残りの護衛についての依頼
ティンクラの町の東側郊外に荷馬車が集まっている場所がある。白銀の街道から北に少し離れた所だ。日が出ると、そこから荷馬車が次々と東を目指して街道へと入っていく。
ユウの乗るジェズの荷馬車もその中の1台だった。6台になった荷馬車集団が1列になって東へと進む。
荷馬車の後方の右側に座ったノーマンが外の景色を眺めていた。あまり面白くなさそうな顔をしている。
「あーあ、報酬額が減っちまったなぁ」
「ここからは銀光の川の西側よりも安全らしいですからね」
「適度に危険でないと俺たちはあんまり稼げないのがつらいね」
「適度って何ですか」
「たまに撃退できる程度の盗賊が出るくらいだよ。特別報酬も追加でにっこりさ」
「座ってるだけで楽して儲かるとは考えないんですね」
「そういう奴がいるのも確かだけどな」
「僕は傭兵じゃないですけど、そっちののんびりした考えの方かな」
荷馬車の左側に座っているユウが自分の考えを披露した。聞いたノーマンは肩をすくめる。それ以後しばらく会話が途切れた。
黙っている間、ユウも外の景色を見る。すると、いつの間にか一定間隔で同じ木が街道の両脇から生えていることに気付いた。再びノーマンへと顔を向ける。
「この街道の両脇に木が生えていますけど、どうしてこの木は残されたままなんですか?」
「並木を知らないのか?」
「はい、知らないです。何のためにあるんですか?」
「夏に日陰が利用できるだろ? あとは、こんなことができるくらい余裕があるんだから、街道の整備も完璧ってことを示すためさ。今までと違って道がきれいだろう?」
「そういえば、確かに」
木にばかり意識を向けていたユウは街道の道の部分を見て今更気付いた。凹凸のほとんどない、平らに近い道である。
「これだけ整備されてるってことは宿駅もきちんとあるし、盗賊が仕事できないくらい兵隊が見回りしてるって証だ」
「なるほど、報酬額が減るわけですね」
「そうなんだよなぁ」
得意げに説明していたノーマンがユウの一言で意気消沈した。
ユウは改めて周りを見る。並木の向こう側には少し離れたところにまっすぐな川が流れており、麦畑が延々と続いていた。たまに別の作物らしきものも植わっているが、一面畑だということに変わりはない。
宿駅は半日ごとにしっかりと整備されており、建物も古いが傷んでいないものだ。宿泊施設の寝台もあまり汚れてなく、掛け毛布も今までに比べればきれいな方だった。なので、気持ちよく眠れる。
街道をしっかりと整備するということがどういうことか、ユウはこのとき初めて実感した。
ティンクラの町を出発して1週間後、ユウたちはついに目的地であるスクレスト市へと到着した。その今までの町よりもずっと大きい城壁に初めて見る者は圧倒される。
スクレスト市の郊外に停まった荷馬車から降りたユウは、遠目に見える城壁を目にして呆然とした。アドヴェントの町はもちろんのこと、今まで通ってきたどの町よりも大きい。
「ウェスポーの町も大きかったですけど、スクレスト市はそれよりも大きいんですね!」
「俺も何度かここに来てるけど西方辺境だと有数の大きさだと思うぞ」
「ですよね。一体どのくらいの人が住んでるのかな」
「聞いた話だと1万人以上は住んでるはず」
「すごいな。アドヴェントの町は2千人がやっとだったのに」
教えてくれるノーマンへは顔も向けずにユウはスクレスト市の城壁を眺め続けた。
そんなユウにダリルが離れた場所から声をかけてくる。
「ユウ、団長が集合かけたぞ!」
「わかった、今行く!」
返事をしたユウはすぐにダリルの後を追った。少し離れた場所にギャリーと傭兵たちが集まっているのを見つけると、その輪の中に入る。
全員が揃ったことを知ったギャリーがうなずいた。それから口を開く。
「今回の護衛依頼は完了だ。荷馬車はすべて無事だったので報酬も満額手に入ったからお前たちにも渡す。が、その前に連絡だ。報酬をもらってもすぐにどこかへ行くなよ。まずは宿を決める。その宿が今回この町での拠点だ。それでは、名前を呼ばれた者から俺のところへ来い」
歓声の上がる中、ギャリーは1人ずつ配下の名前を呼んで報酬を手渡した。ユウの知り合いでは最初にジャック、次いでダリルが呼ばれる。ユウは最後だった。
ギャリーの前に立つと声をかけられる。
