徒歩での旅(中)

 表面上、隊商の後をついていく旅はうまくいっていた。リーアの町を出発して3日目に続き4日目も何事もなく竜鱗の街道を進む。


 5日目ともなるとユウは旅にすっかり慣れていた。隊商の護衛という集団に属していない不安はあるものの、周囲を眺める心の余裕は持てるようになる。


「マウロさん、昨日と一昨日で2回薪を使ったんで荷物が軽くなったと思うんですが、どうですか?」


「確かに軽くなったよ。それに、保存食も減ってるしね。ただ、温かい食事が食べられるのは今夜で最後なのが残念かな」


「薪がもうありませんしね。周りは平地で木がないですから薪拾いもできないですし」


「まぁ、次の町までお預けかな」


「ところで、次の町で薪を買うつもりなんですか?」


「そうだけど、どうしたんだい?」


「あーいえ、グレンペースの町からは我慢したらどうかなぁって思ったんですよ。だって、スコーデスの町ってその次なんでしょう? お鍋も穴が空いちゃってますし」


「うーん、そうだなぁ」


「息子さんたちと会えたら毎日温かいご飯を食べられますよ。だから、今は少しでも身を軽くして確実にスコーデスの町へたどり着けるようにするべきだと思うんです」


 この数日間でお互いのことを色々と話したことで、ユウはマウロにより突っ込んだ話をするようになった。もちろん話せる範囲でのことではあるが、今では赤の他人ではなく友人になりつつある。


 人よりも体力がないマウロの面倒をユウはいくらか見るようになっていた。体力を付けさせようと少しでもたくさん食べさせようとし、穴の空いた鉄製鍋など重い物を代わりに持つようにしている。


 その甲斐あってか、マウロは集団から後れることなく歩けていた。初日のようにふらつくことはたまにあるが、今のところはその程度で収まっている。


 最悪でも、宿駅のある所までたどり着ければどうにかなるとユウは考えていた。前に足のまめを潰した2人が宿駅で休む選択をしたように、マウロも自分の体力を見極めて移動できるからだ。


 もうあと数日の辛抱だと自分に言い聞かせながらマウロの面倒を見ていたユウは、ふと視界の端に何かが映ったことに気付いた。気になったのでそちらへと顔を向ける。


「あれは?」


 地平線の近くにあったそれは最初豆粒のようだった。近づいて来ており、次第に大きくなるにつれて馬に乗った人だと判別できるようになる。近くに家畜の群れはいない。


「ユウ、どうしたんだい? 何か気になることでも?」


「ああうん。馬に乗った人を見つけたんです。ほら、あそこに」


「本当だね。でも、遠くてよくわからないな。羊飼いかな、それとも見張り番だろうか」


 のんびりと思い付いたことを口にするマウロの隣で、ユウは難しい顔をしたまま遠方の馬に乗った人へ目を向け続けた。見つけたときから嫌な感じがするのだ。


 ただ、気にはなっても竜鱗の街道を歩かないといけない。なので、ユウはしばらくすると意識して前を向くようにした。


 その日の夕方、作った夕食を食べているときにユウはマウロに相談する。


「マウロさん、今晩から寝るときはここじゃなくて別の場所にしませんか?」


「別ってどこで寝るんだい?」


「そうですね。例えば、今は隊商の後ろにいますから、前とかです」


「なんでまたそんな面倒なことを?」


「昼間、遠くに馬に乗った人を見かけたでしょう。あれが気になるんです。もしかしたら盗賊なんじゃないかって」


「ええ? どうしてそんな風に思うんだい?」


「だって、羊飼いや見張り番だったら、その周りに必ず家畜の群れがいるはずでしょう? なのに、昼間見た人の周りにはそんな影はありませんでしたから」


「なるほどねぇ」


 木の皿に入ったパンと干し肉をほぐしたスープを木の匙ですくったマウロがうなった。しばらく考えるそぶりを見せた後、その匙を口に入れる。


「隊商の人たちはいい顔をしないでしょうけど、たぶん駄目だとも言わないと思います。本当に駄目だったら今の僕たちも追い払われているでしょうから」


「うん、それについては俺もそう思う。まぁ、ユウがそう言うんだったら移ってもいいけど、獣に襲われやしないかい?」


「そこは僕も気になるところなんですが、どうにもあの馬に乗った人が気になってしまって落ち着かないんですよ」


 顔をしかめたユウとしても獣と盗賊の危険は両天秤に何度もかけていた。どちらも危険ではあるが、直近では盗賊の方にわずかに傾いたわけである。


 食べ終わった2人は道具を片付けて背嚢はいのうを背負った。月明かりを頼りに日の落ちた原っぱを歩く。満月に近いので割と明るい。


 歩きながらマウロがユウに話しかけてくる。


「けど、もし昼間見たのが盗賊だとしたら、狙われるのは隊商の方だと思わないかい?」


「僕も最初はそう思ったんですけど、あっちは護衛がいますからね。襲えば抵抗されて死ぬかもしれないですよ。でも、僕たちのような歩きの集団だったら、もっと楽に襲えると考えるんじゃないかなって思ったんです」


