襲撃者を迎え撃つ方法

 ウェスポーの町を出発したその日の夕方、ユウの護衛する荷馬車集団は野営を始めた。白銀の街道から北の原っぱに移って荷馬車を二列縦隊にし、荷馬車の北側で焚き火をおこす。半ば以上が年中雪に覆われている白銀の山脈から吹き下ろす真冬の冷たい風を直接浴びないためだ。


 尚、野営の準備直前に荷馬車の専属護衛も含めた傭兵全員がギャリーの元に集まる。


「今日から10日間この面子で護衛するわけだが、夜の見張り番の順番を今伝えておく。怪我人や病人が出ない限りはこのままでいくからな。全員で16人いる護衛を4つの組に分け、1組4人とする。その4人を荷馬車を固めて置いてある四方に1人ずつ配置する。時間は鐘1回分の3分の2だ。これは砂時計で計る。天気は相変わらずの曇りだから月明かりはあまり期待できないが、新月のときよりは明るいからある程度は見通しが利く。盗賊に襲われても矢で射殺されんようによく見張れよ」


 見張り番の運用方法と諸注意を最初に説明したギャリーが、次いで4人組を発表した。組とはいっても荷馬車の塊の四隅で立つだけで連携して戦うわけではない。なので、誰と組むかで不満は出なかった。


 ユウは3つめの組でノーマンと同じになる。荷馬車2台分の護衛をまとめて1組にする形なのでわかりやすい。


 野営の準備が終わると、ユウは用意されたスープを焚き火近くで食べた。できるだけ体の内と外から暖める。それが終わると、すぐにジェズの荷馬車に乗り込んで眠った。


 次に目が覚めたのは夜中、ノーマンに肩を揺すられたときである。


「ユウ、起きろ。時間だ」


「うん。ふぁ」


 冒険者も傭兵と同じく、食べられるときに食べ、寝られるときに寝るのも仕事のうちだ。ユウは首を横に振って眠気を覚ますと荷台から降りた。背伸びをして真冬の冷気体を当てると外套で身を包む。


「目は覚めたか?」


「もう大丈夫ですよ。僕は南西の角でしたよね。うわぁ、寒そうだなぁ」


「寒そうなんじゃなくて寒いんだ。気付けは持ったか?」


「水袋なら持ってます。僕はこれで充分ですから」


「だったらいいさ。じゃぁな」


 肩をすくめたノーマンが南東の角へと向かった。


 ユウは反対方向へと歩く。その先にはダリルが立っていた。近づいてから声をかける。


「ダリル、交代の時間だよ」


「やっとかぁ。もう寒いのなんのって。気付けがなけりゃ凍え死んでたね」


「それだけ喋れるならまだ大丈夫だと思うな。それで、何か異変はあった?」


「ねぇよ。なんもねぇ。なさ過ぎて暇だった。獣すらうろついてねぇんだもんな。たまに雲が途切れて月明かりで先まで見えるが、だだっ広い原っぱが見えるだけだ」


「こんなんじゃ夜襲なんてできないと思うんだけどなぁ」


あめぇな。だったら一晩中曇ってるときに襲ったらいいだろ。油断すんなよ」


「うん、わかった」


 忠告にうなずいたユウが真剣な表情になった。その顔を見たダリルがわずかに笑ってユウの肩を軽く叩くと、荷馬車へと戻っていく。


 1人になったユウはほとんど何も見えない原っぱを眺めた。吹き付ける風の音は聞こえるが、それ以外は雲の動きに合わせた月明かりの変化くらいしかない。


 アドヴェントの町を出たときから見張り番はしていたので慣れてはいるが、それでも暇と寒さはつらかった。こういうとき、何も考えずひたすら立っていられる性格の人を羨ましく思う。


 それにしてもとユウは小首をかしげた。暗闇で視界は悪いが、新月の晩でもないこの時期に盗賊が護衛に気付かれずに荷馬車へ近づくのは不可能に見える。話に聞く魔法を使えば姿を消せるのかもしれないが、盗賊が魔法を使うなどという話は聞いたことがない。


 しかし、それで油断して襲撃者の第一撃を受けるのは馬鹿らしかった。ユウはせめて月明かりが比較的届いているところだけでもその都度確認しようと遠くへと目を向ける。


 たまに水袋を口に含みながら延々と原っぱを眺め続けたユウだったが、この日はついに何も起こらなかった。




 一夜明けて凍えながらも夜の見張り番を2回こなしたユウは、翌日も荷馬車に乗って揺られていた。北側を見ればはるか先に泥濘の森の南端が見え、南側へと顔を向ければかろうじて白銀の山脈の台地が姿を見せている。盗賊の襲撃が頻繁にあるなど嘘のようだ。


