盗賊来襲

 荷馬車護衛の2日目には街道の北側に泥濘の森が姿を現した。この森は地面が非常に弱く、沼地のようになっている場所も珍しくない。たちが悪いのは、歩ける場所とそうでない場所の見分けがつかないことだ。そんな森なので大型の獣や魔物はいない。


 もちろんそんなところに人間が立ち入れるわけもなく、冒険者はおろか盗賊もこの森に潜むことはなかった。そのため、白銀の街道を往来する場合、泥濘の森側を警戒することはない。


 一方、泡立つ丘陵の方は事情が違った。延々と丘が続くこの一帯は野犬や狼などが生息する場所である。たまに飢えた獣が街道に姿を現すので確かに油断できない。しかし、それ以上に恐ろしいのは盗賊が住みついているということだ。


 馬車に揺られながらノーマンがユウに話す。


「特にウェスポー共和国の中に入ったら要注意だ。共和国の連中ときたら、興味があるのは港町だけだから街道の整備は最低限、周辺の治安維持は無視してやがるんだよ」


「どうしてそんなにいい加減なんですか? トレジャーの領内だと僻地でも何とかしようとしていたのに」


「あいつら港町からの利益あがりにしか興味ないのさ。何しろ町の有力商人による話し合いで町を動かしてるからな」


「貴族が治めているわけじゃないんですか」


「そうなんだ。貴族は貴族で面倒な連中だが、商人だってなかなか厄介な連中ってことだよ。なかなかうまくいかないもんだよなぁ」


 2日目の移動も何事もなく終わった。日没前になると適当な場所で荷馬車6台を二列縦隊にして停めて野営を始める。おこした焚き火に集まってほとんどの者が夕食にありついた。


 その中でユウは見張り番として馬車の外に立つ。これも必要な役目なので他の荷馬車の警護役が立っているのだが、ユウの場合は色々と勘ぐりたくなることがあった。夕食は焚き火のそばではなく、荷馬車の後ろで見張りながら食べるよう命じられると尚更だ。


 夕食が終わるといよいよ就寝のときとなる。宿駅とは違って周囲には自分たち以外誰もいない自然溢れる場所だ。しかも時期はほぼ新月なので焚き火の周辺以外は何も見えない。


「寒いし何も見えないし、厄介だな」


 真冬の夜に火元から離れて荷馬車の隣に立っているユウは震えていた。盗賊よりも先に寒さに襲われて死んでしまいそうに思える。気配の探り方は知っているが、今のところ何も引っかかるものはなかった。


 ジェズは御者台の裏、荷台の先頭で毛布に包まっており、ノーマンはユウの後ろ、荷台の後方で外套を被って横になっている。何もなければ、借りた砂時計が尽きるまでユウが見張り番を続けることになっていた。


 見張り番は、商売人が雇っている護衛で自分の荷馬車を見張ることになっている。輪番制でもっと効率良くすることも最初に話し合われたが、まとまらなかったとジェズがこぼしていた。


 それでも数は力だ。多少問題があったとしても1台で街道を旅するよりかはましである。そう信じて6人の商売人は旅路を共にしていた。


 たまに砂時計を見ては交代の時間までを計っていたユウはわずかな違和感に気付く。今までとは何かがわずかに違うように感じた。しかし、何か音が聞こえたわけではなく、わずかにそよぐ風で何かを感じたわけでもない。


 何かあるのにそれが何かわからないことにユウは次第に焦りを感じた。何か起きてからでは遅いとノーマンを起こす


「ノーマン、起きて」


「なんだ、もう交代の時間か?」


「何がおかしいかわからないけど、何か変なんだ」


「何言ってんだお前?」


 訳のわからない理由で起こされたノーマンは戸惑いと苛立ちを混ぜた表情を浮かべた。それでも一応話を聞こうとしたのは、ユウが冗談やいたずらでおかしなことをする人物ではないと知っていたからだ。


 ところが、いくらか寝ぼけた顔をユウに向けたとき、ノーマンはそのはるか先に松明たいまつのような明かりがいくつか揺らめいていることを認めた。更によく見ると矢の先が燃えていることに気付く。


「敵襲!」


 一気に跳ね起きたノーマンは転がり落ちるようにして馬車の荷台から降りた。立ち上がると剣を抜いて敵を見定めようとする。


 目の前で迎撃態勢を整えたノーマンを見てユウも槌矛メイスを右手に持って振り向いた。何本か飛んで来た火矢が先頭と後尾の荷馬車にまとまって刺さるのを見る。


「え、荷馬車を燃やすの!?」


「陽動だ、来るぞ!」


 目を見開くユウに対してノーマンが短く告げた。2台の馬車に火の手が上がって持ち主の商売人が騒ぐが無視をする。


 それから大して間を置かずに襲撃者が喊声を上げて走り寄ってきた。暗闇でほとんど見えないが、焚き火と燃える荷馬車の明かりから統一感のない野卑な姿の者たちが武器を手にしていることがわかる。