「俺たちを襲っても大した金にはならないと思うんだけどなぁ」


「その辺をどう考えるかは盗賊次第なんで何とも言えないです」


 話しつつもユウとマウロは歩き続けた。そして、隊商からも割と離れたところで立ち止まる。


「ユウ、いくらなんでもこれは遠すぎないかい?」


「本当に盗賊に襲われるとしたら、このくらいは離れていた方がいいと思うんです。近くだとすぐに見つかっちゃいますし」


「俺は獣に襲われる方が心配だなぁ」


「まぁそれは」


 尚も獣の襲撃を不安に思うマウロにユウは苦笑いした。その危険性はもちろん感じている。だからこそ2人で交代して夜の見張り番をするのだ。尚、体の強くないマウロは時間短めである。


 こうして5日目の夜は何事もなく過ぎた。マウロが見張り中に眠ってしまっていることに気付いてユウは愕然としたが、それでも何事もなく一夜を明かせる。


 6日目、この日も徒歩の集団の最後尾を歩くユウとマウロは馬に乗った人を見かけた。やはり近くに家畜の群れはいない。ユウは自分の勘に確信を持ちつつあった。


 その日の夜、夕食を食べ終わったユウとマウロは前日と同じように徒歩の集団から離れようとする。すると、横から声をかけてくる者がいた。嫌みったらしい顔を向けるオレステである。


「昨日もここから離れてたみたいですけど、どこに行かれるんです?」


「もう少し原っぱの奥ですよ。先に言っておきますが、別にそこには何もないですからね」


「何もないんでしたら、どうしてそんなところに行くんです?」


「盗賊に襲われるのを避けるためですよ」


「は?」


 ユウの言葉を聞いたオレステは最初呆然とした。それから怪訝な表情を浮かべて、大笑いする。


「あははは! 何を言い出すかと思えば! 盗賊だって? そりゃこの辺にもいるかもしれないですけどね、そいつらに襲われないようにみんな固まっているんじゃないですか」


「ええ、知ってますよ」


「だったらどうして! 大体、盗賊が襲うとしたらまず隊商でしょう? だってあっちには金目の物がたくさんあるんだから。私たちを襲うのはその後でしょうよ」


「そう思うんならそれでいいじゃないですか。それでは」


「はっ、獣に襲われて血まみれになるといいさ」


 小馬鹿にした様子を隠そうともせずにオレステがユウをあざ笑った。


 それを無視してユウはさっさと歩き出す。


 その様子を見ていたマウロも目を丸くしながら後に続いた。そして、充分に離れたところでユウに話しかける


「ユウ、あんな言い方でいいのかい?」


「構わないですよ。商売を邪魔されたことを根に持っているようですし、どうせ僕の話を本気になって聞かないでしょうから」


「確かにそうかもしれないけど、もっと盗賊が来るかもしれないってみんなに熱心に伝えるべきじゃないかい?」


「それは僕も考えたんですけど、ほとんどの人は聞き流すと思ったんです。マウロだって馬に乗った人を見ていてもまだ半信半疑なんでしょう?」


「それはまぁ」


「あと、ひどいようですけど最低限の義務は果たしましたよ。警告はしましたし、あれで反応さえしない人を全員助けることなんてできません」


 可能ならユウも全員助けるべきだとは思っていた。しかし、たった1人で何人もの人々を助けることはできない。そんなことができる特別な力など何も持っていないのだ。


 それに、警告にさえ反応しない赤の他人を助けたいとユウには思えなかった。どうせなら聞く耳くらいは持ってほしいと願う。


 ともかく、獣の危険に怯えながらもユウはマウロと共に徒歩の集団から離れた。隊商からも距離をとって原っぱに2人寄り添う。この行動が吉と出るか凶と出るかはわからない。


 月明かりの元、ユウとマウロは交代で見張り番を立てながら休んだ。

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