南方の隊商

 三の刻の鐘が鳴る頃、ジェズは右後輪の不安を抱えた荷馬車の前で微妙な表情をして立っていた。目の前では地面から起き上がったノーマンが土埃を払っている。


「強さに関しては問題ないですね。負けた俺が言うのもなんですが」


「そうか。ということは」


「採用でいいんじゃないですか? 他に問題がないのなら」


「そうだな」


「やったぜ! ユウ、ありがとうな! これでトレジャー何とかに行ける!」


 嬉しそうに飛び跳ねたベリザリオにユウは肩を叩かれた。出会ってからまだ鐘1つ分も経っていないのに随分と世話を焼いたものだと自分に呆れる。


 これから本格的に商売をと意気込んでいた出鼻をくじかれたジェズがユウに近づいた。尚も喜ぶベリザリオを尻目に声をかける。


「あいつ、腕っ節はともかく、性格の方は本当に大丈夫なのか?」


「悪い人じゃないのは確かです。ただ、強引なところがあるんで、そこを含めてどう付き合うかだと思いますよ」


「傭兵って腕っ節の強さで上下関係が決まるんだろ? あのガキ、ノーマンの言うこと聞くと思うか? 好き勝手されると困るんだけどよ」


「どうでしょうね。僕はベリザリオとは戦っていませんから。あ、やれば負けますよ」


 口を開けようとしたジェズが再び閉じた。先に釘を刺しておいて正解である。


 ひとしきり喜んだ後、ベリザリオは再びユウの元へと寄ってきた。そして、肩を叩いて話しかけてくる。


「にーちゃん、ホントありがとうな! これで夢が叶えられそうだよ!」


「よかったね。でも、ジェズとノーマンの言うことはちゃんと聞くんだよ。自分の方が強いからって先輩を蔑ろにしたら放り出されるんだから」


「わかってるって! 暴れるのは戦場だけだ!」


「だったらいいんだけどね」


「そうだ! にーちゃんも護衛の仕事を探してたんだよな? 前にいた隊商を紹介してやろうか?」


「え? 前に所属していたところがあったの? 何でそこを抜けたの?」


「だって、その隊商は北はバイファーの町までしか行かねーんだもん」


「北は? ということは南から来たの?」


「ああ、リーアの町からだ。さっき言ったろ、リーアランド王国の王都だって」


 このとき、ユウは特に何も考えずにベリザリオの話を聞いていた。具体的な目的地のない旅なので、どこに行きたいかという希望がそもそもユウにはない。なので極端な話、護衛の仕事で食いつないで行ければそれでいいと考えていた。


 あまり反応を示すことなく、ユウはベリザリオとの会話を続ける。


「そうだったね。ということは、ベリザリオに頼んだらリーアの町まで行けるんだ」


「まぁな! ただし、ガイオのおっさんの試験に合格してからだけど!」


「さっき言ってた専属護衛の隊長だっけ?」


「そう! おらといい勝負できる隊長だぞ!」


「そんなの僕じゃ合格できるとは思えないよ」


「大丈夫だって! 強さだけで見てるわけじゃねぇから。おらだって初めて勝負したときは負けたけど合格したもん」


「そっか。それじゃ1回頼んでみようかな」


 こうして、ユウは人生の中でも有数の選択を何気なくあっさりと決断した。それに気付くのはずっと後のことである。


「よし、それじゃすぐに行こう! ジェズ、ノーマン、おらユウに仕事を紹介してくる!」


 雇い主と先輩の返事を待たずにベリザリオはユウの手を引っぱって歩き始めた。呆然としたままのユウは2人に何も言えないまま立ち去る。


 誰もがベリザリオの勢いに飲まれていた。




 上機嫌なベリザリオはバイファーの町の西門辺りから南へとひたすら歩いていた。既に手を離してもらったユウはその後ろをついていく。


 ジェズたちを紹介する前にベリザリオから聞いた話によると、数日前まで荷馬車を10台所有するドゥッチョという商売人の専属護衛に所属していたという。拠点はリーアの町にあり、バイファーの町と往復することで利益を上げているとのことだった。


 専属護衛は特定の対象を守るための護衛だ。普通の護衛は仕事ごとに契約を結ぶが、専属護衛は長期契約を結ぶ。そのため、仕事のないときでも最低限の賃金が支払われるのだ。荷馬車の護衛を中心に引き受けている者ならば誰もが憧れるが、腕っ節の強さだけでなく性格も問われるのでなれる者は少ない。


