大きな魚が捕れる町

 白銀の山脈から流れる川の1つに銀光の川がある。山の方の名前は雪から名付けられたものだが、川の名前は魚からだ。毎年産卵の時期になると魚がこの川に遡上してくるのだが、そのときに鱗が日差しを反射した様子から名付けられたものである。


 この銀光の川の西岸辺りまでが、白銀の街道の東半分の統治者コンフォレス王国の領地だ。白銀の街道を西から東へと進むとこの銀光の川にぶつかって北上するが、正にその辺りからである。


 空を覆う雲の色が暗くならないうちに、ユウの守る荷馬車集団は船着場で船に乗り始めた。馬車も乗せられる中型の船へと桟橋から板を渡し、商売人と渡し守が慎重に馬を誘導して荷馬車を動かす。


「これ、いつ見ても怖いですよね。僕いつも落ちちゃわないか不安になるんですよ」


「実際一番危ないのが船に荷馬車を移すときらしいぞ。嫌がる馬をなだめすかしながら船に乗せなきゃいけないこともあるそうだからな」


 荷台から降りたユウとノーマンが、少し離れた所からジェズが苦労しているのを眺めていた。馬を扱う心得のない2人は邪魔にならないように離れているのだ。


 船が揺れる度に不安がる馬を見ながらユウがつぶやく。


「もっと大きい船を使えばいいのに」


「なんか理由があるんだろう。もしかしたら大きすぎる船は領主に禁じられてるのかもしれないしな。軍事的な理由で」


「ああ、攻めてきた敵に利用されないためですか。面倒だなぁ」


 2人が眺めている前で荷馬車を牽く馬が落ち着きなく動き始めた。ジェズと船頭がそれを必死になだめている。


「そういえば、5日前のやつでユウはほとんど権利を主張しなかったが、良かったのか? 7人分だろう?」


「いいんですよ。あのときは襲撃者がどのくらいの数だったかわからなかったんで、とにかく数を減らすことだけを考えていましたから。それに、人が戦っているところに割って入ったのは僕なんで手柄を主張しづらいですよ」


「まぁ、その辺りは収入に直結してるからみんな厳しいよな」


「今のところ懐事情は寒くないですから気にしていませんよ。前に盗賊の首領を倒した報酬ももらいましたから」


「そうだったな。思い出した」


 ようやく納得のいった顔になったノーマンがうなずいた。そのとき、2人はジェズに船へと乗り込むよう呼びかけられる。板が架けられているうちに船へと移った。


 馬車1台と乗客3人を乗せた中型船に架かっていた板が外される。少し間を置いてから船はゆっくりと桟橋から離れ始めた。


 船縁ふなべりから川面かわもを覗き込んだユウはしばらくじっと見つめる。


「うーん、曇ってるから全然きらきらとしてないですね」


「おいおい、晴天の日でもそんなに輝かないぞ」


「でも、銀光の川って言うくらいだから輝いているものだと思っていたんですけど」


「あれは遡上する魚の鱗が日差しを反射してだろう。そもそも魚が見えないじゃないか」


「あ」


 もう一度水面へと目を向けたユウはため息を漏らした。期待していた光景は秋だけにしか見られないことを知って肩を落とす。


 仕方なしに顔を上げたユウは次いではるか先を眺めた。銀光の川は白銀の山脈から湧き出て大魚の湖へと流れているが、その湖が河口の先にある。ウェスポーの町で南モーテリア海を見たユウだったが、大魚の湖も水平線の彼方まで続いているという意味では同列だ。


 思わず感嘆の声が口をつく。


「あれが大魚の湖ですか。大きいですねぇ」


「だろ。でも大きいのは湖だけじゃないんだ。魚もでかいんだぞ」


「どのくらい大きいんですか?」


「同種の魚でも別の場所のものより2倍以上大きいんだ。初めて見たときは驚いたな」


「どうしてそんなに大きいんです?」


「さぁな。誰もわからんらしい。でも、そんなでかい魚がたくさん獲れるから、ティンクラの町だと魚料理が多いんだ。スープなんてすごいぞ、魚の煮込み料理かっていうくらい具だくさんだからな」


「へぇ、それは楽しみですね」


 たまたまとはいえ、旅に出てから行く先々の町で魚料理を食べているユウは、ノーマンの話に興味を示した。そんな大きな魚で焼き魚を注文したら、一体どんなものが出てくるのだろうと生唾を飲み込む。


 気付けば料理の話をしていたユウとノーマンは、反対の川岸に船が着いたことを知らされた。板を架けられると最初に桟橋へと渡る。そして、荷馬車が船から出てくるまで見学だ。再びジェズと船頭が慎重に馬を牽く。


