リーアランド王国の風景
南方辺境の基本装備であるつばあり帽子と全身を覆える外套を身に付けたユウは、翌日ドゥッチョの隊商と共にフロントラの町を出発した。
荷馬車の後方に座り込んだユウは同乗しているラウロから話しかけられる。
「ついに買ったんだな。似合ってるじゃないか」
「ありがとう。買うのになかなか苦労したよ。まさかお金が足りないとは思わなかったな」
「足りないのにどうやって買ったんだ?」
「ドゥッチョさんにコンフォレス銀貨を両替してもらったんだ。手数料は取られたけど、これを買えたんで良かったよ」
「服は高いからな。でもそうなると、もう手持ちの金はほとんどないんじゃないか?」
「旅に出てから稼いだお金はほとんど使い切ったなぁ」
「うわぁ。そりゃご愁傷様だね。ま、また稼げばいいさ」
のんびりと雑談をしながらユウとラウロは荷台から外の景色を眺めた。空はほとんど雲もない青い空が広がり、フロントラの町の郊外には麦畑以外に葡萄畑やオリーブ畑が多い。銀竜の高原を越えるまでの世界とは風景も明度もまるで違った。
その明るい景色を見ていたユウはふと何かを思い出す。
「そうだ、高原を越えてから色々と変わったけど、水袋に入れる水も変わったよね。前は薄いエールだったのに、今は薄いワインだよ」
「お、気付いたか。やっぱりエールよりワインだよな。オレとしちゃ家に帰ってきたかのような感じがするね」
「そういうものなんだ」
「ああ、そういうものさ。ところで、ユウはワインを飲めるよな?」
「うん、飲めるよ」
「どんな感じだった?」
「そうだねぇ。初めてワインを飲んだのはコンフォレス王国の王都だったな。あのときは酸っぱいって感じだったから好きになれなかったけど、こっちでチーズと一緒に飲んだら違ったんだ。あれには驚いた」
「チーズか! お前あれも食べてたんだな! いやいや、オレとしては嬉しいねぇ」
水袋に入れる話からラウロのチーズ談義が始まった。無数にあるチーズの名前を挙げていき、どんな味がしてどんな食べ方が最適なのか延々と話が続く。
チーズの名前はもちろん、料理の内容などもユウにはほとんどわからなかった。しかし、ラウロが楽しそうに話をしているのを笑顔で聞く。
外の風景は畑が途切れてた。次いで羊の群れが点在している。牧草地帯に移ったのだ。バイファーの町の南側はただの平原だったのに比べると土地利用の熱意が段違いである。
「ラウロ、この辺りに羊の群れがたまにあるけど、あれって獣や魔物に狙われたりしないの?」
「するよ。だから番犬や見張り番がいるのさ」
「見張り番? 荷馬車の護衛みたいなのがいるの?」
「そうだよ。あいつら弓の扱いうまいんだ。特に番犬と連携したら驚異的なんだぜ」
「そんなに?」
「ああ! 何度か見せてもらったことがあるんだけど、番犬が追い込んだ狼が走る先を予測して矢を射たのはすごかったな」
「逆に襲われないのかな?」
「そのときは番犬が助けに入るのさ。そして、その間に弓で仕留めるって寸法なんだよ」
「へぇ、すごいねぇ。あ、でも盗賊が相手だとどうするの?」
「盗賊が相手でも変わらないよ。例え馬に乗ってたとしても、弓を持ってなけりゃ見張り番の相手にはならないね。あいつら、5人くらいなら近づいてくるまでに射殺してしまうからな」
「そんなすごい人、荷馬車の護衛に引っ張りだこのような気がするけどな」
「ところが、大抵は羊の持ち主の関係者だから引き抜けないんだ。ガイオ隊長も以前声をかけたらしいけど、あっさり断られたって聞いたことがある」
話を聞いていたユウは目を丸くした。ガイオの名前が意外なところで出てきたからだ。
外の景色をちらりと見てからユウがラウロに顔を向ける。
「こんなに土地を目一杯使っているリーアランド王国って豊かそうに思えるね」
「今の話を聞いてたらそう思うのも仕方ない。けど、実際はそうでもないんだよ。この辺り全体が乾燥気味で、南の方の砂漠が広がらないように努力してこれがやっとなのさ」
「砂漠? 砂漠ってあの砂だらけの?」
「そうだよ。あれが厄介なんだ。放っておくとすぐに広がろうとする。昼は死ぬほど暑くて夜は死ぬほど寒い。恐ろしい場所だよ」
「確か、灼熱の砂漠でしたっけ。その先に帰らずの森があるんですよね」
「前にも聞いたが、お前本気であそこに行く気なのか?」
「行けるなら行ってみたいとは思ってますけど」
「リーアの町から延びてる竜鱗の街道をたどっていけばその先にあるらしいが、途中で死ぬ可能性の方がずっと高いぞ?」
「それなら、死ぬ手前のところまで行ってみようかな」
「バカなんじゃないか、お前?」
理解不能の生き物を見るような目つきをラウロはユウに向けた。それでも、灼熱の砂漠を渡ったときの話をユウに聞かせる。
そんな2人の会話も終わるときがやってきた。ついにリーアの町へと到着したのだ。コンフォレス王国の王都を見た後ではその偉容も見劣りしてしまうが、それでも南方辺境最大の町といわれるだけあってなかなかの威風である。特に白塗りの壁が目に眩しい。
晴天の下、賑わいを見せるリーアの町の北部郊外で、ドゥッチョの隊商の荷馬車は街道を外れて停まった。久しぶりの王都に隊商関係者の表情も明るい。
荷台から降りたユウが自分の
「さて、いよいよお別れだね」
「ちょうど1ヵ月かぁ。長いような短いような感じだったな。さすがにベリザリオの紹介なだけあって変わっていたよ、お前は」
「ひどいよ。南側の出身じゃないっていうだけじゃないか」
「絶対違うと思うね。ま、どこかで会うことがあったら、ワインでも飲みながら話をしようじゃないか」
「そうだね」
2人が雑談をしているとガイオの集合かかかった。顔を向け合ってうなずいた2人は小走りに護衛隊長の元へ向かう。
背嚢を背負ったユウがその場に赴いてしばらくすると、護衛全員が集まった。それを確認したガイオが口を開く。
「今回は
話が終わると、ガイオが順番に護衛の名前を呼んでは報酬を渡していった。途中でラウロが呼ばれて報酬を受け取って去って行く。ユウは最後だった。
リーアランド銅貨の塊を数え終わって懐にしまったユウがガイオに顔を向ける。
「ガイオ隊長、お世話になりました」
「よくやってくれた。ラウロに聞いたが、最初は危なっかしかったがその後は悪くなかったと聞いている。これからの旅の幸運を祈っているぞ」
「ありがとうございます。ところで、この町の冒険者ギルドのある場所を知っていますか?」
「それなら、町の北西の角にあるぞ。北門から外壁の外をたどっていくといい。ただ、寂れているとは聞くがな」
「寂れているんですか? それはまたどうして?」
「仕事が少ないからだよ。隊商は俺たちのような専属護衛が担当しているし、単独の荷馬車なんかは傭兵が護衛をしている。ここいらじゃあまり獣や魔物も出てこないからな。寂れもする」
「そうなんですか」
「この辺りの開拓が充分に進んでいなかったときは傭兵よりも勢いがあったそうなんだがな。だから、あまり期待しない方がいいかもしれん。あ、いや、これは余計だったな」
「いえ、ありがとうございました。それでは」
思わぬ話を聞いたユウは礼を述べると踵を返した。ここから先は再びあてのない仕事探しから始まる。
銀竜の街道に戻ったユウはリーアの町の北門へと向かった。町に近づくほど往来する人の数は増え、街道の両脇に建物が増えていく。
つばあり帽子と全身を覆える外套を身に付けているおかげで、ユウは周囲の視線が気にならなくなった。フロントラの町ではたまに見られていたので気になっていたのだ。誰にも見られていないということで妙に安心する。
日差しが降り注ぐ中、ユウはこれからどうするか考えた。すぐに冒険者ギルドへと向かってもいいが、まだ昼下がりなので少しくらい寄り道しても良い気になっている。
「そうだなぁ。とりあえず冒険者ギルドのある場所だけ確認して、それから町の外周をぐるっと回ろうかな。スクレスト市とどう違うのか知りたいし」
実は出身地であるトレジャー辺境伯爵領の領都には行ったことのないユウにとって、国家の中心都市を訪問するのはこれが2度目だった。なので、まだ王都というものに対して色々と興味をかき立てられていたりする。
山脈の北側の町とはまた違う臭いを感じながらユウは好奇心に満ちた目を町に向けた。
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