 なので、実際にユウがベリザリオの紹介する先で護衛ができるかはわからない。そういう隊商は一時的に雇う護衛であっても採点が厳しいからだ。


 町の南門から延びている銀竜の街道は一見すると西門の辺りと何も変わらない。しかし、よく見ると往来する人の中に今までとは違う衣装の者たちが混じっている。つばあり帽子を被り全身を覆える外套をまとった男たちが多いのだ。また、腰に曲刀を佩いている者もいる。


 銀竜の街道を少し南下すると原っぱが目立つようになり、停車している荷馬車が目立つようになった。その中の複数の荷馬車が停まる場所へベリザリオは迷いなく突っ込んだ。


 浅黒く小太りした中年の男の元へ走り寄る。


「ドゥッチョのおっちゃーん」


「誰がおっちゃんだ! 隊商長と呼べと何度も言っとろーが!」


「あのな、おらが抜けた代わりを連れてきたんだ!」


「おめぇ、ほんっとうに人の話聞かねーな! で、おめぇの代わりだ?」


「そう、ユウってんだ! 西の端のトレジャー何とかって所から来たらしいんだよ!」


「説明すんならもっとちゃんと覚えてからにしろ!」


 いきなり寸劇じみたものを見せられたユウは呆然とした。つばあり帽子を被り全身を覆える外套を身に付けているところはベリザリオと同じだ。いや、これが南方系の人々の基準ともいえる。


 ため息をついたドゥッチョがユウに目を向けた。愛嬌はあるがどこか油断なさそうな顔つきから放たれる眼光は意外に鋭い。


「ユウってのか。西の端っていやトレジャー辺境伯爵の領地だったか?」


「知っているんですか?」


「聞いたことがあるってだけだ。行ったことはねぇ」


「その領地のアドヴェントの町です。本当に西の端でそれ以上はもう誰も住んでいない所です」


「田舎を強調せんでもいい。で、なんで儂んところに来たんだ?」


「僕は旅をしていろんな場所を見て回りたいんです。ですから、荷馬車の護衛をしながらここまで来たんです。今回は、一旗上げたいっていうベリザリオを手伝ったお礼に紹介してもらいました」


「あー傭兵隊長になりたいって言ってたな。何を手伝ったんだ?」


「実は、トレジャー辺境伯爵は僕が出る1年前から戦争をしているんです。それを話したら行きたいっていうんで、昨日まで僕が護衛していた荷馬車の商売人を紹介しました」


「えへへ」


 話を聞いていたベリザリオがユウの横で照れていた。それを見たドゥッチョは呆れた目線をユウに向ける。


「物好きなヤツだ。今日会ったばかりでそんなことまでしてやるのか」


「まぁ話の流れでそうなっちゃっただけです」


「はぁ。ガイオ!、ガイオを呼んでこい」


「怒鳴らなくてもここにいる」


「ぅおっ!? なんで急に現れんだ! 驚いちまったろーが!」


「今朝の報告をしに来ただけだ。それで、何か用があるのか?」


「ベリザリオが自分の抜けた代わりにガキを連れてきた。ユウって名前らしい。話を聞いて護衛に加えるか判断しろ」


「わかった。俺はガイオだ。ドゥッチョ隊商長の下で専属護衛の隊長をしている。話を最初から聞かせてくれ」


 浅黒く彫りの深い顔がユウに向けられた。真面目な表情の相手に対し、ユウも真剣な顔をして最初から順に説明する。


 黙って話を聞いていたガイオは最後に小さくうなずいた。それからベリザリオへと顔を向ける。


「今の話に間違いはないか?」


「ないよ! 喧嘩してたときも動きを見てたけど、素人じゃなかったもんね」


「わかった。リーアの町まで同行したいということだな。なら、護衛として採用してもいい」


「いいんですか?」


 あまりにもあっさりと下された決断にユウは目を白黒させた。


 驚いたのはドゥッチョも同じらしく、怪訝そうな目をガイオに向ける。


「決め手はなんだ?」


「ベリザリオが懐いているところだ。あいつは弱い奴には見向きもしないし、性格の悪い奴にも近づかない。鼻が利く。つまり、強さも性格も問題なしということだ」


「なら、本人から話を聞く必要はなかったろう」


「俺自身も確認したかったからだ。こいつは悪い奴ではないと俺も思う。あとは、念のためにどの程度か強さも確認しておきたい」


「模擬試合ですね」


 ユウの言葉にガイオはうなずいた。腕っ節ありきの商売では必要な試験なのだ。


 模擬試合の結果、ベリザリオ以下だが悪くないという評価を得た。また、立場は専属護衛ではなく護衛ということになる。リーアの町までの短期間採用なのでその方が良いということだった。


 こうして、ユウの南方辺境行きが決まる。ベリザリオは無邪気に喜んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る