通貨での苦労
フロントラの町の安宿で1泊したユウは準備を済ませると大部屋を出た。迷わず町の北門から南門まで城壁の外周をぐるりと半周すると、三の刻の鐘を背に受けながら更に南下する。市場は銀竜の街道の西側に広がっていた。
まだ人通りの多くない市場の路地を進みながらユウは左右へと顔を向ける。市場のどこに古着屋があるのかわからないので1つずつ回っていくしかない。
「まだ3月の終わりだっていうのに、これじゃアドヴェントの5月並じゃないか」
朝の日差しはまだ厳しくないとはいえ、ユウの体感ではもう早朝にも冬の名残はほぼなかった。あまり悠長にしていると日差しで火傷してしまう。
何度か市場内を行ったり来たりして、ユウはついに古着屋の集まる一角を発見した。どこも既に店は開いているが客入りは少ない。
何とはなしにユウが店を見ながら歩いていると、たまたまつばあり帽子と全身を覆える外套を店頭に置いている店があった。何となく足を止めてそれを見る。古着だがなかなかきれいだ。
短い時間だったが眺めているユウに丸みを帯びた中年が近寄ってくる。
「北から来た傭兵か冒険者かな? もしかしてその帽子と外套が気になるのかい?」
「はい。よく北から来たってわかりましたね」
「帽子を被らず外套も短い身なりなんて、ここいら出身じゃ考えられないからね。それに、肌の色が白い。真夏だといい色に焼けそうだ、あっはっは」
「同僚にも火傷しないうちに早く買っておけって言われたんですよ」
「そりゃそうだろうさ。すぐに山の向こう側に帰るんならともかく、こちらで生活するんなら必須だしね。いやしかし待てよ? きみは最近ここに来たばかりなんだよね? 山を越えたときは寒くなかったかい?」
「すごく寒かったです。トラデルの町で買っておけば良かったと後悔しましたから」
「だろうねぇ。ま、そんなことをされてたら、今頃ここには来ちゃいないだろうから俺にとっては良かったけど、あっはっは」
割とあけすけにしゃべる丸みを帯びた中年に戸惑いながらもユウは受け答えした。店の奥から出てきたことから店主なのは間違いないだろうが、それにしてもこんな雑談をするとは懐かしい感覚に襲われる。
「それで、こういうつばありの帽子や全身を覆える外套っていくらくらいするんですか?」
「そうだねぇ。例えば今きみが見ていたやつなんかだと、帽子の方で銀貨4枚、外套の方は銀貨6枚かな」
「え!? そんなにするんですか!?」
「おいおい、そんな大げさな。服なんて大体それくらいするものだろう?」
「いや、確かに服が高いのは知ってますけど、それにしたって古着ですよ? 銀貨4枚って銅貨80枚じゃないですか」
「何を言ってるんだい? 銀貨4枚だと銅貨40枚だろう? ここはリーアランド王国だよ、あっはっは」
楽しそうに言い返されたユウは目を見開いた。前に聞いたことを思い出す。銀竜の高原の北側と南側では銀貨と銅貨の交換比率が違うのだ。コンフォレス銀貨なら1枚でコンフォレス銅貨20枚分だが、リーアランド銀貨1枚はリーアランド銅貨10枚である。
自分の所持金についてユウは改めて思い出してみた。現在、リーアランド銅貨を74枚持っているが、最低限の生活のことを考えると使えるのは最大で銅貨70枚だ。
また、リーアの町に着くとリーアランド銅貨で36枚の報酬が手に入る。最低限の生活費を除けば最大で銅貨30枚が自由に使えるだろうが、今はまだ手元にはない。
そこでユウは気になったことを丸みを帯びた店主に尋ねる。
「服の値段ですけど、リーアの町で買う方が高いんですか?」
「そりゃ高いよ。王都だからね。人と物と金の集まるところは自然と値段が高くなるものだよ。何でもね」
「どのくらい高くなるんですか? 例えば、この帽子と外套だったら」
「帽子だと銀貨1枚、外套だと1枚か2枚くらいかな。ここで買えなかった分を王都で報酬をもらってから買うのかい? 悪くない考えだと思うよ。ただ、どうするにせよ、あんまりぎりぎりを攻めすぎると生活に苦労するだろうから気を付けないとね」
笑顔でしゃべる丸みを帯びた店主の話を聞きながらユウは考えた。何にせよ、手に入る報酬だけでは足りないことは明確だ。これからの生活のことを考えると買えてもぎりぎりである。
