すぐの再会

 傭兵団に仮入団して2日後、まだ薄暗い中、ユウはウェスポーの町の東門から延びる白銀の街道を東に向かって歩いていた。目指すは護衛する荷馬車集団の集まる原っぱである。


 今回の護衛はスクレスト市までで、全行程は17日間だ。途中、コンフォレス王国西端の町で一部の荷馬車は別れるが大半はそのまま王都スクレスト市まで向かう。


 通常ならば荷馬車を所有する商売人ともなると専用の護衛を雇うものだが、すべての行商人がいつも万全の体制でいられるわけではない。荷馬車を手に入れたばかりの新人商売人や何らかの理由で護衛に欠員がある熟練商売人たちもいる。


 一般的にこういう商売人は旅の同行者としては避けられる傾向にあった。感情的な問題ではなく、警備上の問題からである。何しろ盗賊などに襲われたときの護衛戦力が不足することが確実だからだ。


 そのため、護衛人数に問題がある商売人たちは、集まって傭兵団を雇うことが習慣となっていた。費用負担の話で揉めることはよくあるものの、だからといって単独で飛び出す者は普通いない。


 今回の護衛対象である荷馬車集団は正にそんな商売人の集まりだった。


 目的地である原っぱでユウが最初に見つけたのは傭兵団の面々である。何しろ荷馬車を所有する商売人とは会ったことがないので判別できないのだ。


 ギャリー以外の傭兵たちが集まっているのを見ると、ユウは白い息を吐きながらダリルとジャックに声をかける。


「ダリル、ジャック、おはよう」


「おお、日の出前に来やがった、オレの勝ちだぜ、ジャック!」


「ちっくしょう、あと少しだったのになぁ」


「2人とも何してたの?」


「日の出前にお前が来るか賭けてたんだよ! へへ、銅貨1枚いただきだ!」


 喜ぶダリルと肩を落とすジャックの様子を見てユウは呆れた。まさか自分の到着時刻が賭けの対象になっているとは予想外である。


 言葉を失っていたユウだったがしばらくして立ち直った。改めて周囲を見てからダリルに話しかける。


「ギャリーの姿が見えないけど、もしかして行商人と打ち合わせでもしているの?」


「そうだぜ。後で誰がどの荷馬車に乗るのか指示があるから、それまで待ちだな」


 興奮が収まったダリルはのんびりと白い息を吐きながら返答した。


 3人で雑談をしながら待っているとギャリーが戻って来る。


「お前ら、こっちに来い。今からどの荷馬車に乗るのか指示をする。お、ユウも来てるな。ついてこい」


 指示を出したギャリーはすぐに踵を返して商売人の元へと向かった。配下の傭兵たちはそれに続き、ユウも同じく倣う。


 荷馬車を挟んだ向こう側に今回同行する商売人8人はいた。ジャックの説明では新人で専属の護衛を雇えなかった行商人が4人もいるという。


 ともかく、ユウは雇い主である商売人との顔合わせはこれが初めてだ。どんな人物がいるのだろうと眺めていると、中に見知った顔を見つける。


「ジェズ?」


「お前、ユウじゃないか。なんで傭兵団に入ってんだ?」


 お互いに目を見開いて指を差し合った。別れてからまだ1週間と経っていない。


 いきなり声を上げた2人に周囲は注目した。ギャリーがユウに声をかける。


「ユウ、あの商売人と知り合いなのか?」


「レラの町からここに来るまで荷馬車の護衛をしていたんです。契約が終わってそのまま別れたんですけど、まさかここで会うとは」


「なんだ、前にも護衛をしてたのか」


「はい。アドヴェントの町からそうやってここまで来たんです」


「冒険者なのに変わっているな。大抵は獣か魔物を狩っていると思っていたが」


「前はそうしていましたよ。ただ、今は旅をしているから護衛の仕事をしているんです」


 話を聞いたギャリーは奇妙な表情を浮かべた。しかし、すぐに表情を戻してジェズへと顔を向ける。


「ジェズさん、今のユウの話は本当ですか?」


「ああ、本当だ。レラの町で護衛が1人足りなくなって冒険者ギルドを通して雇ったんだ」


「ということは、ユウをジェズさんの荷馬車に乗せても構わないですか?」


「俺は構わんよ」


「ユウ、ジェズさんの荷馬車の護衛、できるか?」


「はい、できますよ」


「なら決まりだ。行ってくれ」


 軽く顎でしゃくられたユウはうなずくとジェズの元へと歩いた。そのまま2人で一緒に荷馬車へと向かう。


「驚いたなぁ。まさかお前が傭兵団に入ってるとは。どういう風の吹き回しなんだ?」