「盗賊に襲われたときはよくやってくれた。手柄よりも戦局を優先してくれたのは正直助かったぞ。あれのおかげでこっちの犠牲者が少なくてすんだからな」
「暗くて周りを見られなかったんで、とりあえず目の前の敵を確実に殺しておきたかったんです。戦局っていうほど大げさなことじゃありません」
「それでもだ。目先の手柄に囚われる奴は多いからな。それより、冒険者を辞めて傭兵になる気はないか?」
「今はないです。まだやりたいことを始めたばかりなので」
「そういうと思ったよ。まぁいい。傭兵になりたいのなら、俺に声をかけてこい。お前なら歓迎する」
「ありがとうございます」
報酬を受け取った後、ユウは一礼してギャリーの元を離れた。すると、ダリルがすぐに寄ってくる。
「団長からの誘いを断るなんて、とんでもねぇ奴だなぁ!」
「誘われたのは嬉しかったけど、今は傭兵になることは考えていないから」
「冒険者にしとくのは惜しいんだけどなぁ」
「でも、やりたいことがあるんならしょーがないだろ」
続いてやって来たジャックがダリルの肩を軽く叩いた。それからユウへと顔を向ける。
「またこの辺りにやって来たら会おうぜ」
「うん。次に会ったときはダリルからまた女の人を引っかけ損ねたことを聞くね」
「それは本当に勘弁してくれ!」
「よっしゃ任せろ! 全部話してやるぜ!」
3人は笑いながら握手を交わした。それからしばらく話を続けてから別れる。
報酬をもらったユウは再びジェズの荷馬車へと戻った。荷台の背後に回って
「これでよしっと。後は挨拶をしてから」
「ユウ、いいところにいた。旦那が呼んでるぜ。話があるそうだ。御者台の所に来いって」
「ジェズが僕に?」
ノーマンから話を聞いたユウは首をかしげた。やるべきことは既にやったはずである。残っている所用は何もないはずだった。
背負った背嚢をそのままにユウは荷馬車の前に回る。すると、ジェズが立っていた。振り向いたジェズにユウが声をかける。
「ノーマンから話があるって聞いたんですけど、なんですか?」
「あのな、一応今回の目的地はここなんで今までの護衛は終わったんだけどよ、実はもうちょい先まで行きたいんだ」
「もう少し先ですか? どの辺りまでです?」
「そんなに遠いわけじゃない。こっから更に東にあるバイファーの町なんだ。このコンフォレス王国の東の端の町で、中央への窓口でもある場所さ。俺の今回のもう1つの目的、中央の品を手に入れることなんだ」
いつもと違って若干緊張しているように見えるジェズを見て、ユウは少し戸惑った。商売人なので商機のある場所に足を運ぶことに違和感はない。あるとすれば、なぜそれを自分に打ち明けるかだ。
首をかしげながらもユウはジェズに問いかける。
「目的はわかりました。それで、どうしてそのことを僕に話すんですか?」
「そのバイファーの町までの護衛を引き受けてほしいんだ。冒険者ギルドを通さずに」
「それって前と」
「待て! 前とは違う。そもそもまだ冒険者ギルドに依頼は出しちゃいない。今回は1週間ほどここにいるんだが、その間商売で忙しくてな。代わりの護衛を探す時間がないんだよ。コンフォレス王国の治安がいくらいいからって、さすがにノーマン1人だけってのはきついからな」
「宿駅があっても荷物番は必要ですからね」
街道で盗賊に襲われるというのが商売人にとって最大の危険だ。しかし、他にも人為的な危険はある。人の物を盗む輩はどこにでもいるのだ。それは他の地域よりも比較的安全なコンフォレス王国も例外ではない。なので、荷物番はどこであっても必須なのだ。
しばらく考えたユウはうなずく。
「さっきまでの荷馬車の護衛と同じ報酬でしたら構いませんよ」
「ああそれでいい。助かったよ! 断られたら寝る時間もないところだった」
「それで、1週間後にまたここに来たらいいんですか?」
「いや、そのときは荷馬車はスクレスト市の東側に移してる。だから、1週間後は冒険者ギルドで待ち合わせよう。三の刻の鐘が鳴るときだ。ノーマンを行かせる」
「わかりました。僕もそれでいいです」
東への移動手段を求めていたユウにとってもジェズの提案は渡りに船だった。稼ぎながら移動手段ができたことを素直に喜ぶ。
細かいところを簡単に打ち合わせた後、ユウはジェズと再び契約を交わした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます