仕事は傭兵として

 翌朝の目覚めはひどいものだ。ユウは喧嘩に勝ったが無傷ではなかった。相応に殴られていたのであちこち青痣として残っている。もちろん痛みもだ。


 痛み止めの水薬があるので飲めば和らぐことはユウもわかっている。しかし、あんなつまらない喧嘩のために使うのは我慢できなかった。代わりに痛みを我慢する。


「あーもう、最低だ」


 痛みに呻きながら寝台から起きたユウはつぶやいた。傷を抱えた体でも起床時間がいつも通りなのは毎日の習慣の賜物である。


 あまり食欲はなかったが、それでもユウは背嚢はいのうから干し肉を取り出して囓った。心なしかいつもより固い。あるいは、痛みのせいで噛む力が弱くなったのか。水袋に入った薄いエールでほぐしながら飲み込む。


 ようやく朝食が終わると荷物をまとめて建物の裏に回った。多少の負傷で日常を崩すわけにはいかないのである。そうしてすべての用を済ませると宿泊していた安宿を出た。


 今朝は最初に行く場所は冒険者ギルド城外支所と決まっている。三の刻の鐘が鳴ってしばらくしてから建物に入った。あまり人がいない中、2日前に話を聞いた強面の受付係の前に立つ。


「コンフォレス王国へ行く荷馬車の護衛の仕事はありますか?」


「2日前の奴か。ってなんだその顔は?」


「ちょっと昨日喧嘩に巻き込まれたんです」


「来た早々災難だったな。ここいらの連中は喧嘩っ早いから、周りには注意しろよ」


「2日前にその忠告を聞きたかったですね。それで、仕事なんですが」


「残念だがない。そもそもそんな頻繁にあるもんじゃないぞ」


「そうですか」


 残念な結果にユウは肩を落とした。一方の受付係は特に表情を変えていない。


 ため息をついたユウは受付カウンターから離れた。生活費には当面困らないが、だからといって何日も無為に待ち続けても良いものか迷う。しかし、他に何か移動できる方法があるのかと問われると何も思い付かない。何とももどかしい状態だ。


 首をひねりながら城外支所の建物から出たユウは横から声をかけられた。前回の面白くない経験を思い出したせいで不機嫌な顔をそちらに向ける。


「誰ですか? って、ダリルとジャック?」


「いよぅ、昨日ぶりだな! なかなかひでぇ顔になってんじゃねぇか」


「誰がこんな風にしたと思っているんです。で、仕返しでもしに来たんですか?」


 警戒した様子のユウが自分以上にひどい顔になっているダリルに尋ねた。しかし、口を開こうとして顔をしかめたダリルの代わりにジャックが答える。


「違うって。実はよ、次の仕事が決まりそうなんだが、人数が1人足んねぇんだ。それでうちの団長が人を探してたところにこいつが帰ってきたところ、誰にやられたんだって話になって、お前のことを話したら連れてこいって言われたのさ」


「喧嘩した相手を誘うんですか?」


「冒険者はどうか知らねぇが、傭兵は強けりゃ大抵どうにかなるんだよ。腕っ節の強さは稼ぎに直結するからな」


「仕事って何をするんです?」


「商売人どもの護衛だよ。あいつらの荷馬車を護衛するんだ」


「ああいう護衛って専属の護衛がいるでしょう」


「あいつらにも色々事情があるみたいだぜ? 詳しく知りたいんなら、団長に聞いてくれ」


「それってどこまでの護衛なんです?」


「スクレスト市らしい」


 コンフォレス王国の王都が行き先と知ったユウは黙った。自分の行きたい方向へ向かう護衛の仕事である。冒険者ギルドでの仕事が望めない今、この降って湧いた機会は正に願ったりだ。


 しかし、穿った見方をすると、手下の仕返しをするために相手の団長が誘い込んでいるようにも見える。昨日あれだけ多くの野次馬に囲まれた状況でダリルを打ち負かしたのだ。傭兵団の面子を潰されたと受け止められたとしてもおかしくはない。


