平原で襲いかかってくるものたち(後)

 あまり凶暴ではない獣に驚きつつもユウは隊商の護衛をこなし続けた。昼間は荷馬車の後方で周囲を見張り、夜は見張り番として周囲の警戒と篝火かがりびの管理をする。


 ただ、単調ではあった。特に昼間は荷馬車に揺られているだけなので暇である。眠気を覚ますためにもユウは何か刺激がほしかった。


 意識が遠のき始めた頃、眠気覚ましのためにユウがラウロに話しかける。


「ラウロ、夜は獣や魔物が近づいてくるのはわかったんですけど、昼間はどんな危険があるんですか?」


「昼間は盗賊だね。たまになんだが、襲ってくることがある」


「でも、こんな地平線まで何も隠れる場所がないと、隠れて待ち伏せもできないですよ?」


「待ち伏せなんてしないぞ、あいつらは。馬に乗ってこっちに突っ込んでくるからな」


「は? え、馬に乗ってるんですか!?」


「ん? その驚き様だと、他の街道じゃ盗賊は馬に乗ってないのか?」


「乗ってませんよ。みんな歩くか走るかしますし」


「マジか。そっちの方が想像できないぞ。そんなんじゃ、荷馬車をろくに襲えないだろ」


「だからみんな夜に襲ってくるんですよ。僕たちが寝静まっているときに」


「どうやって近づくんだ、それ?」


「夜陰に乗じて忍び足で近づいてくるんです。失敗して途中で音を出す盗賊も多いですけど」


「馬使った方がいいんじゃないか?」


「そもそも馬に乗れる人がほとんどいないですもん。そんなの貴族や騎士くらいですよ」


「あーそっかぁ。そっから違うのかぁ」


 呻きとも驚きともいえるような声を出したラウロは白い空を見上げた。一時的にユウから目を離した後、再び顔を向け直す。


「西の方はどうなのか知らないが、ここら辺だと普通の傭兵でも馬に乗れるぞ」


「え、そうなんですか?」


「ああ。なんでそんな差がついたのかまではわからんが、馬に乗った盗賊はこの辺りじゃ珍しくないな。というより、リーアランドだと当たり前だと思っとけ」


「うっ、そんなのどうやって対処するんですか?」


「そのための弓だよ。こいつで矢を射まくるんだ」


「盗賊は矢を射返してこないんですか?」


「来るよ、そりゃもちろん。けど、荷台の上から射るのと馬上で射るのとじゃ安定性がまるで違うだろ?」


「まぁ、揺れる馬の上よりかここの方が射やすそうですよね」


「だろ? そしてなにより、あっちは矢の数に制限があるが、こっちは大量にある!」


 話ながらラウロは前に見せた矢筒を叩いてみせた。同時ににやりと笑って見せる。


 矢を大量に使わせる隊商の方針をユウはやっと理解した。出し惜しみなしで矢を使えるのならば確かに盗賊を追い払いやすい。


 そこでふと気になったユウはラウロに尋ねる。


「だったら、護衛全員が矢を使えるようになったら一番いいですよね?」


「理想はな。でも、弓を一人前に使えるようになるまでには時間がかかる。あと、どうしても飛び道具がダメってヤツもいるしな」


「なるほど。僕、弓は持っていないですけど、何年か前に弓の使い方を教えてもらったことがあるんですよ。こんな僕でも使い物になりそうですか?」


「そりゃ実際に射るところを見ないとわからないね。ただ、動いているものを射たことはあるか?」


「うっ、ないです」


「じゃぁ期待はできないな。ここだと動くものを射られないと話にならないからね。ユウがここの専属になって鍛えろって命じられたら教えるけど、リースで別れるんじゃやる意味もないし」


「そうですよね。そんな簡単にはいかないか」


「まぁね。ちなみに、その教えてくれた人ってどのくらい上手だったんだい?」


「地面に立って獣を射てました。大抵は当ててましたけど」


「ふーん、まぁまぁってところかな。1度見てみたいなぁ」


 楽しそうに喋るラウロを見ながら、ユウはかつて弓を教えてくれた先輩を思い出した。冒険者になるきっかけを与えてくれた1人だ。別れてもう3年以上になるが、今頃どこかの村で獣を射ているのかなと想像を巡らす。


