町から町へ移動する方法

 冒険者ギルドで仕事を見つけることが無理だと悟ったユウは竜鱗の街道まで足を運んだ。帰らずの森に向かうならこの街道を進む必要があるからだが、そこで奇妙な集団を見かける。お互いに黙って集まっていたかと思うと隊商の後を追い始めたのだ。


 何度かその集団を見送った後、気になったユウは近くの集団へと近づいた。何となく話しかけづらい雰囲気だったが、聞かないと始まらないので近くの荷物を背負う老境に差しかかった中年に話しかける。


「あの、お聞きしたいことがあるんですが、よろしいですか?」


「なんだい? もしかしてこの集まりに加わりたいのかな?」


「実はそれ以前の話で、この集団って何をしているんですか? 他にもあちこちで集まっていて荷馬車について行っているようですけど」


「知らないのかい。これはね、次の町に行く集まりなんだよ。俺たちのように金も伝手もない者はこうやって一塊になって、隊商の後を追いかけるしかないんだ。道中は危ないから、こうやって少しでも安全に道を進もうとしているんだよ」


 浅黒く皺の多い顔に穏やかな笑みを浮かべた中年がユウに優しく説明した。また、周囲で同じように待っている人たちはたまたま一緒になった者たちでお互い面識はないとも教えてもらう。隣町に向かうため、本当に偶然集まった人たちなのだ。


 どんな集団なのか理解できたユウは説明にうなずいたが、すぐに首をかしげる。一見すると生活の知恵のように合理的で有効に思えるが、荷馬車の護衛をした経験から実は安全ではないのではと疑問に思ったのだ。


 不思議に思ったユウはその点を指摘してみる。


「隊商の護衛をする人たちが皆さんも守ってくれるんですか? もしかしてそんな約束をしているとか?」


「まさか。追いかける隊商とは一言も言葉を交わしてないよ。断られるだけだって知ってるからね」


「え? それじゃ、隊商の後を追いかけても意味がないんじゃないですか? 何かあっても助けてもらえないんですよね?」


「残念ながらね。けどそれでも、1人で旅をするよりかは安全なんだよ」


「まぁ、それはそうですけど」


 何となく腑に落ちないユウは言葉を濁した。あまりにも運を天に任せすぎてやしないかと思ったからだ。しかし同時に、個人で旅をする危険を少しでも減らすためには有効だとも感じている。


 何と答えようかとユウが迷っていると、集団が動き始めた。前の方を見ると荷馬車の最後尾が竜鱗の街道を進んでいるのが見える。


「それじゃ、俺はもういくよ」


「え、あ、はい」


 ぼんやりとしていたユウは老境に差しかかった中年に言葉をかけられると曖昧にうなずいた。その背が少しずつ小さくなっていく。


 仕事を探すあてすらないユウは今後のことを考えた。リーアの町で果たして見つかるだろうか。もちろん条件を問わなければ何かしらあるかもしれない。しかし、冒険者として次の町に向かうための仕事となるとその展望はまったく見えなかった。


 そう考えると、隊商の後を着いていく集団というのはそこまで悪いように思えない。当然危険はかなりあるだろうが、このままリーアの町にいてもじり貧だ。それならば、早めに行動した方が良い。


 先程この集団に気付けたのは幸運だったとユウは思い始めた。そうなると、どの集団に入ればいいのかだが、それはたった今決まる。


「あ!?」


 先程まで話をしていた中年の背中は小さくなっていたが、体をよろめかせたことにユウは気付いた。それと同時に駆け寄る。


 距離が空いていたので少し時間はかかったが、ユウは中年に追いついた。そのときは既に体勢を整えていた中年だったものの、迷わず声をかける。


「おじさん、大丈夫ですか? 遠目でよろけたように見えましたけど」


「え? ああ。なんとかね。旅を始めてから大した物を食べていないから、ふらつくことがあるんだよ」


「それじゃ僕も一緒に行きますよ」


「いや、さすがにそれは」


「この竜鱗の街道をどうやって進もうかって悩んでいたところなんです。仕事をしながらっていうのは難しそうだったんで、それなら歩いて行きます」


「そんな簡単に決めちゃっていいのかい?」


「ちょっと前から悩んでいたんで簡単に決めたわけじゃないです。ほら、ぐずぐずしているとあの集団からはぐれちゃいますよ。というか、誰も待ってくれないんですね!?」


「さっきも言ったろう。集まっているのはみんな他人なんだ。ついて行けない者は置いて行かれるんだよ。誰にも余裕なんてないからね」


「まぁいいや。とりあえず追いつきましょう」


 老境に差しかかった中年がうなずくのを見てユウは一緒に歩き始めた。前を見ると先程の集団は結構先を歩いている。ユウ1人なら走ってすぐに追いつけるが、中年も一緒となると時間がかかった。追いつくまでもどかしい思いをすることになる。