 返事を待つ2人を前にユウは小さくため息をつくと口を開く。


「わかったよ。2人の団長っていう人に会ってみよう」


「ぃよし! そう来なくちゃな! いてて」


 返事を聞いたダリルが喜んだ瞬間に顔をしかめた。隣のジャックが苦笑いしている。


 とても判断に迷うところではあったが、ユウは大丈夫だろうと判断した。しかし、本当に大丈夫かは行ってみないとわからない。


 ユウが案内された場所は、町の東門から街道沿いに進んだ街の外れだった。建物の密度が低い地域にある宿だ。


 宿の前までやって来るとジャック1人が中に入る。ユウはダリルと一緒に待たされることになった。すると、ダリルが話しかけてくる。


「昨日は楽しかったなぁ」


「冗談でしょ? 痛かっただけじゃないですか」


「痛いのは確かにイヤだけどよ、やっぱ日頃鍛えたもんがどれだけ通用するか試せるってのは楽しいもんだろ?」


「そういうのは仲間内の模擬試合で消化しておいてください」


「なーに言ってやがる。喧嘩でねぇと得られねぇものだってあるだろうがよ」


 腫れ上がった顔をゆがめて笑うダリルを見たユウはげんなりした。あまりにも価値観が違いすぎるからだ。


 まるで話す言葉が異なるような相手にユウが肩を落としていると、宿の中から巨漢が現れた。身長はユウの頭1つ分以上高く、横幅も倍近くある。その後ろからジャックを始め、仲間らしき傭兵たちが次々に姿を現した。


 目を丸くしているユウに厳つい顔を向けた巨漢が問いかける。


「お前がユウか? うちのダリルと昨日喧嘩して勝った?」


「はい」


「こりゃ見た目によらねぇってことか。ダリル、お前ナメてかかって足下をすくわれたな?」


「そんなことねぇって! 結構いい勝負してたよ、なぁ!?」


 詰問されたかのようなダリルが焦りながらユウに同意を求めてきた。今までの緊張感のなさが嘘のように緊迫している。


「喧嘩を楽しんでいるようには見えましたが、油断していたようには思えませんでしたよ。もし油断してくれていたら、僕は痛い目を見ずに済んでいたはずです」


「なるほどな。その顔の痣が証拠ってわけか。まぁいい、今回は見逃してやる、ダリル」


「ぅおっしゃ!」


「と言うことで、遅くなったが、俺はギャリーってんだ。こいつらをまとめて傭兵団の団長をやってる」


「僕はユウです。アドヴェントの町から来た冒険者です」


 露骨に安心しているダリルを脇に置いて、ユウはギャリーと挨拶を交わした。ダリルみたいな人だったらどうしようかと内心不安に思っていたが、見た目に反して落ち着いた印象なので安心する。


「あそこから来たのか。珍しいな。ところで、あの2人から話は聞いているか?」


「スクレスト市までの荷馬車集団の護衛ですよね。1人足りないってくらいまでなら」


「よし、それなら話は早い。そっちに原っぱがあるから、俺と勝負しよう」


「え?」


「ダリルに勝ったことは知ってるんだが、どうせなら自分でも知っておきたいんだよ」


 厳つい顔を歪ませて笑うギャリーを見たユウは愕然とした。やっぱりダリルみたいな人だったのだ。


 仕事のための採用試験ということになるとユウも断れない。ギャリーに案内されるまま、街道から少し離れた見晴らしの良い原っぱまで歩いた。背負っていた背嚢を地面に下ろすとギャリーと向き合う。


「勝負は模擬試合形式だ。動けなくなるか、降参の意思を示すかのどちらかまで続ける」


「武器はなし、素手で、ですよね」


「その通りだ。本来ならユウにも防具を外してもらうものなんだが、そのくらいの軟革鎧ソフトレザーならあんまり変わらんな。よし、始めるか」


 防具も身につけていないギャリーが構えた。ついてきた傭兵団所属の傭兵たちが歓声を上げる。もちろんダリルとジャックもいた。


 釣られてユウも両手を構える。巨漢のギャリーと対峙するとその大きさを実感した。


 試合が始まる。最初に動いたのはユウだ。相手の脚を中心に攻めようとする。対してギャリーはユウの攻撃を受け流しつつ的確に反撃していった。


 一発の威力が大きいギャリーの攻撃はユウにとって脅威だが、それ以上に掴まれてしまうと体格差が露骨に出てしまうので大きく踏み込めない。それを悟られると更に大胆に攻められ追い詰められる。


 結局、ユウは最後に組み伏せられて負けた。試合後、ギャリーに苦笑いされる。


「賢く戦うのはいいことだが、それが過ぎて臆病になってるな。出るときは前に出て、勝負を仕掛けるときは思い切って行くべきだぞ」


「はい」


「とはいえ、ダリルが負けた理由はよくわかった。これなら迎え入れてもいいだろう。スクレスト市までの護衛で人数が1人足りないんだ。そこまででいいから、一時的に俺の団に入ってくれないか?」


「こっちこそ、よろしく願いします」


 立ち上がったユウは痛めた部位をさすりながら返答した。ウェスポーの町に来てから戦ってばかりだったが、都合の良い仕事が見つかったので我慢する。


 今日はもう1日何もしないとユウは心に決めた。

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