 そうやってユウが過去に思いを馳せていると、ラウロの表情が急に真剣なものに変わった。同時に立てかけてあった弓と矢を手にする。


「盗賊が近づいて来てる! ユウ、御者台のヤツに知らせろ! 相手の矢に当たらないように気を付けろよ!」


「はい! で、盗賊はどこに?」


「隊商の右後方、北西からだ! 手旗信号を見てないのかお前!? ぼさっとすんな!」


 怒鳴られながら背後を走っている荷馬車の御者を見ると、赤旗を進行方向を基準に右下に掲げていた。今になって事前の取り決めを思い出す。


 慌ててユウは狭い荷台の空きを通って御者台に顔を出した。そして大声で怒鳴る。


「隊商の右後方、北西から盗賊!」


「わかった!」


 返事をした御者はすぐに脇の赤い旗を取り出し、前を走る荷馬車に伝えた。そちらの護衛も慌ただしく動く。


 後方へと戻って来たユウは普段の定位置に戻った。すぐにラウロから声がかかる。


「伝えたな?」


「はい、隊商の右後方、北西から盗賊と伝えました」


「よし、こういうときは時間との勝負だ。油断するなよ」


「すみません」


「反省は後だ。ともかく、オレたち射手がまず盗賊を牽制する。それでも近づいて乗り込もうとするヤツはお前が殺せ、いいな?」


「はい」


 槌矛メイスを右手で握ったユウがうなずいた。北西の方向、南下する隊商の右後方へと顔を向ける。すると、豆粒のようなものが複数見えた。それが急速に近づいてくる。


 隊商の右後方から近づいて来た盗賊たちは隊商に併走しようとしていた。後方の荷馬車では既に矢の射合いが始まっている。盗賊側で弓を使える者は少ないようで、馬上から射られる矢の数はそれほど多くない。


 隊商側は2つの点で盗賊よりも有利だった。1つは射手と矢の数が多いこと、もう1つは奪う商品を傷つけては意味がないので馬車馬と御者は狙われにくいことだ。ただし、強奪失敗を悟った後の盗賊は逆に積極的に狙ってくる。


 なので、隊商側の射手は第一に盗賊の射手を狙った。それはラウロも同じで、矢を射てくる盗賊を射殺すために狙いを定める。併走しつつある馬上の射手と射合いになった。その間に、剣を持った別の盗賊が近づいてくる。


 荷馬車の右側に膝立ちしていたユウはほぼ真横から馬を寄せてくる盗賊へ顔を向けた。馬上の男は何か叫んでいるがその内容まではわからない。


「ユウ、近づいてくるヤツは任せた!」


「わかった! あああ!」


 馬から幌の端に取り付いた盗賊とユウは対峙した。まだ不安定な状態の男の頭部めがけて槌矛メイスを振り落とす。鈍い音と共に男の鼻が潰れた。左手に持った剣でユウを突こうとしたその男は剣を手放して血を垂れ流す顔を左手で覆う。


 立ち上がったユウは左手で幌の骨組みを掴み、男の顔を右脚で蹴り押した。耐えきれず右手で掴んでいた幌を手放した男は地面を転がりながら後続の荷馬車に轢かれる。


 その直後、ラウロが盗賊の射手を1人射貫いた。馬上から地面へと落ちて転がっていく。


「よし、幸先いいぞ! このままみんな地面に転がしてやれ!」


「はい!」


 とりあえず盗賊を撃退して安堵したユウは顔をほころばせた。次はどこから来るのかと周囲を見て回る。


 その後、もう1度盗賊に乗り込まれそうになったが、ラウロの弓とユウの槌矛メイスで退けた。それを最後に盗賊たちは遠ざかってゆく。しばらくして、後続の馬車から盗賊撃退の手旗信号が掲げられた。


 御者に手旗信号の内容を伝えたユウが荷馬車の後方に戻って来る。


「どうにか退けられましたね」


「そうだな。大体襲撃されるときはこんな感じだ。矢の数がいくらでも必要なのがわかったろ?」


「はい。自分が一方的に射られたらと思うとぞっとしますよ。そうなると、この荷馬車に取り付いてきた盗賊ってかなり勇気ありますよね」


「勇気というよりも破れかぶれなのさ。連中は襲撃に失敗すると即飢えるからね」


「それじゃ、去って行った盗賊は」


「これから飢えに苦しむだろうな。そして更に無茶な襲撃をしてやがて全滅か散り散りになる。連中の末路は大体こんなものさ」


 馬を使って襲ってきた盗賊を初めて見たユウは驚きっぱなしだったが、その内情は今まで自分が倒してきた盗賊と大して変わらないことに気付いた。多少不憫に思うものの、やられるとこちらがすべてを失うので必要以上の同情はしない。


「こういうのがあと何回か続くわけですか」


「そうなんだが、高原になるともう1つ厄介なのを相手にしなきゃいけない。弓を使うヤツらが荷馬車1台ずつにいるもう1つの理由さ」


「それは」


 口を開きかけたユウは御者から呼ばれた。一瞬ラウロと向き合ってうなずかれるとすぐに前へと向かう。ガイオからの指示だ。後方の荷馬車に伝えないといけない。


 ユウは荷台の後方に戻ると手旗信号で後ろの荷馬車にガイオからの指示を伝えた。

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