られている。あの9日間の旅では考えられなかったごちそうだ。これを好きにできることが今は何よりの幸せである。
「あ、マウロさんと一緒に食べれば良かったな」
一息ついたところでユウは今更ながらに気付いた。すぐ別れなくても、こうやって食べ明かした後でも遅くはなかったはずだ。もう2度と会うことがないのなら尚のこと。
しかし、そうではないことをすぐに思い出す。
「何となく集まって用が済んだら霧のように消える、だったっけ」
言葉だけ受け取ると何とも寂しい感じがした。しかし、改めて最初から思い返してみると、これで正しかったように思えてくる。
マウロに声をかけた理由など、もう思い出せないくらい大したことのない理由だった。あの集団に加わったのも理由なんてない。
「そっか、出会いからして本当に何となくだったもんな、だったら別れもあれでいいのか」
振り返ってみれば、ユウも実にあの集団らしい出会いをしていたのだ。ならば、マウロとの別れはあれで良かったのだろう。今ならそう思える。
気持ちがすっきりとしたユウは目の前の料理に顔を向ける。もうあの旅は終わったのだ。今考えるべきは、いかにこの料理を楽しむかである。
すっかり胃が落ち着いたユウは再び料理に手を伸ばした。
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