「頭数を揃えるために入ってほしいって言われたんで仮に入ったんですよ。僕も東に行きたかったんで、渡りに船だったから承知したんです」


「東に何か用でもあるのか?」


「別にないですよ。あれ、言ってませんでしたっけ? いろんな所を見たいから旅をしているんですよ。東に向かっているのはたまたまです」


「なんだそりゃ」


 明確な理由がないと知ったジェズは呆れた。商売第一の商売人からすると無意味な行動にしか思えない。


 ジェズの荷馬車に着くと、荷物番をしていたノーマンがユウを見て目を丸くした。ジェズと交互に顔を見比べつつもユウに話しかける。


「ユウ! どうしてここに戻って来たんだ?」


「別に戻って来たわけじゃないよ。偶然出会っただけなんだ。それより、もう1人の専属護衛はまだ雇えてないの?」


「思うような傭兵が見つからないらしい」


「めぼしい奴は大抵どこかの傭兵団に入ってるからな。簡単には見つからんよ」


 ノーマンから目を向けられたジェズが若干渋い表情を浮かべながら答えた。見つからないときは本当に見つからないので、こういうときは根気よく探すしかないのだ。


 ともかく、前と同じ雇い主ということならば勝手も同じである。ユウは荷馬車の後ろに回ると背嚢はいのうを荷台の左側に置いて奥へと詰めた。日が昇ると出発の号令がかかり、ノーマンと共にユウも荷台へと乗り込む。


 しばらくじっとしていたジェズの荷馬車だったが、何台目かの後に続いて動き始めた。原っぱから白銀の街道に移ると振動が落ち着く。後ろにも同伴する馬車が続いた。


 外の景色を見ながらノーマンがユウに声をかける。


「また一緒に仕事をするとは思わなかったな。しかもこんな早くに」


「僕もですよ。てっきり次はレラの町に引き返すと思っていましたからね」


「何でもこっちに儲かりそうな気配があるらしいぞ」


「へぇ、そうなんですか。僕には全然わからないですね」


「俺もだ。金儲けで鼻が利く奴って、一体何を嗅いでるんだろうな? 俺がわかることといえば、この辺りの盗賊がどうやって襲ってくるかってことくらいだな」


「前とは違うんですか?」


「ああ違う。前は左右や前後から挟み撃ちをするように襲ってきたが、この辺りだと時間をずらして襲撃してくるんだ。例えば、最初は前から派手に襲って護衛の注意を引きつけて、次に後ろからこっそり奇襲を仕掛けるって感じだな」


「盗賊も色々と考えているんですね」


「向こうだって命がかかってるからな。ま、わかっててそれに引っかかってやる義理はこっちにはないんだが」


「襲われないならそれが一番なんですけどね」


「まったくだ。何しろ荷馬車に乗ってるだけで金になるんだから」


 護衛が誰しも思うことを聞いたユウは苦笑いした。


 ウェスポーの町とティンクラの町の間を通っている白銀の街道は大半がウェスポー共和国の管理下にある。ところが、街道の治安維持を熱心にしない共和国の方針で盗賊の跋扈を許していた。


 一見するとウェスポー共和国も困っているかのように思える。しかし、共和国を運営する商人たちの収入源は海路が中心なので陸路に目が向かないのだ。それでもトレジャー辺境伯爵領方面は辺境伯爵の努力でまだましだが、コンフォレス王国側はなかなかひどい。


 もちろんこの件についてコンフォレス王国は不満に思っている。しかし、反対側の東隣の国家との争いが忙しいので手が回らない状態だ。


 そのため、ウェスポーの町からティンクラの町までの間は白銀の街道の中でも最も危険な場所として知られている。ここをいかに無事に通過するかで毎回荷馬車を持った商売人は頭を痛めるのだった。


 この辺りの風景は町の近辺以外ではほぼ変わらない。街道近辺は原っぱで、北に泥濘の森、南に白銀の山脈の麓である台地の2つに挟まれている。


「あーあ、街道の周りの風景がもっと色々と変化してくれたら飽きずにすむのに」


「それは言えてる。けど、何往復もしてるとどんな景色でも飽きるんだよな」


「そうだね。寝るわけにもいかないし、何か暇を潰せないかなぁ」


「で、結局寝ちまうんだよな」


「そして怒られるまでがお決まりなんですよね」


「あーつまんねぇ」


 面白くない話のオチにノーマンがため息をついた。面白くないのはユウも同じで大きなあくびを1つする。しかし、誰も怒らない。


 こうして新たな護衛がのんびりと始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る