 ぼんやりと風景を眺めていたユウがノーマンに話しかける。


「そうだ、どうせなら交代で寝ませんか? 昼間なら荷台の後ろから2人で見張らなくても見張りはできますよね?」


「悪くない案だな。どんな順番にするんだ?」


「朝と昼に分割しましょう。朝なら昼ご飯まで寝て、昼なら野営のときまで寝るんです」


「起きてるときは暇だが、夜にぶつ切りにしか眠れないから寝溜めするのは賛成だ。先に寝ていいか?」


「どうぞ。昼になったら起こしますね」


 同意を得たノーマンはすぐに横になった。


 それを見届けたユウはまた外へと顔を向ける。どうやって暇を潰そうか考えた。




 ウェスポーの町を出発して5日が過ぎた。ここまで何も起きずに旅路を消化できている。道は既に半ばであり、ここまで来たらもう進むしかない。


 今のところ、白銀の街道をすれ違う旅人や荷馬車集団以外に人影はない。ただし、破壊された荷馬車が原っぱに放置されたのを見かけたという話をティンクラの町からやって来た人々から聞く。


 その日の夜もいつも通りユウは見張り番に就いた。この日は荷馬車の集まる場所の北東に立っている。暦の上では満月だが、雲が厚いためほとんど何も見えない。


「もっと晴れてくれたらなぁ」


 昼間なら森の南端が見えるはるか先を眺めながらユウは愚痴を漏らした。ときおり背後から吹き付ける風が身に沁みる。昼間眠っていたので眠くなることはないが、代わりに暇という強敵を真正面から相手にすることになり困っていた。


 たまに体を動かしたり首を振って見る範囲を広げたりする。何度やっても暗い原っぱしか見えないはずだったが、あるとき首をかしげた。振り返って南の方へ顔を向ける。


「あれ? 何があるんだ?」


 自分でもよくわからないままユウは南へと目を凝らした。うっすらと南東側の見張り役が見えるかどうかくらいなので、そこから先は見えない。


 気のせいかとユウが踵を返そうとしたとき、どさりと何かが地面にぶつかる音がした。再び目をこらすと、うっすらと見えていた見張り役の影が見えない。


 何となく嫌な予感がしたユウは槌矛メイスを右手に持って地面に這いつくばった。ほぼ同時にすぐ上を小さい何かが飛んでいく音が耳に入る。


「南東から敵襲! 起きろ!」


 考えるより先にユウは叫んでいた。これが間違いなら怒られるだけで済む。しかし、本当の襲撃なら早く皆を起こさないと致命的なことになる。


 荷馬車近辺が慌ただしくなった。次々と護衛が武器を持って地面に降りる。中には松明たいまつに火を点けて掲げる者もいた。


 ユウはまだその場に這いつくばったまま様子を見る。ギャリーが指示を出す声が聞こえた。それによると、2組が南東側へ応戦のために向かう。すぐに雄叫びや剣戟の音が聞こえてきた。


 やや後方から松明を持った者がかすかに戦場を照らす。乱戦なのは間違いない。ユウは立ち上がると駆け寄り乱戦に参加する。


「あああ!」


 背を向けていた味方でない者の後頭部を槌矛メイスで殴りつけた。鈍い音と共に殴られた相手が膝をつく。戦っていた味方がとどめを刺した。次も同様に戦っている敵を背後から襲う。まずは敵の数を減らすことを優先した。


 しばらく戦っていると、背後から別の喊声が聞こえてきた。その声は荷馬車の西側から発せられているようで少し遠い。


 何人目かの敵を背後から襲ったユウはダリルに出会う。


「その声は、ダリル?」


「ユウか!? 生きてたんだな!」


「6人ほど背中から襲ったけど、そっちはどう?」


「えげつないことをするな。今ので3人殺した。予想通り、反対側からも襲われたみてぇだな」


「こっちの数はもうあんまりいなさそうなので、向こうに行ったらどうです?」


「オレもそう思ってたところだ。よし、オレの組は向こうに加勢するぜ。あとよろしく!」


 口の端をつり上げたダリルが仲間に声をかけるとすぐにこの場を離脱した。


 この後、残った他の護衛と共にユウは最初に襲ってきた者たちを相手に戦う。視界の悪い中で戦う不安に曝されながらも、数を減らした襲撃者はユウたちだけでも何とか食い止められた。


 そして、その努力はついに実る。不利を悟ったらしい襲撃者の1人が怒声のような叫び声を上げて逃げると、他の者たちも踵を返して逃走を始めた。本来なら追撃するべきだが、真夜中の暗闇ではそれもできない。


 その場に立って息を整えていたユウは西側からの戦闘音が聞こえないことに気付く。突然始まった戦いは急速に終わった。

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