難航する仕事探し

 日の出後、安宿の寝台で目覚めたユウは起き上がって背伸びした。体をほぐすと背嚢はいのうから干し肉を取り出して口にする。固く塩気のある肉の塊を噛むことで昨晩の夕食を思い出した。


 とある安酒場でフロントラの町と同じチーズの盛り合わせを頼もうとした。すると、そんなものはないと言われて戸惑ってしまったのだ。あの盛り合わせというのは、山脈の北側からやって来る者の多いフロントラの町特有の品ということである。


 それならば気に入ったチーズを注文しようとして、今度は名前をしらないことにユウは目を見開いた。チーズ1つを注文するのにかなり苦労して給仕に嫌な顔をされる。


「品物の一覧表があれば便利なんだけどなぁ」


 水袋から口を離したユウはわずかに顔をしかめた。チーズの絵が描かれた木の板を見ながらだと注文しやすいというわけだ。しかし、チーズの種類は無数にあり、しかもテーブルごとに木の板を用意するとなると手間なのはすぐに気付く。


 いつも通り干し肉の朝食を済ませたユウは背嚢を持って建物の裏に回った。途端に強烈な悪臭が襲いかかってくる。顔をしかめながらもズボンを下ろして気張った。


 踏ん張る合間にそういえばとユウは思い出したことがある。旅に出てから体を洗っていないのだ。服にもすっかり汚れが目立っている。


「これは、どこか川でも見つけたら洗わなきゃ」


 今までの旅で体を洗える機会は何度かあったが、そのいずれも機会を逸していた。旅に出る前まではきれい好きと周囲に揶揄されるくらい体も服も洗っていたというのに、随分と様変わりしたものだとユウは苦笑いする。


 すべての準備を終えるとユウは安宿を出た。三の刻の鐘が鳴る時間は近い。


 ガイオに教えてもらった通り、ユウはリーアの町の城壁に沿って北西へと向かった。石材のみで建てられた50レテム四方くらいの広さの平屋の建物を見つける。それは薄汚れていて廃屋と説明されても納得してしまいそうなほど傷んでいた。


 大きさという面から見るとここが冒険者ギルド城外支所のように見えるが、ユウには自信が持てないでいる。三の刻の鐘が鳴っても人の出入りどころか扉が開く気配もない。


「どうしよう。ここでいいんだよね?」


 完全に独り言をつぶやきながらユウは建物とその周囲を眺め続けた。何か確信が持てる証拠がほしいと願いながら建物の隅で佇む。


 すると、くたびれた様子の4人の男たちが冒険者ギルド城外支所の建物に入っていった。更に眺めていると2人の男たちも扉を開けて建物内へと姿を消す。その直後、最初に入った4人の男たちが建物から出てきて去って行った。


 いずれも同業者風の男たちであることからユウは緊張していた表情を緩める。


「良かった。ここで間違いなさそうだ。でも、本当に寂れてるみたいだなぁ」


 仕事がないからという理由をユウは聞いていたが、ここまで物静かだとは予想外だった。


 深呼吸してからユウは建物の中に入る。中はかなり薄暗かった。周囲を見ると採光用の窓すら開かれていない。また、何となく埃っぽかった。


 受付カウンターは割と長く、本来ならば何人もの受付係が並んで対応するようになっているのがわかる。しかし、現在は2人の男が座っているのみだ。


 2人の冒険者風の男が受付係と会話をしているのを尻目に、ユウはもう1人の手の空いている受付係の男の前に立つ。しかし、どうにもやる気があるようには見えない。それでも声をかけてみる。


