港町ウェスポー

 襲撃された翌朝、被害の程度が明らかになる。


 まず、6台の荷馬車のうち1台が全焼し、もう1台が幌を焼かれた。全焼した荷馬車の消火が遅れたのは、そちらの方角からの襲撃者が多かったので手が回らなかったからだ。


 次いで死傷者だが、2人死亡で1人が重傷だった。死亡者2人のうち1人は行商人である。また、重傷を負った護衛の傭兵は引退が確実だった。


 反対に、襲撃してきた盗賊は9人が死亡している。このうち3人が戦闘後に死亡しており、また1人は盗賊の首領らしきことが確認された。


 そして、今回の戦いに関しては盗賊の首領を殺した者が一番の殊勲者である。何しろ首領が死んだことで盗賊たちが逃げて行ったのだ。これは傭兵にとっては実績にもなるのでぜひほしい武勲である。


「いやそれにしても、まさかユウが盗賊のお頭を討ち取ってたとはなぁ」


「う、うん」


「なんだよ。もっと誇れよ。俺がやったんだーって」


「でもそのせいでちょっとみんなの雰囲気が微妙じゃない」


「そんなの気にすんなって。手柄を上げた奴がどんな奴だろうが、上げたことには変わらないんだからな。それより、今回は死因がはっきりとしてて良かったじゃないか」


「あー、あはは。まぁね」


 朝日が昇る中、ノーマンに背中を叩かれながら励まされているユウは苦笑いした。


 世の中には人の手柄を横取りしようとする者がいる。特に判定が難しいものについてはとりあえず声を上げてあわよくばという者も少なくない。


 今回もそうだった。暗闇でよく見えなかったということを理由に自分が倒したと名乗り上げる者がいたのだ。しかし、直前に襲われていたジェズの証言と死因である後頭部の殴打跡が証拠となり、晴れてユウが倒したと認められたのである。


「さすがに悪臭玉と槌矛メイスで倒したとなると、他の奴らじゃマネできないもんなぁ」


「そうだね。どっちも僕しか持ってなかったもんね」


「冒険者ってその装備って珍しくないのか?」


「珍しいよ。普通は剣だもん」


「だよなぁ。いや良かったよ、俺の常識が通用して」


「別に倒せたら何でもいいと思うんだけどなぁ」


「そりゃ同感だ。ともかく、おめでとう。次に盗賊が襲ってきたら、お頭は俺に譲ってくれよ?」


「あはは、できるだけ誘導するようにするよ」


 からかわれながらも祝福してもらえたユウは苦笑いした。喜んでもらえるのはやはり理屈抜きで嬉しい。


 しかし、冒険者に大手柄を取られた傭兵の視線は気になるものの、更に大きな変化をした人物のことも気になった。ジェズである。以前はユウに対して嫌悪の情が目立っていたが、あの襲撃以後はその嫌悪感を見せなくなったのだ。


 最初にユウがそれに気付いたのは、ジェズが盗賊の首領を殺したという証言をしてくれたときである。それまでの関係を考えると、証言してくれないことまで考えられた。ところが、実際はそのときにあったことをきちんと説明してくれたのである。


「あの、証言してくれてありがとうございます」


「聞かれたからそのまま答えただけだよ。別のお前のためじゃない」


 それまでの険のある態度ではなく、戸惑うような感じでジャズはユウに返答した。


 さすがに昨晩助けたことが原因なのはユウにもわかったが、どういう心境なのかまではわからない。ただ、棘のある態度よりかはずっとましなので何も聞かないことにした。


 盗賊襲撃後の後始末をしたことで昼前に出発したユウたちは、その後順調に街道を進んだ。治安の良くない地域ではあるが、普通はそう何度も襲撃されるわけではない。


 そうして5日目の夕方、ついに目的地であるウェスポーの町に到着した。暗くなる空と共に海も見えなくなりつつあるが、船の停泊する港は内陸にはない特徴的な陰影を浮かび上がらせている。


 ウェスポーの町の北門に続く白銀の街道の脇には、町に近いほど荷馬車が多く停まっていた。ある程度進むとユウの護衛する荷馬車集団は脇の原っぱへと馬首を巡らせる。こうしてレラの町からの旅は終わった。


