いざ南方辺境へ

 護衛として採用が決まったユウは翌日同じ場所に来るようガイオに命じられた。尚、ドゥッチョは基本的に護衛のことをガイオに丸投げしているので、下っ端の護衛が隊商長と面と向かって話をすることはあまりないともガイオから説明される。


 ともかく、どうにか次の隊商に潜り込めたユウは遅れることなく集合場所に赴いた。ガイオに会うと乗る荷馬車を指示される。


「ユウ、お前は後ろから3つめの馬車に乗れ。ラウロ、逃げずにこっちに来い!」


「うへぇ、オレ今日はまだ何にもしてませんよぉ」


「誰も怒るなんて言ってないだろう。そうじゃない。これからリーアの町まで護衛を共にする同僚の面倒を見ろと命じるだけだ」


「ユウです。初めまして」


「昨日ベリザリオが連れてきた冒険者っていうのはきみか。オレはラウロ、専属護衛の1人だよ」


 背が高く、浅黒い肌に精悍な顔つきでなかなかの美男子がユウに笑顔を向けた。身に付けているつばあり帽子に全身を覆える外套が様になっている。


「オレと一緒の荷馬車に乗るんだろ? こっちだ」


 踵を返して格好良く外套を翻したラウロが歩き始めた。


 ユウはそれに続くと同じ幌付き馬車のうちの1台の後部に回る。


「これがオレの乗ってる荷馬車だよ。荷物は隙間に詰め込んでおけばいい。護衛の仕事はしたことある?」


「あります。それで故郷からここまでやって来ました」


「ふ~ん、ということは、最初から教える必要はないんだ。いいね」


「それにしても、昨日僕を採用して今日出発って忙しいですね」


「きみから見たらそうなるんだろうけど、オレたちは1週間前からここにいるからのんびりとしたものさ」


 気軽な態度で答えるラウロは軽快な身のこなしで荷馬車に乗った。すぐに左端に寄って座る。続いてユウも背嚢はいのうを荷台に置いてから荷馬車に乗った。空いている右端に寄って座る。


 少しの間が空いた後、荷馬車が動き始めた。振動がユウの全身に伝わってくる。荷台の後方から幌の外を見ると後続の荷馬車が後に続いて来た。


 それを見ていたユウにラウロが話しかける。


「1度別れたベリザリオが戻って来たって聞いたときは驚いたけど、あいつとどうやって知り合ったんだい?」


「昨日の朝、街中でベリザリオが喧嘩しているところに出くわして、それに巻き込まれたのが始まりです」


「もしかして、あいつに何人か喧嘩相手をなすり付けられた?」


「よくわかりましたね!」


「あいつ多人数と喧嘩するときいっつもそうなんだ。すぐに周りを巻き込もうとするから迷惑していたのさ」


「そんなに喧嘩っ早いんですか? 明るく元気な子だとは思っていましたが」


「あいつちょっと言葉が鈍ってるだろ? それでよく田舎者ってバカにされてたんだけど、よく喧嘩になってたんだ」


「あー、そういえば、都会だ田舎だってよく言っていましたっけ」


「だろ? 反応しすぎなんだ。ところで、よく一旗上げるんだってあいつは言ってたけど、この後どうするかって聞いた?」


「戦争で一旗上げたいから戦地を教えてくれって言われたんで、それを教えました。僕の故郷が今戦争中なんで」


「おっとそれは悪かった。でもあいつ、どうやって行くんだろ?」


「一昨日まで僕が護衛していた荷馬車を紹介しました。あれなら白銀の街道の西の端まで行くんで。それで代わりに僕はここを紹介してもらったんです」


「うはー、よくやるな、あいつ。そんなに戦争がしたいんだ」


「一旗上げるのにこだわっていましたよね」


 結局理由までは聞けなかったが、ユウはベリザリオが成り上がるのにこだわっているように見えた。しかし、なぜか危うく見えなかったのは不思議である。あいつなら何とかしてしまうのではないかと思えるのだ。


 昨日別れた浅黒い肌の少年について考えていると、ユウは外の風景が変化していることに気付いた。建物の姿は既になく、麦畑が続いている。冬はもうすぐ終わる時期だが、一面の白い空とたまに吹く風がまだ身を凍らせた。


