未来の傭兵隊長

 肉団子とピザに感動した翌日、ユウは気持ちよく目覚めた。暦は既に3月に入り、吐く息の白さも少しずつ薄くなってきている。寒すぎて真夜中に起きることはもうすぐなくなるのだ。


 すべての準備を整えて安宿を出たユウは南へと足を向ける。目指すは冒険者ギルド城外支所だ。扉が開くのは三の刻の鐘が鳴ってからなのでまだ先だが、どこで待っても同じなので向かうことにしたのである。


「護衛の仕事はあるかなぁ」


 歩きながらユウはつぶやいた。今のところ冒険者ギルド経由で荷馬車の護衛の仕事を見つけることができたのは1度だけである。他は傭兵として護衛に就いたり人伝いでなったりと人間関係による伝手ばかりだ。


 辺境なら冒険者でも荷馬車の護衛の仕事はあると聞いていたユウだったが、思った以上にないことに不安を覚える。あるいは長期間その町で待てばあるのかもしれないが、無意味に待たされるのは嫌だった。


 この辺りで1つ冒険者ギルド経由で護衛の仕事がほしいと願うユウだったが、前方の騒がしさに空想を中断する。周囲はまだ安酒場街だ。意識を現実世界に引き戻されたことで不快な臭いが鼻をつく。


「酔っ払いの喧嘩?」


 騒がしい場所を遠目で見たユウは数人がしきりに動いているのを目の当たりにした。酒場での喧嘩など珍しくないが、朝にまだやっているというのは珍しいを通り越して呆れる。


 更に近づいてみると、1人と多人数が戦っていることを知った。1人の方は少年で、帽子を被り全身を覆える外套をまとっている。また、腰には珍しく曲刀をいていた。一方、複数の方は青年たちで、荒々しそうに見えつつもどこか垢抜けているように見える。どちらの方も冒険者か傭兵に見えるが、ユウの知っている出で立ちとは異なる者たちばかりだ。


 あまり近づいて巻き込まれるのもつまらないと思ったユウは知りたいことを知って満足すると、喧嘩している者たちから離れようとする。旅を始めてからというもの、なぜか巻き込まれる機会が増えたからだ。


 ところが、ユウの予想以上に目の前の事態は急に動いた。1人で戦っていた少年が喧嘩の輪からいきなり飛び出してユウの側へと走ってくる。


「にーちゃん、少し手伝ってくれ!」


「は?」


 浅黒い肌をしてやや彫りの深い顔をしている美少年がユウに近づいて叫んだ。何を言っているのか理解できなかったユウは呆然と立ち尽くす。


 そんなユウの背中に美少年が隠れると、追いかけてきた青年たちが一斉に襲いかかってきた。ユウに血走った視線が複数が突き刺さる。


「てめぇもかぁ!」


「え? いや、ちがっ!」


 いきなり襲われたユウはよくわからないまま先頭の青年の拳を避けた。次いで右側から掴みかかろうとしてくる別の青年も躱す。一旦離れようとするが青年たちの方が動きは速い。背嚢はいのうを背負っているからだが、肩から下ろせば喧嘩から逃げられない。


 一方、少年の方は相手をする人数が減ったことで勢いを付けていた。複数人を相手にするのは慣れているらしく、1人、また1人と青年を地面に倒していく。その鮮やかな戦いぶりにユウだけでなく、ユウを襲おうとしていた青年たちも足を止めて呆然と眺めていた。


 最後の1人を倒した少年はユウたちへと体を向ける。


「よっし、こっちは片付いた! にーちゃん、ありがと! ちょっと人数が多かったけど助かったわ! おいおめーら、まだやんのか? さっさと仲間を連れて消えちまえ!」


 言うだけ言うとユウの方へと歩いてきた。その挑発的な顔を見てユウはやや気圧されたものの、自分は何も悪くないと踏みとどまる。しかし、囲んでいた青年たちは違った。悔しそうな表情を浮かべつつも少年から距離を取りつつ倒れた仲間のところへと向かう。


