コンフォレス王国の東へ

 スクレスト市にユウが滞在して1週間が過ぎた。ジェズとの約束のときまで意外に時間が余ることに気付く。いくら今まで滞在したどの町よりも大きいとはいっても、市内に入れるわけでもないので見所は限られてしまうのだ。


 そこでユウは滞在3日目から走り込みと素振りを久しぶりに再開する。のんびりと休むのは結構なことだが、それは体を鈍らせても良いということではないのだ。


 疲労も残らず気持ちよく目覚めたユウは白い息を吐きながら出発の準備を整えた。最近は以前よりも日の出の時間が早くなっているので起床時間も前倒しだ。


 日の出と共に安宿を出発すると、ユウは市の北西にある冒険者ギルド城外支所に向かった。南東側にももう1つあり、実はどちらで会うのか決めていなかったことに最近気付いたが、どうせわからないのならばと決め打ちで北西側で待つことにしたのである。


 冒険者ギルド城外支所に到着すると、ユウはその建物の南東の角で立ち止まった。小道に面しているのでここなら目立つため、行き違いになりにくいと予想したのだ。


 三の刻の鐘が鳴るまでは扉が閉まっている城外支所の建物へと目を向けたユウはつぶやく。


「こんなことなら西門か東門近くで待ち合わせたら良かったな」


 今更言っても遅いのだが、それでもユウは言いたくなった。最悪、ジャズの荷馬車は諦めて別の護衛依頼を探さないといけない。


 仕事を失う不安に曝されながらユウが待っていると小道の東側から声をかけられた。振り向くと、ノーマンが手を振っている。


「ユウ、やっぱりここにいたか!」


「ノーマン! よくこっちだってわかりましたね!」


「はは、俺の勘も捨てたものじゃないな! お前と別れたのが西側だったから、絶対こっち側のギルドで待ってると思ったんだ」


「南東側は何となく馴染みがなかったからなぁ」


「だろう? さ、行こうぜ。ジェズが待ってる」


 不安を払拭する再会を果たしたユウはノーマンと共に小道を東へと急いだ。


 しばらく歩いて市の東門近くに出ると、2人は白銀の街道を東へと歩いた。そして、街道の北側にある原っぱに点在する荷馬車の1つに近寄る。


「旦那、ユウを連れてきましたよ!」


「良かった、ちゃんと会えたんだな!」


「だから大丈夫だって言ったでしょう!」


「早く荷台に乗れ。すぐに出発するぞ!」


 機嫌良く叫んだジェズが御者台に乗り込んだ。すぐに手綱を掴む。


 ユウはノーマンと一緒に小走りで荷馬車の後ろに回った。ノーマンが乗り込む横で、背嚢はいのうを肩から下ろして荷台に載せ、自分も乗り込む。それからすぐに荷馬車が動き始めた。


 背嚢を奥へと詰めるとユウも荷台に座る。


「とりあえずは予定通りっと」


「良かったな。俺も1人じゃなくて安心したよ。徹夜で馬車の荷物番はさすがにきつい」


「言えてますね。ところで、後ろから他の荷馬車が続いて来てませんけど、ジェズが最後尾なんですか?」


「それなんだけどな、実は今回はこの1台だけなんだ」


「え!? それって大丈夫なんですか?」


「バイファーの町まではコンフォレス王国内だから平気だって旦那は言ってたんだけど、実際はどうだかな」


 街道を往来する商売人が単独で行動することは少ない。確かに治安の良い街道であればそれも可能ではあるが、荷馬車の破損などの問題が発生したときに立ち往生してしまう。それを避けるためにも普通はまとまって行動するものなのだ。


 肩をすくめるノーマンを見たユウは外へを顔を向ける。ジェズの判断が果たしてどんな結果をもたらすかはまだわからなかった。


 バイファーの町までは1週間の行程である。街道によっては治安が悪くて盗賊に襲われたり整備されていなくて車輪が泥濘にはまったりすることもあるが、コンフォレス王国ではその辺りを心配する必要はほぼない。


 それを見越した上でジェズは単独で目的地を目指したわけだが、旅程が狂う原因は様々だ。旅中では何が起きるかわからない。


 スクレスト市を出発して4日目、この日も荷馬車は快調に走っていた。道中、外を眺めながらユウもノーマンと会話して暇を潰す。


「ノーマン、バイファーの町ってどういう町なんですか?」


「一言で言えば、各地方への玄関口かな。西へ行けば西方辺境、南へ行けば南方辺境、東へ行けば中央へ行ける。だから交易が盛んなんだ」


「へぇ、なんかすごそうな町ですね」


「元はコンフォレス王国の国土を切り開く開拓団の拠点だったそうだが、ウェスポーの町と繋がってから本格的に交易の町になったらしい。ただ、そのときに東隣のアンチルフ王国から独立したらしくて、以来ずっと争いが絶えないんだ。しょっちゅう小競り合いをしてる」


