冒険者と傭兵の飲み会

 丸テーブル1つを確保したダリルに呼ばれてユウはジャックと共に席へ座った。造りの荒い木造の店舗だが、それ以外は特に見るべきもない店である。


「ぃよう、ねーちゃん! 酒6杯と肉の盛り合わせ、あと、あと何がいい?」


「お前、俺たちにも聞いてから注文しろよ。肉入りスープとパンを3人分追加!」


「いや待って! 肉入りスープとパンは2人分で、それで魚入りスープと焼き魚をそれぞれ1人分ください!」


 ダリル、ジャック、ユウの順に注文を追加修正していった。苦笑いした若い給仕女がうなずいて離れて行く。


「なんだよ~、お前だって人の注文聞いてねぇだろうが」


「うるさいな。あれは定番だからとりあえず注文しておけばいいと思ったんだよ。それより、魚なんて珍しいな」


「僕も普段はお肉なんだけど、旅に出てから珍しいものを食べるようにしているんだ」


 自分の注文ができて一安心していたユウが旅の方針の1つを披露した。珍しい物があれば目を引かれるのは人のさがである。


 給仕女が器用に6杯の木製のジョッキを持ってきた。丸テーブルに置いた端からダリルたちが取っていく。そして、手にした順に口を付けて傾けた。


 一気に半分ほど飲んだダリルが息を吐く。


「あーうめぇ。魚かぁ。確かにここの魚は珍しいからなぁ。けどあれってでかいだけだったんじゃないか? 味は普通のやつと同じだったはずだよな?」


「そうだったはず。俺も1回しか食ったことがないからあんまり覚えてないんだよ」


「僕は内陸出身だから魚は旅に出てから食べたんですよ。だから珍しくって。ところで、ジャックは魚を1回しか食べたことないんですか? ウェスポーの町で生活しているのに」


「肉の方が好きだからね。1回食べたからもういいやってなったんだ」


「オレもだぜ!」


 2杯目の木製のジョッキに手を伸ばしたダリルが元気よくジャックに同調した。


 肉の盛り合わせを乗せた大皿が丸テーブルの真ん中に置かれる。複数の肉の香りが3人の鼻をくすぐった。最初にダリルが鶏肉をナイフで大きく切り取り、次いでジャックが豚肉の薄切りを1度に何枚か手で掴み、ユウがソーセージを摘まんで口に入れる。


 鶏肉を頬張っていたダリルが木製のジョッキを傾けた。飲み干して空になったジョッキを丸テーブルに勢いよく置くと給仕女を呼ぶ。


「ねーちゃん、酒2杯持ってきてくれ! それにしても、ユウ、お前スクレスト市に着いたらどうするつもりなんだよ? そこで稼ぐのか?」


「そのまま更に東へ行くつもりだよ」


「東ねぇ。コンフォレス王国の東隣っつたら、アンチルフ王国か。あそこに用でもあるのか?」


「特定の場所に用はないんだ。僕は西の端で生まれ育ったから、東の方に何があるのか知りたくて進んでるだけだから」


「わっかんねぇなぁ。旅すること自体が目的ってことかよ?」


「あーそうなるかな。いろんな所を見て回りたいんだ」


 楽しそうに語るユウを見たダリルが困惑の表情を浮かべていた。ユウの感性がどうにも理解できないようである。


 丸テーブルに置かれていく肉入りスープとパンを尻目に、次はジャックが口を開く。


「冒険者っていうより旅人に近いな、ユウは」


「そうなの?」


「旅人の大半はどこかに用があって旅をしてるけど、中には旅をすること自体が目的の奴もいるしね」


「ジャック、だったらユウは冒険者らしいんじゃねのか? 冒険者はいろんな所を冒険して回るもんなんだろ?」


「うーん、ユウの場合、見てると進んで危険を冒すようには思えないんだよなぁ」


「そう言われるとそうだな。結構やるのに。お前、なんで冒険者になったんだ?」


「最初は冒険者になるつもりはなかったんだけどね。色々と考えたりやっていたりしたら冒険者になったんだ」


「へぇ、そんな奴もいるんだなぁ」


 わかったようなわからないような反応を示したダリルが木製のジョッキを口に付けた。しかし、空なのに気付いて顔をしかめる。そこへユウがまだ手を付けていない自分の2杯目を差し出した。笑顔を浮かべて受け取ったダリルが旨そうに飲む。


 次いで丸テーブルに魚入りスープと焼き魚が置かれたのを見てユウは目を丸くした。焼き魚の魚が大きいのだ。ウェスポーの町で食べたものより2倍以上縦にも横にも大きい。早速串を両手で持ち上げてみる。