 停まった荷馬車から降りたユウは背嚢はいのうを引っ張り出す。そして、契約書を取り出してから背負った。肩に食い込む肩バンドが懐かしい。


 旅立つ準備ができたユウはノーマンに顔を向ける。


「それじゃ、僕はジェズに報酬とサインをもらってから行くね」


「ああ。元気でな。簡単に死ぬんじゃないぞ」


「うん、ありがとう」


 言葉もあまり交わさずあっさりと別れを告げたユウは御者台へと向かった。ちょうどジェズが降りてくる。


「ジェズ」


「わかってる。報酬とサインだろ? これが報酬だ。5日間の日当、盗賊の首領と配下1人の討伐、それにそいつらの武具の買取額、全部で銀貨2枚と銅貨18枚だ」


「うわ、結構な額になりましたね」


「日当が傭兵並の5日分だと銀貨1枚になるのもそうだが、盗賊の首領を討ち取ったのがでかい。後は装備品だな。契約した通り、コンフォレス通貨で銀貨にもしてるぞ」


「はい、確認しました。契約通りですね。では、契約書にサインします」


 2人はお互いに持っている契約書を交換するとそれにペンでサインした。これで契約完了である。


 報酬をもらったユウはそれを懐にしまうと羊皮紙を丸めた。それから改めてジェズを見る。


「それじゃ、僕はこれから冒険者ギルドに行ってきます。町の北東の辺りにあるんですよね。貧民街の外れでしたっけ」


「そうだ。周りにゃあれだけでっかい建物なんて建ってないからすぐわかる。それよりお前、これからどうするんだ?」


「冒険者ギルドで契約書を提出してからですか? 海を初めて見るんで見てこようと思います。それと、魚料理を食べたいですね。レラの町で川魚を食べたんですけど、海でも魚は獲れるでしょう? 味に違いがあるのか気になってるんです」


「ああ、そうか」


 以前と違って歯切れの悪いジェズの態度にユウは小首をかしげた。しかし、次第に周囲が薄暗くなってきたことに気付く。


「宿を取らなきゃいけないんでもう行きますね。それじゃ」


「ああ」


 自分の用を優先したユウは踵を返して歩き始めた。目指すは冒険者ギルド城外支所だ。六の刻の鐘がまだ鳴っていないのならば空いているはずである。


 白銀の街道を南に進むとウェスポーの町の北門が近づいて来た。城壁の前にある水堀に架かった跳ね橋の手前に検問所がある。そこにはまだ行列ができていた。街道に西側の原っぱには荷馬車が点在しており、東側には宿屋が目に入るようになる。


 検問所の何十レテムか手前で東に続く道へとユウは入った。町の城壁が見える南側は原っぱで、北側には最初は宿屋、次いで飲食店が目立つようになる。それから道は城壁に沿うように南へと曲がり、コンフォレス王国に続く白銀の街道へと続いていた。


 その曲線を描く道の途中に、50レテム四方くらいの広さの平屋の建物がある。石材を要所に使った木造の古めかしいところはレラの町のものと似ていた。


 建物の中にはあまり人がいない。受付カウンターに列はほぼできていなかったので、ユウは空いている所へと身を滑らせた。


 強面の中年の受付係の前に立つと、ユウは契約書を受付カウンターの上に置く。


「レラの町で仕事を引き受けたときに結んだ契約書です。既に契約は完了してサインもしたので確認してください」


「ああ? 見せてみろ」


 不機嫌なのか単に態度が悪いだけなのかわからない様子の受付係が契約書を手にした。時間をかけて読み終えるとサインをする。


「依頼主の方はどうしたんだ?」


「僕がサインした契約書を持っています。明日以降にそれを提出すると思いますよ」


「一緒に来りゃいいのに。まぁいい。確かに受け取った。帰っていいぞ」


「それと確認しておきたいことが2つあるんですが」


「なんだ?」


「ここって冒険者ギルドですから両替できるんですよね。しかも、トレジャー銅貨とコンフォレス銅貨でも」


「ああそのことか。できるぞ。なんだ、交換したいのか?」


「いえ、今はまだ。でも、実際にできるかどうか先に知っておきたかったので」


 以前聞いた話が事実だと知ってユウは安心した。次の荷馬車護衛の仕事が見つかるまでここで日銭を稼ぐことになる可能性が高い。なので、次の町に出発するときに通貨を両替できると便利なのである。


「それともう1つ。コンフォレス王国方面へ行く荷馬車の護衛の仕事はありますか? 1台とか2台くらいまでの小規模な商売人が出している依頼です」


「細かいことを知ってんな。けど、今はないな。海の依頼ならあるんだが、お前、海中生物の討伐に興味あるか?」


「あーそういうのはちょっと」


 急に自分へと興味を示してきた受付係にユウは腰が引けた。泳ぎの練習は経験あるが海で泳ぐ自信はない。


 慣れない依頼を押しつけられないうちにユウは建物から退散した。

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