手持ちの金貨と銀貨についてユウは考えてみた。今持っているのはトレジャー金貨3枚、トレジャー銀貨3枚、コンフォレス銀貨6枚である。このうち、直接使えそうなのは金貨だが、これを旅が始まったばかりの現時点で使うのはためらわれた。まだその時期ではないとユウの直感は告げている。
しかし、そうなると残るは2種類の銀貨だが、どちらがここで使いやすいかと考えるとコンフォレス銀貨だ。少なくとも銀竜の街道を往来する商売人はコンフォレス王国で使っている。
そこまで考えたユウはガイオの言葉を思い出した。報酬はコンフォレス銅貨かリーアランド銅貨で選ばせてくれたのだ。ということは、銀貨の交換も応じてくれる可能性は高い。
「お金を工面できそうなんで戻りますね」
「おや、あてがあったのかい。そりゃ良かったね、あっはっは」
のんきな笑い声を聞きながらユウは踵を返した。
隊商の荷馬車にまで戻って来たユウはガイオを探し回る。何人かの関係者に居場所を聞いた末にその場所を突き止めた。隊商長のドゥッチョと話をしているところへ近づく。
「ガイオ隊長、後で話があるんで相談に乗ってください」
「お前の? 珍しいな。いいぞ。ちょっと待ってろ」
「確かお前、ユウとかいってたな? 何の相談だ?」
突然興味を示してきたドゥッチョに顔を向けられたユウは意外そうに目を見開いた。それでも隊商で一番偉い人物なので無視はできない。
「両替の相談です。つばあり帽子と全身を覆える外套を買いたいんですが、報酬としてもらったリーアランド銅貨じゃ足りなかったんです。だから、コンフォレス銀貨をリーアランド銀貨に替えようかと」
「なるほどな。だったら手数料としてコンフォレス銀貨1枚寄越したら交換してやるぞ」
「え? コンフォレス銀貨1枚ですか?」
「なんだ? もしかして今まで別の通貨に両替したことがないのか?」
「1度冒険者ギルドでしたことはあるんですが、そのときは無料だったんでちょっと驚いたんです」
「あそこはあそこで思惑があるからだろう。って、冒険者ギルドはどこもそんなことをやってるのか?」
「いえ、ずっと西にある港町だけでした。そこでも他ではこんなことをやっていないだろうって言ってましたけど」
「そうだろうな。ちょっと驚いたぞ。でだ、手数料としてはこんなものだぞ。何か伝手があればもっと安くなるが、ひどいところだとぼったくって半分ってところもある。で、どうする?」
問われたユウは返答に詰まった。今持っているコンフォレス銀貨6枚を一般的な価値として換算するとリーアランド銀貨12枚になる。そのため、手数料を差し引けば10枚が手元に残る計算だった。
コンフォレス銀貨1枚を失うのはつらいが、残りをこの地で使える通貨に替えられるのは魅力的だ。というより、他に選択肢はない。
「わかりました。交換します。コンフォレス銀貨6枚あるんで、5枚分をリーアランド銀貨に替えてください」
「よし、話が早いのはいいことだ。どうせ持ってても使えない通貨なんて、さっさと手放すに限る」
差し出されたコンフォレス銀貨6枚を手にしたドゥッチョは、1枚ずつ数えてからガイオに目配せした。すると、ガイオが懐から革袋を出してリーアランド銀貨10枚をユウに手渡す。
「どうしてガイオが銀貨をそんなに持っているんですか?」
「前にも言ったが、報酬をどちらの通貨でほしがるかはそのときの部下次第なんだ。だからだよ。もっとも、さすがに道中は持ってないがな」
「さ、これで用は済んだろ。行った行った」
「はい、ありがとうございます」
「それにしても、今回は普通に対応したな。もっとふっかけるのかと思ったが」
「あんなガキから小銭を巻き上げるような商売なんぞしねぇよ」
「いつもそんな感じに商売をしてたら、もっと周りから好かれるんじゃないか?」
「うるせぇ」
遠ざかるユウが2人の会話を聞けたのはここまでだった。口や態度はあまりよくないが、なんだかんだでどちらにも世話になっているので内心で感謝する。
手にした銀貨を持ってユウは再び丸みを帯びた店主の店に向かった。最初に自分の窮状を見抜かれていたので価格交渉には失敗したが、それでも両替した銀貨でつばありの帽子と全身を覆える外套を手に入れることができる。これで火傷をすることはない。
新たに手に入れたつばありの帽子と全身を覆える外套を身に付けたユウは市場から去った。
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