護衛の仲間

 夜明け前に安宿を出たユウは、白銀の街道を往来する荷馬車のための駐車場に足を運んだ。日の出直前の薄暗い周囲では既に出発の準備で人々が慌ただしく動いている。


 白い息を吐きながらユウは往来する人々の間を縫って目的の荷馬車まで歩いた。2日前に案内されたときと同じ場所にある。


 見える範囲にジェズはいなかったが、幌付きの荷馬車の後方には剣と硬革鎧ハードレザーで武装した男が外套で身を包んで立っていた。日焼けしたその顔はまだ若い。


 そのままの歩調で歩きながらユウはその青年に声をかける。


「ノーマン、おはようございます!」


「ああ、ユウか。今日も寒いな」


「ジェズの姿が見えませんけど、どこにいるんですか?」


「あっちでウェスポーの町まで一緒に行く他の商売人と話をしてるよ。道中での役割分担なんかを決めてるそうだ」


 若干震えているノーマンがしゃくった顎の先にユウが目を向けると、何人かの男たちが輪になって話し込んでいた。その中に見覚えのある胡散臭そうな男の姿を見つける。しばらく戻って来そうにない。


 顔をノーマンに向けたユウが問いかける。


「僕の背嚢はいのうって荷馬車のどこに置いたらいいんですか?」


「空いてる場所でいいんじゃないのか? ああ、そっちには置くなよ。俺が座る場所だからな。反対側なら好きにしていい」


 指図されたユウは荷馬車の左側に目を向けた。右側に対して空き空間が少ない。目算で背嚢を置いたらユウの体を入れるのがやっとだ。1度荷馬車護衛をした経験から体が凝り固まることは確実だった。


 道中のことにユウが思いを馳せていると周囲が急速に明るくなってくる。東の空へと顔を向けると、太陽が地平線上へと姿を現しているところだ。


 ぼんやりと朝日を眺めていたユウは背後からジェズに声をかけられる。


「ちゃんと来たな。ユウ、お前は報酬分以上に働かせてやるぞ。覚悟しとけよ!」


「僕の荷物はここに置いていいんですよね? あと、僕の乗り込む所ってここでいいんですか?」


「そうだよ。すぐに出発するからな。さっさと乗り込みやがれってんだ!」


 怒っているようで同時に悔しそうな表情も浮かべるジェズは、言い終えると荷馬車の御者台へと向かった。


 その様子を珍しそうに見ていたノーマンがユウに話しかける。


「2日前も気になってたんだが、なんか旦那の反応が面白いな。お前に対しては嫌ってるのに相手をしなきゃいけないみたいな感じに見えるんだが、何かあったのか?」


「冒険者ギルドの方でちょっとね。出会い方が悪かったというか不幸だったというか」


「へぇ、面白そうだな。教えてくれよ」


「その前に荷馬車に乗らないと置いて行かれますよ?」


 背嚢を荷馬車の左端に置いたユウは自分も乗り込んだ。そのままだと狭いので荷物を更に奥へと押し込む。


 日差しがより強くなる中、荷馬車がゆっくりと動き始めた。揺れる荷台の上に立っていたユウは幌の骨組みを掴んで耐える。


 一方、まだ乗り込んでいなかったノーマンは慌てて荷台の右側に転がり込んだ。そのまま座り込んで一息つく。


 その様子を見ながらユウも荷台に座った。外に目を向ければゆっくりと周囲の風景が流れていく。また、後に続く荷馬車を引く馬の顔が見えた。


 白く大きな息を吐き出したノーマンが首を横に振る。


「やっぱりいつもより荒れてるな。で、その原因を作ったお前は何をやらかしたんだ?」


「僕がやらかしたんじゃありませんよ。ジェズがやらかしただけです」


「旦那、またなんかやったのか」


「常習犯なんですか?」


「まぁある意味そうともいえるかな。ちょっと小狡いところがあってね、色々とやるらしいんだけど、すぐにばれてよく追い詰められてるんだ」


「あー、今回も正にそんな感じでしたね」


 揺れる荷馬車で先日のことを思い返したユウは苦笑いした。不運だったという側面は確かにあるが、それを差し引いても小細工は向いてなさそうに見える。


「で、具体的に何をやらかしたんだ、あの旦那は?」


「冒険者ギルドに護衛の募集を出していたのに、僕に直接声をかけて安値で雇おうとしたんですよ。城外支所の建物の前で」


「マジかよ!」


 明らかに食いついてきたノーマンが目を輝かせてユウに顔を向けてきた。先程までのやや距離を置いていた態度も柔らかくなる。


 まだ周囲を警戒する必要も大してない場所だったこともあり、ユウはノーマンにジェズとの出会いから契約書にサインするところまでを話した。すると、予想以上に面白かったらしく、ノーマンは散々笑い倒す。