「うわ、それは大変ですね。でも、傭兵なら常に稼ぎ口があるってことですよね?」


「その通りさ。だからあそこの町には常に傭兵がたくさんいるんだ。ただ、冒険者も」


 のんきにユウとノーマンで話をしていると、前の方から馬のいななきが聞こえた。そしてその直後、荷馬車に衝撃が走る。外へ放り出されそうになった2人は慌てて荷台に伏せたり幌の骨組みに捕まったりした。


 荷馬車が止まった後も馬の興奮した叫びと荷台の揺れは収まらない。というより、荷馬車の最後尾からは馬が暴れているのが見えた。ジェズの荷馬車を牽いている馬ではない。


 ジェズの悲鳴を背に受けながらユウとノーマンは暴れる馬を避けながら荷馬車から降りた。そして、少し離れた場所から状況を確認する。ジェズの荷馬車に前からやって来た荷馬車がぶつかっていた。その馬が暴れているのである。


「どうしてあの馬は暴れているのかなぁ?」


「さてな。それより、どうするんだ、あれ」


 事故を起こした商売人が自分の馬をなだめようと必死になっていた。その男に対してジェズが早く荷馬車をどけろと叫んでいる。尚、相手の商売人が雇っている護衛2人はユウたちと同じく離れた場所でのんびりと様子を眺めていた。


 暴れる馬が落ち着いたのはかなり後である。力尽きたのか、暴れていたときが嘘のようにぐったりとしていた。


 しかし、問題は荷馬車である。相手の商売人の荷馬車は左前輪が破損してほぼ動かせなくなっていた。このままでは通行の邪魔だが、商品を満載した状態ではとても動かせない。そこで、護衛も含めた3人が荷台から商品を街道の脇に運び出していた。


 一方、ジェズの荷馬車は右後輪の軸が歪んだらしく、動かすと不安定な回転をする。いつ脱輪するかわからない状態だ。


 まさかの事態にジェズが嘆く。


「ちくしょう! なんで稼ぎどきにこんな事故に遭っちまうんだよ!」


「動かせるんなら何とかなるんじゃないですか?」


「バカヤロウ! 商売ってのはな、時間との勝負なんだ。こんないつ脱輪するかわからない状態で動かしても大して速度が出せないだろうに」


「今回はそんなに急ぎなんですか?」


「そうなんだよ。だから単独で出発したのに」


 それ以上かける言葉を見つけられなかったユウはそのまま黙った。


 とはいえ、そのままじっとしていても始まらない。ある程度嘆くと気持ちを切り替えたジェズは荷馬車をゆっくりと動かし始めた。通常は徒歩と同じくらいの速度だが、以後はその半分近くの速さで移動することになる。


 事故前まで荷馬車に乗っていたユウとノーマンは歩くことになった。荷馬車の負担軽減のためである。また、速度の面からすると徒歩の2人の方が速いのだが、右後輪の状態を常に監視するため荷馬車の後ろを歩くことになった。


 ゆっくりと進む荷馬車の後を歩きながらユウは背嚢を背負い直す。


「まさかこんなことになるとは思わなかったなぁ」


「俺もだ。荷馬車の護衛で歩きかぁ。盗賊に襲われて荷馬車が焼かれた後に歩く羽目になった話なら聞いたことがあったんだが」


「ノーマン! 車輪は大丈夫か!?」


「大丈夫です。ふらつきながらもちゃんと回ってます」


「ホントだろうな!? 少しでも怪しいと思ったらすぐに言うんだぞ」


「わかってますって」


 御者台から聞こえてくるジェズの声にノーマンが返事をした。相当不安なようで、荷馬車が大きく揺れる度に尋ねてくる。


 後方から荷馬車の集団が近づいていた。それに気付いたユウが集団の先頭の御者台に座る商売人に声をかける。説明をして追い越してもらうためだ。事情を聞いて同情する者や面倒そうな表情を浮かべる者など反応は様々である。


 結局、バイファーの町への到着は3日遅れた。ジェズは嘆くことしきりだが、ユウやノーマンなどは荷馬車が最後まで動いただけでも上等だと考えている。不幸中の幸いというわけだ。ジェズはとても受け入れてくれそうにない考え方だが。


 ともかく、無事ではなかったがユウは最後まで護衛をやり通す。同時に、どんな安全な場所でも油断できないという経験も得られた。

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