「盗賊だ!」


 誰かが今になって叫んだがもはや悲鳴と変わらなかった。ほぼ同時に襲撃者である盗賊が襲いかかってくる。


 槌矛メイスを構えたユウにも盗賊の1人が剣で斬りかかってきた。炎でわずかに鈍く輝く相手の剣に合わせて槌矛メイスを振る。


「あああ!」


 剣をはじいた勢いをそのままにユウは正面の敵の顔を槌矛メイスで殴りつけた。鈍い感触を手に受けつつも遠慮なく振り抜くと、相手は地面に崩れ落ちて悲鳴を上げて転がり回る。次いで思い切り腹を蹴り上げて動きを鈍らせてから、動かなくなるまで後頭部を何度か殴った。


 昼間ならここで一旦周囲の状況を確認するところだが、新月の夜半ではそれも叶わない。怒声と悲鳴、足音と金属音を頼りにユウは近場の状況だけでも探ろうとする。


「畜生! これは俺の荷物だぞ!」


「うるせぇ、死にやがれぇ!」


 背後から聞き慣れた声を聞いたユウは振り向いた。一台前の燃える荷馬車の炎を背に、ジェズが他の盗賊よりも身なりのましな男に剣で切りつけられようとしている。一度は避けたものの、その際に転倒してしまってそれ以上逃げられなくなってしまった。


 その光景を見るとすぐにユウは走り出す。邪魔者に気付いた身なりのましな盗賊が顔をゆがめて矛先を変えた。槌矛メイスと剣がぶつかる。


「あああ!」


「邪魔するんじゃねぇ!」


「人の物を取り上げようとする奴の言うことなんか聞くもんか!」


「んだとコラァ!」


 ジェズとの間に割って入ることに成功したユウは敵と切り結んだまま力比べとなった。しかし、すぐに力を抜いて体勢の崩れかけた相手の脚を払う。派手に転倒した身なりのましな盗賊めがけて槌矛メイスを振り抜くが、地面を転がって逃げられた。


 立ち上がったその男にユウはためらわずに追撃するが、剣で受け流されあるいは避けられて当たらない。逆に反撃されて今度は防戦に追いやられてしまう。


「かははは! ナメたマネしやがって! 殺してやるぁ! オラ、死ねぇ!」


 勢いに乗る身なりのましな盗賊はかさにかかって手数を増やした。一歩ずつ進んで邪魔者を切り刻もうと迫る。


 それに対して、ユウは表情こそ険しいものの焦りの色は見えない。これが昼間なら相手も気付いたかもしれないが今は夜だった。


 わずかな合間を縫って近くに人がいないことを確認したユウは、右手で槌矛メイスを振るいながら左手で腰の玉を1つ手にする。そうして、大きく踏み込んできた敵に合わせて転がるように退く寸前にその玉を相手の胸元に投げつける。


「はっ! んな石ころで、ぶはぁ!? なんだぁ!?」


 ハラシュ草の粉末が身なりのましな盗賊の頭部にまで広がると相手は悲鳴を上げた。悪臭玉は嗅覚を持つ獣や魔物だけでなく、人間にも効果絶大だ。剣こそ手放さなかったものの、相手の男は呻きながらよろめく。


「あああ!」


 この機会を待っていたユウは身なりのましな盗賊の背後に回った。そして、その後頭部めがけて槌矛メイスを振り抜く。相手は1度目でつんのめって地面に跪き、2度目で倒れて、3度目で動かなくなった。


 更にもう1度後頭部を叩いてとどめを刺したユウは肩で大きく息をする。白いもやが何度もその口から広がった。


「お、おかしらがやられたぞぉ!」


 盗賊側で今の戦いを見ていた者が叫んだ。誰が叫んだかまでは暗くてわからなかったが、襲撃者が次々と引き上げていくことが護衛側もわかった。


 呼吸が落ち着いてきたユウは明かりの見える方へと目を向ける。後尾で火矢をかけられた馬車は更に火の手が強くなっていた。あの様子では積み荷も駄目なことは明らかだ。一方、先頭の馬車は小火ぼや程度で済んだようである。


「ユウ、無事か!?」


「ノーマン。うん、平気だよ。そっちは?」


「あの程度で遅れなんてとらないよ。それより、盗賊のお頭を討ち取ったのは誰なんだろう?」


 興味津々の様子で尋ねてきたノーマンにユウは無言で答えた。戦闘直後の虚脱状態で返事をする気力がないのだ。


 ユウは自分が護衛対象を守れたことに安堵する。そして、白いため息を1つ吐いた。

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