中央とかいのヤツラなんてしょせんあんなもんだ。こっちは腕っ節が違わぁな!」


「いきなり喧嘩に巻き込むなんてひどいじゃないか」


「ん? ああ、すまんって。さすがに7人はきつかったんだ。見ての通り、4人までなら楽勝なんだけどよ!」


 どうも話が通じなさそうな気のしたユウは渋い顔をした。悪いことをしたという気はまったくないらしく、無邪気な笑顔を向けてくる。厄介そうな相手だ。


 青年たちが逃げて行くのを尻目に少年がユウに話しかける。


「おらの名前はベリザリオってんだ! 最近リーアの町から来た傭兵なんだぜ!」


「リーアの町? どこにある町なの?」


「あれ、知らねぇの? 白銀の山脈と竜鱗の山脈の南側にあるリーアランド王国の王都だよ。南側で一番栄えてる町なんだ!」


「へぇ、そうなんだ。僕も昨日この町に来たばかりだから知らなかったよ」


「なーんだ、ならしゃーねーな!」


 明るい少年の笑い声に釣られてユウも笑った。一方的にひどいことをされたはずなのだがどこか憎めない。


「ところで、にーちゃんの名前は?」


「僕はユウ。西の端のアドヴェントの町から来た冒険者なんだ。トレジャー辺境伯爵領の本当に端だったから、知らないんじゃないかな」


「うん、知らねーな。そっか、西の端かぁ。ということは、西方辺境ってとこだな」


「そうだね」


「なんだ、だったらおらたち似たもん同士か! おらのところも南方辺境って言われてんだよ! 中央とかいのヤツラは辺境いなかもんっておらたちのことをバカにするけど、あいつらなんて大したことねぇよ、な!」


「4人いっぺんに相手していたのはすごかったよ。僕じゃあんなことできないから」


「お、そっか? えへへ! にーちゃんだってあんなヤツラのへなちょこな拳に当たんなかったよな!」


 褒められると途端に嬉しそうに笑うベリザリオにユウは苦笑いした。ユウ自身も褒められると喜びやすいが、ベリザリオはそれ以上だ。他人事ながらいつか騙されるんじゃないかと心配になるほど喜んでいる。


「にーちゃん、いいヤツだな! よし、今から飲みにいくか!」


「こんな朝からだとどこのお店も開いていないよ」


「そ、それもそーだな。にーちゃんは今から何するんだ?」


「冒険者ギルドに行くところだよ。次の仕事を探すんだ」


「へぇ。冒険者って魔物を狩るんだよな? この辺りだと霧の森に出るらしいけど」


「普通はね。でも僕は今旅をしているところなんだ。だから霧の森で魔物狩りはしないよ。それより、荷馬車の護衛を探すんだ」


「荷馬車の護衛? にーちゃん、それって傭兵の仕事だぞ?」


「知ってる。でも、荷馬車を1台か2台しか持っていない商売人が護衛の欠員を埋めるときに冒険者ギルドへ依頼を出すことがあるんだ。それを狙ってる。傭兵って団体で護衛を引き受けるものなんでしょ?」


「おう、その通りだ。よく知ってんな。でも、だからおらは困ってんだよな」


 今まで明るく振る舞っていたベリザリオの表情が急に暗くなった。その落差の激しさにユウは驚く。


「どうかしたの?」


「実はおら、いつか一旗揚げて傭兵隊長になるのが夢なんだ。そのためには中央とかいに出なきゃなんねぇんだが、どこも相手にしてくんなくてよ」


「どこの傭兵団にも入れないの?」


「この辺りで小競り合いがよくあるって聞いたからいろんな傭兵団のところへ行ったんだけど、どこも今は人には困ってないらしいんだ」


「それじゃ、別の町でまた探すの?」


「いろいろと聞いて回ってんだけど、この辺りじゃ大きな戦争は最近してないらしいんだ。けど、他の場所のことなんて知らねーし。どうしたもんだか」


「大きな戦争かぁ。そういえば、僕の故郷がやってたっけ」


「え!? にーちゃんのところって、トレジャー何とかってところか!?」


「うん。去年の初めから戦争が始まったらしくて、今年僕が旅に出る頃もまだ続けてたよ」


「じゃ、トレジャー何とかのところへ行ったら一旗上げられんだな!?」


「まだやってるんだったら戦争には参加できるんじゃないかな。でも、トレジャー辺境伯爵は劣勢らしいよ? 冒険者も徴兵し始めてるって話を聞いたことがあるし」


「その辺は何とかするよ! あ、でも遠かったんだよね?」


「ここから領地の南の端の町まで1ヵ月くらいかかるかな。領都までだと更に2週間?」


「構わねーよ! 一旗上げられるんだったらどこにでも行く! あ、となるとそこまで歩かなきゃなんねーのか。いや、隊商護衛の仕事があるんならそれで食いつなげば」


 つぶやきながら考え込み始めたベリザリオを見ながら、ユウは仕事について心当たりが1つあることを思い出した。少し考えてから口を開く。


「僕が昨日まで護衛をしていた荷馬車の商売人なら紹介できるかもしれない。確かトレジャー辺境伯爵領の隣町まで戻るはず」


「ホントか! だったら紹介してくれ! 護衛でも雑用でも何でもやるよ!」


 予想以上に食いつきにユウは一歩退いた。その思いの強さに顔を引きつらせる。しかし、そこまで必死ならばと元雇い主を紹介することにした。

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