「すごい! 重い! はふっ、身も大きいや。んぐ、でも、確かに味は普通だね」


 口をしきりに動かしながらユウは小首をかしげた。何口か食べてみるが評価は変わらない。どうやら本当に身が大きいだけのようだった。


 次いで目を移したのは魚入りスープである。魚の煮込み料理というくらいの具だくさんという話だったが、確かにその通り、スープよりも具が多いのではと思えるくらい白身の具が盛り上がっていた。


 湯気立つその身を木の匙でほぐしてすくい上げるとユウは口の中に入れる。熱い具が舌の上に乗り、柔らかい身が崩れていった。


 何度か噛んで飲み込んだユウはつぶやく。


「お魚だね。お肉よりもあっさりとしてるからいくらでも入りそう」


 幸せそうな顔をしたユウは何度も木の匙を口に運んだ。身がほぐれやすいのでスープを飲むように食べられるというのも匙が進む理由の1つである。


 やがて一息ついたユウが顔を上げると体が硬直した。ジャックが何度か料理を運んでくれた給仕女と仲良く話をしているのだ。いや、よく聞くと口説いていると知る。


 理由を求めてユウはダリルに目を向けた。その視線に気付いたダリルが肩をすくめる。


「ジャックの悪い癖だ。あいつ、自分の気に入った女を見かけるとすぐに口説くんだよ」


「えー、僕らと食べてるのに?」


「見境なしなんだ。いくら注意しても聞かねぇし、最近じゃもう放っておいてんだよ」


「ウェスポーの町で僕を喧嘩に巻き込んだ男も女たらしだったそうですけど、もしかして同類?」


「あいつも女たらしだったのか? なんで知ってんだ?」


「野次馬のおっちゃんが呆れて教えてくれたんですよ。そっかぁ、どっちもどっちかぁ」


 返答に納得したダリルが木製のジョッキを口に付けるのを見ながら、ユウはため息をついた。改めて本当にどうしようもない連中の喧嘩に巻き込まれてしまったと実感させられてしまう。


 しばらく話をしていたジャックと給仕女だったが、店主に睨まれているのに気付いた給仕女が離れて行った。ジャックが残念そうな顔を浮かべる。


「お? 終わったか?」


「あーあ、もうちょっとだったのになぁ」


「嘘つけ。大体聞いてたが、完全にあしらわれてたじゃねーか。なんでそんなのでたまに女が引っかかるのかわかんねぇ」


「ダリルもやってみたらわかるよ!」


「知りたくねーなー」


「ジャックは最低ですね。これからはちょっと距離を置くことにします」


「ユウ、そんなこと言うなよぉ。今度教えてやるから一緒にやろうぜ!」


 明るく誘ってくるジャックにユウは首を横に振った。今は女性よりもまだ見ぬ未知の世界の方が優先順位が高いのだ。


 このままだと延々とジャックに誘われそうな気がしたユウは話題を変えることにする。


「2人は将来何かやりたいことやなりたいものなんてあるの?」


「オレたちかぁ? そうだなぁ。このまま傭兵として食っていけたらいいと思ってるんだけどな。ダメだったら他に何かするぜ」


「何も考えていないように聞こえるよ」


「だってよぉ、先のことなんて考えてもそのときどうなるかなんてわかんねーだろ。ああでも、今の傭兵団でやっていけたらいいなとは思ってるぜ」


「なるほど。ジャックは?」


「俺もここでやっていけたらいいなとは思ってるけど、引退した後は食い物屋でもやろうかなって思ってるかな」


「オレはてっきり水商売の店をすると思ってたぞ」


「なんでだよ。俺は固い商売がいいんだ。人間は必ず食わないと生きていけないだろ? だから食い物屋が外れることはないはずなんだよ」


 意外な将来設計を聞かされたユウとダリルは目を見開いた。先程まで給仕女を口説いていた人物とは思えないような堅実っぷりだ。


 思わずユウが尋ねてみる。


「お店を開くお金は貯めているんですか?」


「まだこれからだね」


「嘘つけ、お前絶対女に使っちまうって。いっつもカネがねぇって言ってんの知ってるぞ」


「大丈夫だって。これから貯めるから」


「本当に貯められるのかな」


 今までの態度を振り返って見たユウが首をかしげた。少しずつ貯金する性格の人物であるようには見えない。ただし、人は見かけによらないとも言うのでこの点は保留だ。


 こうして3人の夜は更けていった。明日は休みということもあって加減する必要もない。特にダリルは徹底的に飲んだ。巻き込まれたユウも杯を重ねた。自分の限界は知っているので越えないように調整する。


 その結果、宿で寝るところまで意識を保てた。

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