「あーあもう、あの旦那はまたそんなしょーもないことをして。バカだなぁ」


「さっきまた何かやったのかって僕に聞いてきましたけど、前にも何かやったんですか?」


「儲けようとするのはわかるんだが、旦那はやり方がうまくないんだよ。その割に荷馬車1台を持てるくらいには稼げたんだから、何がどうなってるんだかわかんないよなぁ」


「去年の夏にも同じことをしようとして冒険者ギルドにばれたらしいですね。職員が言っていましたよ」


「あったあった! 旦那も懲りないんだよねぇ」


 楽しそうに笑いながらノーマンはユウに答えた。


 レラの町から延びている白銀の街道はしばらく原っぱの中を進む。その原っぱの向こう側に麦畑が広がっており、どんよりとした曇り空の元で小麦が風に揺られてなびいていた。


 更に大きな視点で見ると、白銀の街道はレラの町から南東に向かってウェスポーの町へと続いている。南側には遠くに泡立つ丘陵の端が併走し、北側にはレラの町の郊外を離れたところから泥濘の森が広がっていた。


 初日はまだトレジャー辺境伯爵領内だ。なので、整備された宿駅に泊まることができた。ほぼ丸1日馬車に乗っていた荷馬車集団の者たちは地に足を付けて体をほぐす。


 ユウも荷馬車から降りて体を伸ばしていた。真冬の冷気も今は気にならない。


 そんなユウに対して近づいて来たジェズが指図する。


「ユウ、お前は今晩ノーマンと一緒に荷物の見張り番だ。荷物を盗まれないようにするんだぞ」


「わかりました。この荷馬車だけを見張っていればいいんですね」


「そうだ。ここはまだ安全な方だが油断はできんから気を抜くなよ。ノーマン、ユウがヘマをしたら思い切り張り倒してやれ」


「了解」


 言うだけ言うとジェズは宿駅の建物の中に入っていった。


 その後ろ姿を見送ったノーマンが肩をすくめる。


「すっかり嫌われてるな」


「僕にひどいことをされたって思っていますからね。自業自得だと思いますけど」


「確かに。ただ、俺としてはユウについて少し知っておきたいことがあるな」


「僕についてですか?」


「どのくらい戦えるのかってことをな。襲撃されたときに初めて味方が役立たずだって知るのは怖いだろ?」


「でも、どうやって確認するんです?」


「模擬試合をやろう。さすがに仕事中だから武器なしの素手で」


 自分の武器を腰から外したノーマンが両手を広げた。


 本気だと悟ったユウはうなずくと腰回りの物を荷物の脇に置き、ノーマンの前に立つ。すぐに腰を落とし、軽く握った両手を肩の位置まで上げた。


 それを見たノーマンは拳を顔近くまで持ってきてユウを見つめる。


 夕闇が迫る中、最初に動いたのはノーマンだった。待つ気はないとばかりに右拳をユウの顔面に打ち込む。


 右斜め下へやや前のめり気味に打ち付けられた拳を避けたユウは、そのまま重心を右足に移して踏み込むと左拳を相手の脇腹に打ち込もうとした。しかし、ふらりと右側に体ごと避けられてしまう。


 互いに体勢を立て直すと、次いでユウが前に出た。右拳でノーマンの顔を殴るそぶりを見せて、左脚で相手の右脚を蹴りつける。一瞬思惑通りに当たったかに見えた。しかし、ノーマンの右脚は蹴りつけられるままに地面から離れたものの、何事もないかのように後方へと退かれる。


「結構やるじゃないか。誰かに教わったのか?」


「はい。最後まで全然勝てませんでしたけどね」


「我流じゃないわけだ。1度会ってみたいな」


「今ならまだアドヴェントの町にいるかもしれませんよ」


「そいつはちょっと遠いなっと!」


 話ながらもノーマンは体を動かし続けた。拳に脚にとユウへ打ち込んでいく。


 一方、ユウは話を合わせながらノーマンの攻撃を躱しつつ反撃を繰り返した。こちらは会話にあまり余裕がない。


 しばらくジェズの荷馬車近くで模擬試合をしていた2人だったが、あるときノーマンが突然両手を広げた。それからユウに声をかける。


「わかったもういい。お前ができる奴だってことは理解した」


「そうですか。はぁ」


「後は実際にその実力を発揮してくれたら文句なしだな」


 笑いながらユウの肩を叩いたノーマンは荷馬車の後方へと足を向けた。


 息を整えているユウはそれを見送る。真冬なのにうっすらと汗をかいていた。

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