「あの、荷馬車を1台か2台持っている商売人が出している護衛の依頼はありませんか?」


「ない」


「しばらく待っていたら依頼が舞い込んで」


「来るわけないだろ。それは傭兵の仕事だって知らないのか」


 昨日同じ話を聞いていたのでユウは受付係の返答に驚きは感じなかった。しかし、冒険者に対して素っ気ないというよりは拒絶している態度に唖然とする。


「それじゃ、どんな仕事だったらあるんですか?」


「平原に出る獣や魔物の駆除だ。それも引き受ける奴は決まってるがな」


「だったら、よその町からやって来た冒険者はどうなるんです?」


「知らんよ。自分で探せばいいだろ」


「えぇ、そんな。ここの冒険者ギルドって何のために存在しているんですか」


「ああ? よそ者にそんなことを言われる筋合いはないよ」


「ありますよ。よそから来た人でも冒険者なら受け入れるのが仕事でしょう?」


「いちいちうるさいな、お前は」


 それまでやる気のない態度だった受付係がユウを睨んだ。


 一方、それに対してユウも負けじと睨み返す。態度は最悪だがようやく返ってきた反応だ。逃すわけにはいかない。


 しばらく睨み合いが続くが、根負けした受付係が舌打ちしてから口を開く。


「なんなんだよ、お前。はぁもう。わかった、教えてやる。このリーアの町の冒険者ギルドにはな、仕事がわずかしかないんだよ。隊商や単独の荷馬車なんかは傭兵が護衛をしているし、ここ数十年は平原に出る獣や魔物の数も減る一方だ。こんな状態じゃこの街出身の冒険者を食わせていくのがやっとなんだよ。どうせお前はすぐどこかへ行っちまうんだろう? なのにお前のようなよそ者に仕事を回してみろ、ここの冒険者れんちゅうがやっていけなくなる。それで廃業されるとこっちは困るんだよ。ただでさえなり手の少ない冒険者の数をこれ以上減らしたら、ここのギルドの仕事が回らなくなるんだ。それともお前、ここに居着いてくれるってのか、ええ?」


 余程鬱積していた受付係は息を切らせて口を閉じた。そうして再びユウを睨む。今度はその瞳に敵意も浮かんでいた。


 あまりの迫力にユウは驚いたが、リーアの町の冒険者ギルドがどんな状態なのかは理解する。ただ、そうなると1つ疑問が湧いた。


 自分を睨む受付係にユウは尋ねる。


「そちらの事情はわかりました。でもそうなると、よその町からやってきた冒険者ってどうやって仕事を探しているんですか?」


「そんなこと知らねぇよ。自分で好き勝手してるんだろうさ」


「だったら僕が好きに仕事を探してもいいわけですね」


「構わんよ。さっさと自分で仕事を見つけてこの街から出て行け!」


 叫んでくる受付係を見ながら、ユウはここで仕事を探すのは無理だと判断した。ここまで拒絶されたのは初めてなので戸惑いが大きい。


 困惑と失望を抱えたユウは踵を返すと建物から出た。聞いていた以上にひどい有様に肩を落とす。


「好きに仕事を探していいという言質は取ったけど、そんな簡単にはいかないんだろうな」


 歩きながらユウは考えた。何のあてもない冒険者1人が簡単に隊商や荷馬車の護衛の仕事を取れるのならば、冒険者ギルドにその手の依頼がもっと舞い込んでいるだろう。しかし、現状はあの冒険者ギルドの建物と受付係の態度の通りだ。


 更に今までの護衛の仕事を振り返ってみると、自分以外の冒険者を見たことがなかった。冒険者ギルドに護衛の依頼がたまにあるという話は聞くが、今のところ故郷以外でそんな依頼を引き受けられたためしがない。


「おかしいなぁ。聞いた話だと辺境だったら冒険者にも護衛の依頼があるはずなのに」


 明らかにあてが外れたユウはため息をついた。まさか冒険者ギルドが傾いているところを見るとは思わなかったので動揺している。


 すっかり意気消沈したユウはぼんやりと歩いていた。冒険者ギルド城外支所の建物から南に向かって豊作の街道を越え、そのまま竜鱗の街道へと近づく。


「うーん、当面の生活費はあるけど、たぶんこれってすぐに何とかしないと詰んじゃう状況だよね。何しろ働き口がまったくないんだから」


 例え1ヵ月間食べていける蓄えがあったとしても、その間に仕事が絶対に見つからないとわかっているのならば破滅する時期を先延ばしにしているだけだ。それならば、1週間と区切りを付けて仕事を探し、駄目なら他の町に徒歩で向かうなどの決断をしないといけない。


 とりあえず方針を定めたユウは改めて周囲を見た。既に竜鱗の街道に入り、南の郊外に向けてぼんやりと歩き続ける。往来する人々の数は町から離れるにつれて減っていった。


 すると、10人以上の人々が集まってじっとしていることにユウは気付く。集まっている人々は旅人や行商人などばらばらだ。


 しばらくその様子を眺めていたが、特に何かを話している様子もない。じっと何かを待っているようだった。しかも、その集まりは1つではなく、いくつかあって街道上に点在している。


「何の集まりだろう?」


 今まで気にもしなかったことが気になったユウは立ち止まってその集団を眺めた。すると、荷馬車の集団の後ろをその徒歩の集団がついていく様子を何度か見かける。一体何のためにそんなことをしているのかがわからない。


 訝しげな表情をしたまま、ユウはしばらくその場に立ち続けた。

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