 こうして、ユウはリーアの町に着いた翌日にはもう出発することになった。




 朝の間いっぱいかけてユウは集団に追いついた。老境に差しかかった中年マウロは痩せ細っており、あまり体力がないことを知る。


 隊商は昼休憩らしく、停まって隊商関係者が談笑しながら食事をしていた。そこからある程度離れたところで後をついてきた集団も腰を下ろして保存食を食べている。


 さらに集団から少し離れた所にユウはマウロと一緒に地面に腰を下ろしていた。干し肉を噛みながら水袋に口を付けていたユウだったが、マウロの食の進みが遅いことに気付く。


「どうしたんです? 食欲がないんですか?」


「去年辺りからあまり食べられなくなったね、こういった物だと喉を通りにくいんだ。食べないといけないことはわかっているんだけどねぇ」


「無理をして食べて吐いたら元も子もないですけど、食べないと体力が減る一方ですよ」


「そうなんだよ。今朝もきみに助けてもらわなかったら危なかったところだけど、この先いつまで旅を続けられることやら」


 ため息をついたマウロがうつむいた。その表情は今日の天気に似つかわしくなく暗い。


 口の中の物を飲み込んだユウがマウロにに尋ねる。


「マウロさんはどこまで旅をするつもりなんですか? あんまり遠いようなら中断した方がいいかもしれませんよ」


「中断したところで生きていくあてなんてないから前に進むしかないよ。それに、スコーデスの町までだから、そんなに長い旅じゃないんだ」


「スコーデスの町? どこです?」


「知らないのかい? この先にグレンペースの町があるんだが、そこから竜涙の川を下った先にある港町だよ」


「そ、そうなんですか」


 リーアランド王国の地図がさっぱりわからないユウは曖昧に相づちを打った。どれだけの距離があるのか見当もつかない。ただ、それでも言わなければならないことはある。


「何にしても、次のグレンペースの町で少し休んだ方がいいと思いますよ」


「そうするのが一番だと俺も思うんだけど、あんまり路銀がなくてね。充分に休めるかどうか。それに、早く息子夫婦に会いたいんだ」


「息子夫婦? さっき言っていた港町にいるんですか?」


「そうなんだ。あっちに働きに出てそのまま居着いたらしくてね。結婚までして子供も作ったようなんだ。俺にとっては孫だよ」


 このときばかりは掛け値なしの笑顔を浮かべたマウロが嬉しそうに語った。


 話を聞いたユウは正直なところその気持ちはよくわからない。大人になる前に家族と離れた身としては縁遠い話に感じた。しかし、どうせなら可能なところまでは支えようと思う。


「でしたら、ついて行けるところまでは僕も一緒に行きますよ」


「ありがとう。ところで、ユウはどこに行くんだい?」


「帰らずの森っていうところです。竜鱗の街道の先にあるらしいんですが」


「話には聞いたことがあるが、あんな所まで何の用があるんだろう?」


「別に帰らずの森に用はありません。ただ、世の中のいろんな所を見て回るために旅をしているんで、見に行こうかなって思ったんです」


「なるほど。俺なんかだと物好きだと思うけど、自分で決めたんなら仕方ないだろう」


「行き先を言うとみんな驚くんですが、そんなにおかしいんですか?」


「灼熱の砂漠を越えて更に奥地へと行くからね。普通はそんなことはしないよ。やるとすれば冒険者くらいかねぇ。ああそうか、ユウは冒険者だったね。なら当然なのかもしれない」


 ただの当面の行き先としか思っていないユウは、南方の人々の感覚には首をかしげるばかりだった。しかし、後にそう思われても仕方ないと思い知ることになるのだが、それはもう少し先の話である。


 ふと前の方にユウは目を向けた。その先の隊商関係者が慌ただしく動いているのが目に入る。もうそろそろ出発の準備をしなければならない。


 ユウはマウロに告げると自分も立ち上がってゆっくり荷物を担いだ。

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