 まだユウに対する興味は尽きないラウロが異なる話題を振ってくる。


「けど、西の端の人間が南にやって来るなんて珍しいね」


「そうなんですか? 商売で来る人もいるでしょう?」


「商売人なら確かにね。でも、旅人ってことになると多くはないよ。ああ、ユウは冒険者だっけ?」


「まぁ今は旅人でもありますよね」


「だよね。こっちには砂漠くらいしか見るものがないから、何しに来るんだろうって気になるよ」


「世の中のいろんな所を見て回りたいっていうのが旅をする理由ですから、例えそこに何もなくても行くことはありますよ」


「なんかすごいなぁ。オレはとてもそんな気になれないや。ということは、砂漠も見る価値があるってこと?」


「ありますよ。見たことないですから」


「へぇ、なるほどねぇ。オレはてっきり帰らずの森に行くのかなって思ってたんだけど、そういうわけじゃないんだ?」


「帰らずの森? 何ですかそれ?」


「おや、知らない? こっちの南側の果てにあるっていうバカでっかい森のことだよ」


「砂漠は乾燥した場所なんですよね? なのに森があるんですか?」


「バッカ、南は南で広いのさ。砂漠があれば森もある」


「帰らずの森って名前からすると、入ったら出られないんですか?」


「オレも行ったことがないから噂でしか知らないけど、どうもそうらしい。みんなことごとく死んじまうんだって聞いたな」


 幌の外に広がる麦畑を視界の端に収めながらユウは興味を示した。祖母の話にはそんな森があったかもう記憶は定かではないが、行けるのなら行ってみたいという思いは湧き上がる。


「そうなんですか。それは面白そうですね」


「え、行く気なのか!? ならず者たちが集まるろくでもない場所だとも聞くぞ?」


「それは今初めて知りました。でも、そんな森があるんなら見てみたいなぁ」


「物好きなヤツだな。大体、そこに行くには灼熱の砂漠を越えなきゃいけないんだ。簡単に行ける場所じゃない」


「さっき言っていた砂漠の名前ですか? 熱そうですね」


「熱いんだよ。死ぬほど熱い。だから実際に人が死ぬんだ」


「なんでそんな力説しているんですか?」


「1度護衛で行ったことがあるからだよ! 死ぬかと思った!」


「そ、そうですか」


 いきなりユウに顔を向けて真顔で諭してくるラウロにユウは顔を引きつらせた。砂漠を体験したことがないためその真剣さに戸惑うばかりだ。


 しかし、ラウロは尚もユウに語りかける。


「ああ、やっぱり砂漠に行ったことのないヤツの反応は鈍いな。まぁ体験していないから仕方がないか。でも、もし行くんならそんな格好じゃダメだぞ、絶対にな」


「これじゃ駄目なんですか? だったらどんな格好ならいいんです?」


「少なくとも、オレみたいな格好をしないと話にならないぞ。日差しが強烈過ぎて、長時間肌を曝してると火傷をする」


「はい? 日差しに当たるだけで火傷するんですか?」


「する。何なら砂漠の手前、山脈を越えて南に出た途端に焼ける。俺たちの住む場所ってのはそれくらい日差しが強いんだ」


「えぇ」


 ラウロの話をどこまで本気で受け止めるべきかわからず、ユウは困惑した。ユウたち西方辺境の人々にとっては日差しはそこまで厳しいものではない。もちろん真夏の日差しは厳しいが肌が焼けることなどなかった。


 どう返答しようかユウが悩んでいるとラウロが更にしゃべる。


「だから、とりあえず帽子と外套は買っておくんだ。次のトラデルでも買えるが、高原を越えたフロントラの町で買った方が安いぞ」


「そうですか。火傷するくらいというくらいなら、確かに買うべきですよね。あ、でも僕リーアランド王国のお金を持っていないです」


「なに、そうなのか? ならトラデルで買うしかないな。あそこならまだコンフォレスの通貨が使える」


「うーん、割高で買うのかぁ」


「仕方ない。火傷で苦しむよりかはずっとましだろ?」


 かつて商店で働いたことのあるユウは、通貨がないためにわざわざ割高の品物を買うことに抵抗を覚えた。例えそれがやむを得ぬ事情があったとしてもである。


「諦めて買います。で、今ラウロが身に付けている帽子と外套みたいなのだったら何でもいいんですか?」


「そうだな。特に上等なヤツを買う必要ないなぁ。山脈を越えたらこっちよりも乾燥してるから蒸れることもないし。ただ、あんまりボロいヤツは買うなよ。途中で破れたりしたら大変だからな。普通はもう1着なんて持ってないし」


「わかりました。丈夫さを軸にして検討してみます」


 行ったこともない場所の体験したこともない気候の対策のため、ユウは素直にラウロの話を受け入れた。思わぬ出費だが道中の入り用などこんなものだ。


 会話が途切れたのを機にユウは外へと目を向ける。外の景色はいつの間にか麦畑から原っぱになっていた。

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