 これを荷馬車の台数分だけ繰り返した。最後の荷馬車が渡りきると目の前の町を目指して全員が進む。その後あまり間を置かずにティンクラの町に着いた。




 ティンクラの町に到着するとここで2台の荷馬車が集団から別れた。スクレスト市には残る6台で目指すことになる。


 なので、ここで一旦報酬の精算をすることになった。今回のユウはジェズに直接雇われているわけではないので、報酬はギャリーから受け取ることになる。


 荷馬車の集まる隣の原っぱでギャリーを中心に傭兵が集まった。名前を呼ばれたユウがギャリーの前に立つ。


「これが今回の報酬だ。盗賊の撃退で活躍した割には少ないぞ」


「それでも結構な額ですよ。次の機会に稼ぎます」


「そのくらいの気持ちでいた方がいい。焦るとろくなことがないからな」


「ところで、ジェズ、僕が乗ってる荷馬車の持ち主から聞いたんですが、出発は明後日らしいですね。ということは、明日は休みですか?」


「そうだ。宿で泊まりたければ自分で探せよ。それと、集合時間は明後日の朝日の出前だ。遅れるなよ」


 うなずくとユウはギャリーの前から離れた。すると、ダリルとジャックが寄ってくる。


「ぃよう、どうだった?」


「基本の報酬に少し色がついたくらいかな。こんなものだと思うよ」


「お前バッカだな、手柄を全部人に譲るからだぜ。半分寄越せって言っときゃ良かったのによ」


「もういいじゃない。次に襲われたときに主張するよ」


「次ねぇ。ここからスクレスト市までだとたぶん盗賊なんて出ねぇぜ」


「そうなの?」


「ああ。コンフォレス王国は領内の治安がいいからな。さすがに護衛なしってのは無理だが、報酬額が減るのは避けられねぇ」


「治安がいいのは安心して旅ができるよね」


「バカヤロウ、稼ぎが減るんだぞ。だから今日までにできるだけ稼いでおく必要があったんだ」


「ああ、だからみんな必死に手柄を主張していたんだ」


「のんきなやつだな。この先旅をするにしてもカネが」


「ダリルもういいだろ。それより、ユウ、これから一緒に飲みに行かないか?」


 話が長くなってきたダリルの言葉を遮ったジャックがユウを誘った。


 誘われたユウは目を丸くする。しかし、すぐに破顔した。大きくうなずく。


「いいよ! ジャックはこの街の酒場って入ったことあるの?」


「そりゃあるぜ。何度も来たことがあるからな!」


「だったら、焼き魚の食べられるお店ってあります? 普通よりも倍以上の魚を食べてみたいんです」


「焼き魚? 大抵の店で食えるよ。ここじゃ珍しくないからな」


「あれかぁ。確かに身は倍以上あるから食い甲斐はあるけどよ、味は変わんなかったよな」


「ダリル、僕はそれが本当か確かめたいんですよ」


「ふ~ん。まぁいいや。それじゃ行こうぜ!」


 魚には興味を示さなかったダリルだったが、寒風に吹かれて震えてから叫んだ。そうして先頭を歩き始める。この場所は初めてのユウはダリルの後についていった。


 銀光の川からティンクラの町の西門まで白銀の街道が続いているが、その両脇には宿と酒場が並んでいる。しかも決まりでもあるのか、街道の北側は酒場、南側は宿ときれいに分かれていた。町に近づくほどその密度は増し、人通りも増えていく。


 ユウはジャックと隣り合って歩いていた。そして、先頭を進むダリルを見ながら話しかける。


「ダリルの知ってる店に行くんですか?」


「いや、あいつは何も考えずに店を選ぶ奴なんだ。今まで入った店なんて1軒も覚えてないぞ、あいつ」


「えぇ」


「ぃようし、ここに入ろうぜ!」


「ダリル、この店って知ってるんですか?」


「知らねーぜ!」


「な?」


「こんな選び方で大丈夫なんですか?」


「それが不思議と外れはないんだよ。犬並みの鼻で臭いを嗅ぎ分けてるんじゃないかって俺は思ってる」


「あーうん、感覚で動いてるところがあるよね、ダリルって」


「お前ら何やってんだ、さっさと入って来いよ!」


 当然のように選んだ酒場に入っていったダリルが、再び顔を出してユウとジャックを呼んだ。2人とも顔を見合わせて苦笑いする。


「1度決めるとなかなか変えてくれないからな、あいつ」


「それじゃ、今夜はここですね」


 仕方ないといった様子でジャックが店に入った。


 続いてユウも扉をくぐる。店内の暖かさに体の緊張がほぐれ、臭いを嗅いで腹の虫が鳴き始めた。

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